食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
現在、消費者庁が栄養表示基準の改正案について国民の意見を募集中です(2013年6月12日まで)。
改正案の最大のポイントは、現行の表示ルールを維持しつつ、新たに「現行ルールの±20%以内の許容範囲の幅に収まらない場合でも、合理的な方法によって得られた数値であれば、『推定値』などの断り書きを書けば表示が可能になる」ことが盛り込まれていることです。
これによって、たとえばお総菜のように数値のばらつきが大きくて表示できなかった食品でも、栄養表示ができるようになります。
改正案が通れば、巷には2つのタイプの栄養表示が出回ることになります。
A) 表示値が誤差の許容範囲(±20%以内)に収まる場合(現行ルール)
B) 表示値が誤差の許容範囲(±20%以内)に収まることが困難な場合(新たな追加ルール)
(この原稿ではわかりやすくするため現行型、追加型と呼びます)
私たちはこれをどう考えればいいのでしょうか。ちゃんと区別ができるのでしょうか。現在パブコメ中の栄養表示基準改正案について、整理してみました。
●なぜ今、改正案なのか(これまでの経緯)
日本では現在、栄養表示が義務付けられておらず、店頭には栄養表示のない食品がたくさんみられます。これは国際的にみてもかなり遅れていて、健康栄養政策上の観点からも問題とされてきました。2009年に消費者庁ができてから「栄養成分表示検討会」「食品表示一元化検討会」で、この問題について議論を重ねられ、2012年8月の報告書でようやく義務化が決まりました。
義務化といっても、すぐではありません。現在、国会で食品表示法案が審議されており施行されるのが2年後、栄養表示の義務化はさらにその先、新法施行後の5年以内です。あわせて7年くらいかけて、ようやく全ての加工食品に栄養表示が付けられているというイメージでしょうか。それまでは準備期間で、データベースの整備や消費者教育など、様々な段階に応じて環境整備が行われます。
その前に、まずは現行の表示基準の問題点を見直し、事業者が取り組みやすいものに改正することが求められます。事業者にとって、現行制度の最大の問題点は、栄養表示(エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウム)をする場合に、表示値は規定された分析方法で±20%以内と許容範囲が定められている、ということです。この範囲に収まっていなければ栄養表示基準違反となるからです。
現行制度では数値がばらついてこの範囲に収まりそうになければ、幅表示をするか、表示をしないかのどちらかしかありません。
幅表示と言えば、たとえばわが家の常備品「さばの水煮缶詰」には、100gあたりのエネルギーは154~253Kcal、脂質は10.0~21.0gと記載されています。さばは季節ごと、部位ごとに脂のノリが違うため、±20%以内の幅には収まらないのです。しかし幅表示の場合、下限値と上限値の数値を決めるために、事業者は季節ごと、部位ごとに分析をせねばならず、かなりの負担を伴います。また、消費者からみてもわかりにくいため、もう一つ普及していません。
一方、現在は義務表示ではないので表示をしないという選択もあるのですが、実はそれも悩ましいのです。事業者としては、消費者から問い合わせは来るので表示はしたいし、流通からも表示を求められます。しかし、ばらつきのある食品なので、表示をすると違反の可能性もでてきます。
消費者庁が2012年度に行った調査で、栄養成分表示のある市販加工食品16食品群470食品を買い上げて、基本5項目(エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウム)を分析したところ、表示値が±20%以内の誤差の許容範囲に収まらない食品が約半分あったということです。中には「100g中脂質7.8g」と表示してあるのに分析値は2.2gと、極端に乖離した事例(ロースハム)なども報告されています。
この調査では、どういう場合にばらつくのか、自然要因(栽培方法、季節変動、家畜の年齢、飼料の違いなど)、人工要因(調理方法、製造と加工法、輸送保管時の経時変化)に分けて事例をあげて紹介しています。様々な要因で、正確に表示ができない食品はたくさんあることがわかります。
こうした現状の問題を解決するためにも、義務化に向けて現行ルールに縛られない新たなルールを提案しよう、というのが改正案の主な趣旨です。
消費者庁が改正案を最初に発表したのは2012年11月29日、消費者委員会食品表示部会(第20回)の場でした。その後、議論が重ねられてパブリックコメントのステップに進むことが決まり、5月13日から意見募集が開始されました。
●改正案の論点
意見募集では法律の条文の改正案とともに、図解で概要説明(2ページ)が示されていますのでみてください。
概要の1ページめは、現行型と追加型の2つが提示されています。追加型で表示をする場合は、合理的な方法により得られた値であれば表示できますが、その設定根拠を保管することが求められ、さらに栄養表示の枠下に「この表示値は○○です」といった断り書きが必要となります。
この断り書きの表現例として、ここでは17の例が示されています。「この表示値は実際とは乖離があり得ます」「推定値」「推定値(日本食品標準成分表2010に基づき計算)」「推定値のため乖離があり得ます」「サンプル品の分析による推定値」「この表示値はめやすです」など、その表現ぶりは様々です。
概要の2ページめは、低含有量の場合の誤差の許容範囲を拡大するというものです。現行では含有量に関係なく一定の比率で誤差の許容範囲が決められていますが、低含有量の場合は許容範囲の絶対値がきわめて小さくなるため、この許容範囲を拡大しようというものです。たとえば熱量であれば、100gあたり25kcal以下の低い値であれば、±5kcalが許容範囲となります。
●改正案の反対意見
改正案は以上2つですが、ポイントは1ページめで提案された追加型の表示をどう考えるかでしょう。消費者委員会食品表示部会では、強い反対意見が出される一方で、賛成意見も出されて、意見は大きく分かれました。まずは主な反対意見を紹介します。
(ア) 追加型は、誤差の許容範囲を超えても、断り書きさえすれば正確でない値を表示してもよいことになり、消費者をミスリードする
(イ) コーデックス食品表示でも、誤った情報を伝えてはならないのが原則であり、こうした規制の考え方は諸外国の事例をみてもきわめて稀有で、見たことがない
(ウ) 追加型のような不確かな表示を認めることは、栄養表示の信頼性を全体的に低下させる
(エ) 追加型が導入されることで現行型の規定が、形骸化する
(オ) 現行型にも、「当社分析調べ」や「○○分析センター調べ」など栄養表示枠外に記載されているのが現状で、追加型が「当社分析による推定値」などといろいろな種類の断り書きを書いても、消費者は区別できない。
(カ) 追加型では、実際の分析値と表示値に乖離があり得ることになるが、栄養指導を受けている人にはどのくらい乖離しているのか、疑問が出てくる
(キ) 事業者は表示値に責任を持ち、許容範囲に入るよう努力をすべきであり、追加型を導入することは認められない
●改正案の賛成意見
食品表示部会では改正案を支持する意見も多く出されました。前項に対する意見を順に紹介します。
(ア)食品の栄養成分は様々な要因で±20%以内の許容範囲に収まらない場合があり、正確であることを求めると永遠に表示はできない
(イ)栄養表示制度が先行している諸外国では数値の責任は事業者が負うのが原則で、国が監視をして違反事業者を取り締まるという事例はあまりみられない。一方、日本は海外と違って基準ができれば必ず監視し、違反は摘発することが決められているため、そこまで考えて規制を考えなければならない
(ウ)表示値にばらつきがあることを消費者に知らせつつ、全ての食品に表示されて消費者が選べることこそが大事
(エ)消費者庁の調査結果は一部で、許容範囲内に収まるものも多く、現行型が形骸化するとは限らない
(オ)断り書きには、分析法や計算法によって実際の値と異なることを知らせなければならないが、その表現方法はもう少し考える必要がある
(カ)栄養表示値を利用する場合、栄養成分を強調表示している場合は正確でなければならないが、そちらは現行制度のままである
(キ)許容範囲内に収まるように食品を製造することが求められれば、原料の調達や食品の管理に多大なコストがかかり、コストアップにもつながるだけでなく、小規模事業者の経営がたちゆかなくなる
●改正案には賛成、でも断り書きの表現例はもうちょっとどうにかならないか
以上、賛成意見、反対意見を並べると、なかなか悩ましい問題です。
私は、基本的には改正案には賛成です。そもそも、栄養成分の数値の正確さにこだわることが、よくわかりません。今日どのくらい食べたのか、成分表を参考にしながら計算してみるとわかるのですが、家でつくる料理は正確さからはほど遠い。それでも大雑把には把握することはできて、食べ過ぎた日が続けば、ちょっと控えようと気を付けます。
そうやって計算していて困るのが、栄養表示のない加工食品が多いこと。食品によってはどのくらいのカロリーか見当もつかず、空欄個所が増えて、大雑把な把握すら難しくなってしまいます。だからこそ少しでも情報がほしい、正確さにはこだわらないので全ての加工食品に義務化される世の中になってほしいと思います。
現行制度のままで義務化できないのであれば、見直すのは当然。今回の改正案は、食品の栄養成分はばらつくという科学的要因からも、日本の法律と運用のあり方という社会的要因からも、妥当なものだと思います。
ただし、ひっかかるのは断り書きの表現例です。今回提案された断り書きの表現例は17もありますが、多すぎでしょう。もう少し絞りこまないと、現行制度でも表示枠外に「当社分析値」「五訂日本食品標準成分表より算出」といった記載がされているのですから、現行型と区別がつきません。
消費者は栄養表示には2つのタイプがあることを理解したうえで、現行型か追加型か、ちゃんと区別できたほうがいい。そうであれば、断り書きの表現例はいくつかパターンを固めて、これがあれば追加型と認知できた方がいいと思います。
しかしどの表現例がいいのかみていくと、ドンピシャリのものが見つかりません。たとえば「この表示値は、実際とは乖離があり得ます」という表現例は、実態を示して好ましいと思うのですが、「乖離」は難しいことばで、せめて「かい離」でしょうか。また「この表示値は、実際の栄養成分量とは異なる可能性があります」という表現例では、現行型にも当てはまるのでおかしいと思います。
いっそのこと、一目で区別できるようにマークを付けたらどうでしょう。たとえば矢印マーク⇔はどうかと思いましたが、わけがわからず問い合わせが殺到しそうなのでボツ。「推定値」の推の字をまるで囲んだらどうかとも思いましたが、それではまるで推奨マークのようでやはりボツです。
ここはひとつ、消費者庁がマークを公募してみるのはどうでしょうか。栄養表示に二つのタイプができるという理解も進み、バラつきがあることを理解したうえで栄養表示を適切利用しましょうという消費者教育の意味もあります。
とにかくマークでもいいし、文章表現でもいいので、現行型と追加型が区別できることが望ましい。消費者にとってもわかりやすいし、事業者もむやみに追加型に移行することにはならないと思います。現行型が主流であれば、表示の信頼性のレベルも維持できるでしょう。
●くらしに直結する栄養表示、みんなでパブコメを出そう
断り書きの表現例については、残念なことにこれまで食品表示部会でほとんど話し合われていません。今回示された17の表現例は、消費者庁が示した案に加えて、委員から個別に寄せられた意見が羅列されたもので、コンセンサスが得られたものではないのです。
4月26日の食品表示部会では、「断り書きの表現例は、パブコメで寄せられた意見をもとに、次回以降に検討を続ける」とされており、6月に開催予定の食品表示部会で話し合われる予定です。
だからこそ、今回のパブコメは、参加することにとても意義があります。
栄養表示は私たちのくらしに直結する大事な問題です。正確でない栄養表示値を認めていいのか、認めるのであれば断り書きはどうするか、みなで知恵をしぼって国に意見を出していきましょう。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。