メタボの道理
生活習慣病を予防し、健康で長生きするための食生活情報を提供します。氾濫する「アヤシゲな健康情報」の見極めかたも
生活習慣病を予防し、健康で長生きするための食生活情報を提供します。氾濫する「アヤシゲな健康情報」の見極めかたも
食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員
この情報を「いつ・どこに・誰に向けて、そしてどのように」書けばいいのかを、ずっと悩んできた。誤解を生ずるかもしれないし、ヘタをすると(?)風評被害を広げるかもしれない。逆に思い切ってわかりやすくすると非科学的になりかねない・・・・悩ましいテーマだ。
と前置きが長いが、豚コレラに対する国の方針--地域を区切って豚コレラワクチンを接種する--が固まったので、書いておくことにした。
●ブタの安全性と豚肉の安全性とは分けて考えよう
豚コレラの「安全・安心」に関わる問題は2つに分けて考えよう(筆者は、基本的に、「安全」と「安心」とは分けて考える主義だが、ここではひとくくりにして進める)。
1:豚コレラはブタにとって、ひいては養豚業界にとって「どのくらい危険なのか」。
2:豚コレラに感染した豚肉を食べることは、人間にとって「どのくらい危険なのか」。
この2つはまったく異なる種類の「安全・安心」情報なので、きちんと区別して考えなければならない。しかし、マスコミ報道などでは、豚コレラのことを端的に(できるだけ簡潔に)伝えようとすると、まとめて伝えざるを得ない。そうしないと説明がダラダラと長くなってしまい、読む人・見る人が読む気を失ってしまう。結局、何も伝わらなくなり「元も子も失う」ことになるからだ。しかし、ここでは分けて考えてみる。
まずは1の「ブタにとっての豚コレラの危険性」について。
豚コレラはブタにとって、危険な伝染病である。強い伝染力と高い致死率のため、感染した豚を知らずに放置すると、養豚場に病気が広がり、周囲に拡大する。感染すると、急性の場合は高熱や下痢を繰り返して10~20日間のうちに死に至る。慢性の場合は症状が異なるし、感染しても不顕性の場合もある(これが問題なのだが…)。いずれも今のところ、治療法はない。
何も手を打たなければ(極端な話)その地区の(国の)養豚が壊滅的な被害を被るような重大な伝染病である。ただし、そのことと「豚コレラがヒトに危害を与えるかどうか」ということとはまったく関係がない。つまり、豚コレラはヒトには感染しない(豚コレラのブタにヒトが接触しても、豚コレラの豚肉を食べてもヒトには伝染しない)からだ。
●ここでも「安全」と「安心」の違いが問題となる
2つめは、前項の最後に書いた「豚コレラに感染した豚肉の『食品』としての危険性」だ。豚コレラに感染した豚肉を食べたとき、人間は豚コレラにかかるかどうか、だが、その心配はない。豚コレラの豚肉を食べてもヒトは豚コレラにはかからないし、豚コレラ以外の健康障害も生じない。そういう意味で、仮に豚コレラの豚肉を食べたとしても「食品として安全」である。
より正確にいうと、豚コレラに感染した豚肉を食べたことが原因で、豚コレラになってしまったヒト、あるいは豚コレラ以外の病気で健康を害したヒトの報告は世界中に例がない。
消費者の中には「そんなに安全なら、なぜ、あんなにたくさんのブタを殺処分するのか?」という疑問がわくかもしれない。豚コレラに感染したブタだけではなく、その養豚場のブタをすべて殺処分するのは、食品としての安全性のためではなく、ブタの感染を広げないため、つまり、養豚農家そして養豚業界、ひいては(食べる豚肉がなくなってはいけないという)消費者のためである。
前項で触れたが、豚コレラにすでに感染したブタでも(最初のうちは)症状が出ないブタもいる。しかしそのブタはウイルスを保持している。その可能性も考慮してその農場のすべてのブタを殺処分せざるを得ないのだ。
また、本当に安全なのであれば、豚コレラのブタやその農場のブタを「食品として流通させてもいいのではないか」と考える人もいるだろう。しかし、食品として流通させると(「食べても安全」ではあっても)豚肉中のウイルスが他の農場のブタに移ってしまうかもしれないので、流通を許可しないのだ。
さらには「安全」ではなく「安心」の意味もある。消費者の中には「仮に安全だといわれても、病気のブタの肉は食べたくない」という人もあるだろう。そういう人たちに「安心」してもらうために、「豚コレラの部肉はいっさい市場には出回りません」という広報活動が必要になる。
●豚コレラに感染したブタの肉を食べている可能性
農林水産省や食品安全委員会は、これらのことをとても簡潔に「豚コレラは、豚、いのししの病気であり、人に感染することはない」そして「そもそも、豚コレラにかかった豚の肉が市場に出回ることはない」と伝えている。はたしてこれは適切なコミュニケーション活動であろうか。
後者は厳密にいうと正確ではない。じつは豚コレラに感染したブタの肉が市場に流通した可能性は完全には否定できないのだ。先ほどチラッと書いたが、豚コレラに感染したブタでも最初のうちは症状が出ないケースもある。その場合は「豚コレラと診断されない(でも豚コレラには感染している)ブタが市場に流通することになる。
たしかに、市場流通する前に、と畜場法に基づき、と畜検査員が全頭「異常や病気がないかどうか」の検査をする。この検査に合格したブタだけが市場に流通する。原則としては、豚コレラに感染したブタが市場流通するはずはないのだが、豚コレラウイルスの検査をするわけではないので、100%確実とはいい切れない。
市場に流通すれば、当然、消費者の口に入る。そのため、消費者は.もしかしたらすでに豚コレラに感染したブタの豚肉を食べている可能性は否定できないのだ。「そもそも豚コレラにかかった豚の肉が市場に出回ることはない」というのは正確な情報ではない。
「消費者が混乱するから」あるいは「消費者の安心のため」という理由で、正確ではない情報を伝えることが本当にいいことなのかどうか、議論に値する。そういう状況下で誰かが「正確ではあるが、今までとは異なる情報」を提供したらどうなるのだろうか? いま、まさに筆者がここでそれをしているわけだが、仮に筆者がやらなくても、このご時世、こういう情報が世に出るのは「時間の問題」だと、筆者は考える。
「ごくごくわずかな可能性だが、豚コレラに感染したブタの肉は消費者の口に入っているかもしれません。でも、食べた人の健康を害することはありません」と伝えるほうがいいのではないだろうか。
●豚コレラワクチンを接種したブタの肉も「安全」である
「豚コレラには治療法がない」と書いたが、ワクチン接種によって予防することはできる。遅きに失した感はあるが、今月中には「地域を限定して」家畜豚にワクチン接種が始まるようだ。
ワクチンを接種するとブタの体内に「抗体」ができる(これも100%ではないのだが)。抗体というのは免疫機能の1種で、抗体ができたブタは、もし豚コレラウイルスが入ってきてもそれをやっつけてしまうので、豚コレラには感染しない。すなわち、その養豚場のブタは、基本的には、豚コレラには感染しない。そのため、ブタを殺処分することがなくなる。豚肉としても出荷できる。
そこで、消費者の間には「ワクチン接種したブタの豚肉は、食品として安全なのかどうか」という新たな不安が生ずる。「豚コレラウイルスに感染した豚肉の安全性」と「豚コレラウイルスワクチンを接種した豚肉の安全性」とを同等に論じてはいけないのだが、答えは「両方とも安全」である。
そもそも、病気の予防とはいえ、自然に発生してしまうのではなく、人間が人工的に手を加える処置で危険性など生じてはならない。「安全であることが確認された方法」でなければ、処置が許可されるわけがない。現在使われている豚コレラワクチンは、国によって有効性と安全性が確認されており、これまでも使われてきたものだ。
豚コレラワクチンだけではなく、家畜(ブタもトリもウシも)には感染症予防の目的で何種類かのワクチンをすでに接種してある。私たちは、日常的にワクチン接種をしてある家畜の肉を口にしている。いずれも「安全が確認されてあるワクチン」なので、それが原因で健康を害した人間はいない。安心して食べよう!
この先心配なのは、「地域を限定してワクチン接種をする」という方針になったので、それによる「新たな風評被害」だ。消費者が(根拠なく)ワクチン接種をしてない地域の豚肉を求めるようなことがあったり、ワクチン接種をしてない地域の生産者がそのこと(ワクチン接種してないこと)を宣伝に使うようなことがあると、逆に「ワクチン接種した豚肉は安全ではない」という風評被害が広がることになる。
生産者がそれをすることは禁じられるが、消費者もそのお先棒を担ぐことのないように心したい。
食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員
生活習慣病を予防し、健康で長生きするための食生活情報を提供します。氾濫する「アヤシゲな健康情報」の見極めかたも