食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
2013年5月10日、NHKが朝のニュースで、甘味料が原因とみられる食物アレルギーについて報道しました。報道はそれっきりだったのですが、その後、この問題は14日、23日の国会(衆議院消費者特別問題委員会)でも取り上げられています。何が問題なのか、これまでの情報を整理してみました。
●これまでの経緯(1)(NHKの報道)
まずは、NHKの10日の報道から。webニュースでは削除されていますが、概要は次のとおりです。
・ 加工食品などに使われている甘味料が原因とみられる食物アレルギーの患者が30人あまり報告されていたことが、専門の医師らの初めての全国調査で判明。医師は、甘味料がアレルギーの原因になることはあまり知られていないとして注意喚起を求める。
・ 調査したのは、国立病院機構相模原病院の医師や栄養士などのグループで、2012年10月、食物アレルギーの患者を診療している全国の医師などに依頼し、およそ880人から回答。
・ 食事の後にアレルギーの症状が出て、医療機関を受診した人で、甘味料による食物アレルギーと診断された人が15人、疑いがあるとされた人が18人。中には呼吸困難などの重い症状が出た人もいた。
・ 甘味料別では▽「エリスリトール」が15人、▽「キシリトール」が10人、▽「ステビア」が2人。甘味料はアレルギー物質としての表示義務はなく、含まれる量が少ない場合、原材料としての表示を省略可。
・ 調査を行った海老澤元宏医師は「甘味料がアレルギーの原因になることはあまり知られておらず、見逃されているケースも多い。低カロリー食品が増えているので注意が必要で、今後は表示についても検討すべき」とコメント。
・ 消費者庁の担当者は「内容を詳しく精査するとともに、患者の数などを見ながら、今後、アレルギー物質としての表示が必要かどうかについても検討していく」と話す。調査結果は11日から横浜市で始まる日本アレルギー学会で発表。
・ 低カロリーあんパンの事例報告。いつも食品表示を慎重に確認しているエリスリトールアレルギー患者が、低カロリーあんパンを食べた時にアレルギー症状が出たが表示にはエリスリトールと書かれていなかった。調べていくと原材料表示欄に書かれた「あん」の中にエリスリトールが含まれていることがわかった。表示のあり方が問われている。
●これまでの経緯(2)(11日の日本アレルギー学会の発表)
報道の翌11日、第25回日本アレルギー学会春季臨床大会(横浜で開催)で、海老澤医師による「エリスリトール(甘味料)等の摂取による即時型アレルギー全国調査」の報告が行われました。
調査の目的は、近年、エリスリトール等の甘味料のアナフィラキシーを含む即時型アレルギーの症例が国内外の学会や論文で報告されていることから、わが国の健康被害状況を把握する、というものです。
まず1次調査として「即時型食物アレルギー全国モニタリング調査」で協力関係にある医療機関1079件を対象に調査票を送り、エリスリトール等の摂取による健康被害症例の有無について聞いています。
1次調査では875件(81%)から回答があり、「エリスリトール等の摂取による即時型アレルギーの健康被害の確定あるいは疑いの症例がある」とあったのは21件。このうち19件が2次調査も協力するとして、症例の詳細について調査票で回答を寄せました。
その内訳はエリスリトール16例、キシリトール10例、ステビア、アセスルファムK、ソルビトールが各2例、スクラロース、サッカリン、ガラクトオリゴ糖、マルチトールが各1例(重複あり)となっています。
海老澤医師は調査研究のまとめとして、以下の2点を述べています。
1) エリスリトール等の甘味料の一部は原因不明の食品摂取後の繰り返す即時型アレルギー反応の原因の可能性として考慮すべきである
2) エリスリトール等の一部の甘味料は加工食品の表示でカバーし切れていない場合があるので、「アレルギー物質を含む食品表示」等での行政上の対策も考慮が必要である。
内容は以上のとおりですが、この調査は消費者庁の協力のもとで行ったとして海老澤医師は報告をしています。海老澤医師はこれまで食物アレルギーに関する表示の委員を務め、現在は消費者委員会食品表示部会の委員でもあります。
この調査の位置づけはどういうものでしょうか。国が行う食物アレルギーの調査は、厚生労働省が中心となって過去3回ほど行われていて、この結果をもとに、現行表示の妥当性や改正の必要性についても話し合われてきました。
食品表示の所管が消費者庁に移行してからは、調査は消費者庁が担当しており、ベースとなる調査は引き続き食物アレルギー全般ですが、今回の調査はこれに加えてエリスリトール等の調査も行われた、ということです。
消費者庁の委託事業の結果はちかく公表される予定ですが、委託事業に関わった海老澤医師が消費者庁の公表前に学会に発表を決め、それを事前にNHKがキャッチして報道したわけです。
●エリスリトールアレルギーは100万人に1人?
ところで、エリスリトールのアレルギーとはどういうものなのでしょうか。
エリスリトールは糖アルコールの1種で、糖アルコールは環状構造を持たない直線状の構造です。梨やメロン、ブドウといった天然の果物や発酵食品にも含まれています。
食物アレルギーは、体が食物に含まれるタンパク質を異物として認識したときにおこるものですから、なぜ糖アルコールがアレルゲンになるのか、その構造式からもちょっと想像がつきませんでした。製造工程で不純物でも混ざってしまったかと最初は思いました。
調べてみると、これまでエリスリトールのアレルギーはほとんど報告されておらず、関連する論文や文献を検索してみましたが10件程度しかありません。エリスリトールが原因と様々なテストで特定できる患者の症例は、これまで4例報告されており、全て日本人でした。
エリスリトールを供給している三菱化学フーズは、5月14日に「エリスリトールのアレルギー性について」として見解を示しています。
それによると、同社が2000年に学部専門家に依頼し、調査、試験を実施したところ、「ごく低頻度であるが、エリスリトールは人にアレルギー反応を起こす」と結論を得ているということです。その結果は学会誌で公表されています。
原文は次のURLから入手できます。
この結果をごく簡単にまとめると
1) エリスリトールのアレルギー発生頻度は100万人に1人に満たない
2) 28歳女性、50歳男性においてそれぞれ接種後に蕁麻疹がみられ、後者では合成エリスリトールに対するID皮膚試験陽性の結果、エリスリトール自体が反応の原因であることを強く示唆した。
3) これらの反応の原因となる病態生理学的メカニズムは不明瞭なままである。
ということです。
どうも不純物としてタンパク質が入ってアレルギーを引き起こすわけではなく、エリスリトールそのものが原因となっているらしいのです。
この調査では100万人に1人という低頻度で報告されていますが、今回、海老澤医師が報告したのは全国調査でエリスリトールの患者例が15人です。2001年当時に比べても低カロリー食品は伸びていますので、実態はもっと多いのかもしれません。今回は聞き取り調査なので、きちんと原因を特定すればもっと少ないのかもしれません。森大臣の答弁のとおり、さらなる実態調査を行わなければ、よくわからないのです。
●NHKの報道は国会でも問題に
国会でもこの問題はとりあげられました。
5月14日、衆議院本会議で日本維新の会の重徳和彦議員がNHKニュースの内容を紹介し、「エリスリトール、キシリトール、ステビアなどの甘味料は現行制度では表示義務がなく、含まれる量が少ない場合、原材料としての表示が省略することができるそうだ。調査を行った医師は、(中略)今後は表示についても検討が必要だとしている。この内容は消費者庁にも報告されているが、消費者庁はどう対応していくのか」と質問をしました。
これを聞いて、あれ?と思いませんか。「甘味料は現行制度では表示義務は無く」という指摘は間違いです。甘味料が使われている場合には表示義務があり、アレルギー表示の義務はなくとも使われていることは表示をみればわかります。
続いて「含まれる量が少ない場合、原材料の表示が省略することができる」という点はどうでしょう。これは半分間違い、半分正解です。キシリトールとステビアは食品添加物で、含まれる量が少なくても表示は省略できないので間違いです(食品添加物の甘味料の場合、量が少なくてもキャリーオーバーにはなりません)。
一方、エリスリトールは食品なので省略できる事例があるので間違いとは言い切れません。食品の場合はあんパンの「あん」は、複合原材料(2種類以上の原材料からなる)に該当するとして、原材料の記載は省略できる場合も考えられるからです。
それにしても、キシリトールもエリスリトールも同じ糖アルコールなのに、なぜ分類が違うのでしょうか。エリスリトールが開発された当時のいきさつは明確ではありませんが、最初に食品とされたままここまできてしまったようです。
もしエリスリトールが食品添加物であれば、表示が省略されることはなく、今回の低カロリーあんパンのような問題は起こらなかったでしょう。糖アルコールをどう扱うのか、論点が異なりますが、今後の検討項目でしょう。
ところで、NHKの報道は、「エリスリトールが食品でキシリトールが食品添加物」ということを伝えていません。どうやら研究者や医師もこの点は不明瞭のようです。NHKも確認しないまま「表示を省略できるのは問題だ」ということになってしまったようです。
●消費者庁が引き続き調査、すぐに表示項目にはならない
さて、国会の審議に話を戻しましょう。先の重徳議員の質問に対して森まさこ大臣は「わが国は概ね3年ごとの実態調査で表示を定めており、現在卵など7品目を義務表示、大豆など18品目を推奨表示項目として定めている。ご指摘のエリスリトールは昨年度、甘味料に特化して調査が行われたもので、重篤な症例の多さなどを確認し、引き続き実態調査を行っていく」と答えています。
つまり、消費者庁は今すぐアレルギー表示の項目として追加するのではなく、引き続き今年度も全国調査を行い、そのうえで検討していきましょうという慎重な態度を示したわけです。NHKの報道では、すぐにでも表示が求めるような勢いでしたが、表示の検討のためにはさらなるデータの蓄積が必要ということでしょう。
アレルギー表示といえば、他に検討をしなくてはならない品目があるのではないでしょうか。これまでの国の実態調査でもゴマの症例が比較的多いことがわかっており、かつて検討の度に表示対象品目として加えるかどうか議論になってきた品目です。
平成20年度の厚生労働省の即時型食物アレルギーの実態調査では、アレルギーの原因食品は2500件ちかく寄せられ、そのうち鶏卵は1位、約1000件で4割近くを占め、残りの乳、小麦、落花生をあわせてほぼ7割近くを占めています。残りの3割で、いくら、エビ、そば、大豆などの推奨品目があげられるのですが、推奨品目ではないけれども十数品目ちかく報告されている食品にゴマ(16位)がありました。消費者庁のパンフレットにはわかりやすく円グラフで示されています。
今回のエリスリトールのような特化した品目を議論する前に、以前から問題となってきた食品の検討の方が優先順位が高いように思います。
●食品安全委員会が食物アレルギーのリスク評価をすべき
今回の問題は、食品表示を新たに定める際に、どうやって優先順位を定めるのかという問題を提起しているように思います。
エリスリトールのように100万人に1人かどうかはわからないけれども、低頻度で食物アレルギーが報告され、メカニズムはよくわからないが、とにかく患者はいる―実は、こうしたケース、他の食品添加物、食品素材など様々報告されています。
今回のように特化した調査で問題になったとき、どう考えたらいいのでしょう。消費者委員会食品表示部会で今後議論されることになりますが、問題になる度にこれを推奨品目の検討の俎上にあげるとすれば、他の品目との整合性はどう考えたらいいのでしょう。食品表示部会は、消費者視点という別の力点で科学的根拠に基づかないまま、表示が決められる場面があるので、心配です。
そう思っていた矢先に、その答えを、5月23日の衆議院消費者特別委員会参考人質疑で、日本生活協同組合連合会の安全政策推進室長である鬼武一夫さんが提示してくれました。
鬼武さんは食品表示の専門家としてこの日、国会の食品表示法の参考人として呼ばれたのですが、この中で「食物アレルギーなどの安全に関する表示に関しては、まずはリスク評価機関である食品安全委員会が専門調査会をつくって評価を行い、消費者庁はそれをもとにリスク管理として表示を定めていくべきだ。今後は両者の連携が求められる」と述べたのです。
鬼武委員は、既にヨーロッパのEFSAでは、食物アレルギーのリスク評価の専門部会があり、日本も同様に設置すべきだ、と指摘しています。食物アレルギーのような食品安全に直結する問題は、消費者庁だけが決めるのではなく、食品安全委員会のような科学者のリスク評価をベースにする、という提案です。
食品アレルギーの表示制度を今後どのように見直していくか。消費者庁がこれからどのような優先順位でアレルギーの表示品目を決めていくのか。次の推奨品目は何になるのか。その議論は来週30日の消費者委員会食品表示部会で検討が始まることになっています。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。