食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
地震、津波、台風、大雨による洪水、さらなる不測の事態…。大きな災害が起きた時に被害を受けた人、被害を受ける恐れのある人を一時的に受け入れて、保護する場所が「避難所」です。命を救うための避難所で食中毒が起こらないよう、東京都は2017年9月、「避難所ですぐに使える食中毒予防ブック」を作成し、区市町村の特定避難所に配布しました。
●避難所の炊事場、手洗い場、トイレに貼るポスターとして使える
この予防ブックは、「1 管理責任者用マニュアル類」「2 配布用リーフレット」「3 掲示用ポスター」「4 問い合わせ先」の4部からなります。避難所でポスターとして掲示してもらえるように1枚ずつ切り離せる形式で、カラフルなイラストや写真をふんだんに使っています。避難した外国人にも伝わるように、英語、中国語、韓国語バージョンのポスターもあります。
1の管理責任者用マニュアルには、食中毒予防のために備えたい衛生用品リスト、食中毒予防チェックリストに加えて、避難所館内放送マニュアル、ノロウィルス予防のための塩素系消毒液の希釈マニュアル、トイレ清掃マニュアル、嘔吐物・ふん便処理マニュアルが揃えられています。避難所で食中毒が起こらないよう備えと対応が1枚ずつまとめられています。管理者が避難所で必要な場所に貼って、すぐに活用できる内容です。
2のリーフレットは、避難者、炊き出しボランティア、避難所への弁当等提供者に向けて、それぞれ食中毒予防の基本が記されています。「避難されている皆さまへ」は、食中毒の基本的な注意点がまとめられています。たとえば自炊・炊き出しの注意点としておにぎりをにぎる時には使い捨て手袋やラップを使うことなども紹介されています(右図)。また、「炊き出しをされる皆様へ」としたポスターでは、炊き出しの際の注意点(メニュー、調理する人、原材料、調理、食品の提供、食品等の廃棄)がまとめられています。
3の掲示用ポスターは、手洗い場に貼るもので避難者に手洗いを呼びかけるものです。食品工場など手洗い場に貼られるポスターと同じもので、手のひら、手の甲、指先、指の間、親指、手首と洗っていく方法が示されています。避難所は水が出ない場合もありますので、その場合は手指消毒剤を使った消毒手順も1枚、作られました。
この中の1つ、炊事場に貼るポスターを見てみましょう。調理する人、調理するとき、調理のあとのチェックポイントがそれぞれ記されています。体調の悪い人は調理をしないこと、調理の際は中心部までしっかり加熱し素手で盛りつけしないこと、食事はできるだけ2時間以内に食べること、調理器具はよく洗うことなどを具体的に呼びかけています。とてもわかりやすく、平常時の学校や町内会でのイベント時にも使えそうな内容です。
●ブックは、熊本地震や東日本大震災の避難所調査がもとになっている
このブックのきっかけは、2016年4月に起きた熊本地震の際に、避難所で出された「おにぎり」を原因とする黄色ブドウ球菌食中毒が発生したことにありました。他にも、下痢や吐き気、ノロウィルスが原因とみられる症状を訴えた避難所もあったそうです。避難所では、水や衛生物資の不足により、通常の食中毒対策をそのまま講じることは困難です。今後、どのような対策を講じたらいいのかが課題となっていました。
こうした課題を受けて、東京都福祉保健局は熊本地震や東日本大震災における食中毒対策の実態がどうであったのか、関係者のヒアリングを実施するプロジェクトが立ち上げました。その成果が、「避難所生活等における食中毒防止対策に関する調査報告書」としてまとめられ、2017年2月に公表されました。
たとえば避難生活での食事について。炊き出しでは生野菜、カットフルーツ、刺身、氷入りの飲料は禁止され、配給品は弁当、おにぎり、パンが中心でしたが、これらを家族のために大事に取っておき、長時間常温で保存する状況が見られました。
避難所での手洗いは、発災当初は水や衛生用品が不足して流水で手洗いできない状況がしばらく続きました。この時に重宝したのがウェットティッシュでした。時間が経つにつれて「ペットボトルの水」「コック付きタンク」と変わっていきました。
避難所における食中毒や感染症予防のためには、手指消毒剤、ウェットティッシュ、ペーパータオル、ラップ、ビニール袋、使い捨て手袋、塩素系消毒剤、使い捨てマスク、ごみ袋など様々な衛生用品が必要です。しかし、熊本地震でも東北大震災でも、これらが不足し、コンビニが開いて物資が入ってきても衛生対策に役立つ塩素系消毒剤はなかなか揃いませんでした。日ごろの準備が肝心です。
また、震災で被災した際に最も困ったのはトイレ。衛生状態の維持が難しく、トイレの使い方に対する事前周知や事前の備え(訓練)が必要であることも明らかになりました。こうした調査報告書の内容を踏まえて、ブックは作られたのです。
●震災時に実態を知る都民向けシンポジウムを開催
さらに東京都は9月29日、「もっと知りたい。災害時の食と衛生」と題して平成29年度食の安全都民フォーラムを開催し、上記の調査報告書とブックの内容を紹介しました。イベントには基調講演として、災害ボランティアによる災害時の食の実態報告、東日本大震災で感染症対策にあたった医師の報告とともに、災害時の危機管理を担当する専門家を加えてパネルディスカッションも行われました。
講演では、熊本地震や東日本大震災でトイレがどのような状況だったのか、現場の様子が写真で映し出されます。避難所の映像はテレビなどで見るのですが、きれいとはいえないトイレをそのまま映したものは見ることはなく、実態や課題がよく伝わりました。次亜塩素酸の消毒剤があっても、放置されてきちんと管理されていなかったり、使われる濃度がバラバラだったり、トイレ清掃の頻度もルール化されていないことも報告されました。こうした実態がノロウィルスの感染につながる可能性があるとして、避難所の管理者がトイレ掃除のマニュアルをつくっておくこと、日ごろの訓練が大事とする提言がありました。
危機管理の専門家も、避難所のトイレは暗くて懐中電灯を手に持って入るケースがあり、懐中電灯にウィルスが付着する可能性について指摘します。今どきは懐中電灯ではなく、ヘルメットにつけるヘッドライトを準備したほうがよいというアドバイスもありました。また、熊本震災では「炊き出しをする皆さまへ」というチラシが作られていたことも紹介され、今回の東京都のポスターはそれがもとになっていることもわかります。これまでの災害の教訓が、確実に伝えられているのです。
災害は遠い昔の話ではありません。その時に避難所に集まった人々がどう行動したのか、それを教訓に私たちがどう備えればいいのか。東京都の報告書やブックがきっと参考になるはずです。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。