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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国上院は各州のGM食品表示を認めず、全米医師会から声明も

宗谷 敏

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 去る4月、米国における遺伝子組み換え(GM)食品の表示義務化要求問題の中間取り纏めを書いたが、その後の状況をフォローアップしておく。11月に住民投票を控えるカリフォルニア州を中心に、大きく動いたのはバーモント州、さらに連邦政府上院でも審議が行われ、全米医師会も声明を出すという目まぐるしい動きになってきている。

 <カリフォルニア州>では、GM食品表示の州法を認める住民投票(ballot initiative)実施を要求する運動が、971,126名分の署名を集め、有効数が規定されたカリフォルニア州登録選挙人504,760名をクリヤーした。この結果、2012年6月11日、州政府の選挙管理を司る州務長官が、大統領選の行われる11月6日の州民投票案件に他の7つと共にGM食品表示を加えると発表した。

 過半数を獲得すれは米国の州としては初のGM食品義務表示法が成立する。但し、法案を実施するためには多数決に拠らない司法判断に基づく立法審査を経なければならないから、ここで連邦法との整合性が問題とされる可能性はあるだろう。

 食品産業やバイテク産業は、カリフォルニア州のGM食品表示を阻止すべくこれに反対する組織を立ち上げた。対象が消費者だけに、表示に伴うコストアップ、食品価格値上がりをもっぱら訴求している。「(必要性を欠く)知る権利は有料ですよ」という戦法だ。

 もちろん「(いろいろ修飾されるが)売れなくなったら困るんですよ」という本音部分を率直に語る主張も見られる。そこまで追い込まれていると見るべきなのか? ともかく、11月まで、両陣営はあの手この手で華々しいプロパガンダ合戦を展開するだろう。

 <コネチカット州>では、2012年3月21日に州議会環境委員会が、GM食品表示法案を23対6票で可決した。しかし、国家の食品規格基準を設定するのは連邦政府であり、個別の州はこのような法律を実行する権利を持たないだろうから、州政府は訴訟に追い込まれる可能性があるかも、という法的判断から州議会下院の審議は5月11日、この法案(HB 5117 )からGM食品表示条項を削除した

 <バーモント州>でも、2012年2月1日、GM食品表示を義務づける州法案(H.722 )が議員立法された。大盛り上がりだった4月12日の公聴会を経て、4月20日の州下院農業委員会の投票結果は9票対1票でこの法案を可決する

 しかし、州議会下院はこの法案に対する審議を遅らせることにより時間切れ廃案として票決を回避した。表示推進派NGOは、Monsanto社が告訴を仄めかして州知事や議会を恫喝したからだと主張している。

 このバーモント州の挫折を目の当たりにして、一人の連邦議会上院議員が立ち上がる。

 <連邦議会上院>に、つまり国政にGM食品表示問題の舞台が移った。米国農業法は、大統領選に合わせて4年毎に改正されるため、2012年改正農業法案が現在上院で審議中だ。そこに、バーモント州選出のBernie Sanders上院議員(無党派)が、6月11日改正案2310を提出した。

 改正案2310は、各州にGM食品表示を許すという内容で、カリフォルニア州選出Barbara Boxer 上院議員(民主党)の支持も得ている。農業法に対し提案された304の改正案のうち73提案が投票議決事項に残ったが、改正案2310もこれらに含まれた。但し、執行部から改正案2310の通過には3/5(60/100票)の 「supermajority」が必要だとされた。

 GM食品表示義務化を要求するThe Center for Food Safety(食品安全性センター)などは、消費者が自州選出の上院議員に改正案2310を支持するよう訴える動員を掛ける。注目を集めた投票は6月21日に実施されたが、賛成26票対反対73票(棄権1票)で否決された。尚、改正農業法案自体は、賛成64対反対35票で同日に上院を通過し、下院へ送られた。

 上記3州以外にも、ワシントン州、ミネソタ州、ハワイ州などが、今年GM食品表示法案を検討したが、いずれも立法段階で立ち往生する。上院の議決は、食品成分表は連邦政府FDA(食品医薬品局)によって扱われ、個別の州はこのような法律を実行する権利を持てないという連邦政府の方針を再確認した形になり、当座は各州レベルで盛り上がっている表示要求運動に水を差すかもしれない。しかし、連邦議会レベルでも、長期戦覚悟で法案を繰り返し提出する議員は今後もいるだろう。

 <全米医師会の声明>ところで、GM食品表示義務化を求めるグループは、2012年6月19日にもう一つの悪い知らせを受け取った。シカゴで年次時総会を開催した全米医師会(AMA :the American Medical Association)が、「GM食品に対する特別な表示は支持しない」という声明を出したからだ(AMAのウェブにはこの声明は未掲載、報道のみによる情報)。

 AMAは、約100万人と推定される米国の医師の4人に1人が加入しており、全米最大でもっとも影響力を持つ「医師会組織」である。2009年5月にGM食品の排除・モラトリアムを求めたとして、Jeffrey M. Smith氏ら反対派がしばしば好んで引用する「財団組織」の米国環境医学会(AAEM:the American Academy of Environmental Medicineとは、規模も格も桁違いなのだ。

 但し、告訴社会の米国で誤診により告訴されてはたまらないから、保身にも長けた医師たちの集団であるAMAの声明には、ちゃんと保険が掛けられている。GM食品表示は支持しないが、商品化前の義務的な安全性審査をFDAに要求したのだ。

 現在、バイテク企業は上市前に、FDAとの自発的な安全性協議プロセスを受けるよう奨励されている。一部のGM食品反対派は、FDAはバイテク企業が作成し提出したデータを評価するだけで、政府自身はテストを行っていないと、製薬審査では当たり前のこの受益者負担システム(政府が安全性をテストする場合、使われるのは税金なのだが)を批判している。

 AMAの声明は、おそらく事前協議を義務化しろという勧告なのだろうが、GM食品反対派による意図的な拡大解釈により、政府自身が安全性テストを行えという主張に化ける可能性があるのだ。このあたりも含めて、今後の争点や動きを注視していかなくてはならないだろう。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい