科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

もっと早く自主回収できなかったか 岩井食品の「白菜きりづけ」

森田 満樹

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 札幌市内の食品メーカー、岩井食品の浅漬け「白菜きりづけ」による腸管出血性大腸菌O157の集団食中毒は、8月23日現在で患者が100名を超え、死者7名が報告されている。問題の浅漬けは7月28日に漬け込まれ、29日以降に出荷された消費期限8月2・3・4日の製品だ。今週に入っても新たな患者が報告されており、北海道札幌市も毎日のように情報を更新している。

 最初の発症者は、高齢者施設で8月1日にこれを食べたお年寄りたちで、早い人では3日に発症している。8日に最初の死者が出て、11日にが「食中毒疑いの発生について」として、高齢者施設10か所で100名ちかいO157の患者がでていることを初めて公表した。その3日後の14日、市がO157食中毒事件と断定して、岩井食品の浅漬けが原因と公表した。その後、4歳の幼児が6日に発症し11日に死亡したケースも、スーパーマーケットで購入した岩井食品の浅漬けが原因であると認定された

 消費者からすれば、14日の発表を知っても「もう食べちゃったよ」というところだろう。そして、もう少し早く公表できなかったのかと思うかもしれない。

 しかし、O157の潜伏期間は、今回の札幌市の発表によれば最短67時間から最長260時間としており、期間が長い。しかもO157の検査は確定するまでに、中3日の時間がかかる。今回は、患者が幼児と高齢者ということからみても、菌数も少量だっただろう。発症例もポツ、ポツと出ていたので、当初は高齢者施設によくある感染症の事例との区別がつきにくかったのかもしれない。

 実際のところ、どうだったのだろう。どうやって食品を特定していったのだろうか。札幌市保健所の担当者に電話して話を聞いてみた。

 最初に高齢者施設から連絡があったのが7日で、その時点では単発だと思っていて、まずは施設に給食を提供していた施設を疑ったという。施設が汚染されている要因があるか立ち入り調査を行い、同時に出された給食の食材一つひとつを調べていく。そうしているうちに患者が複数施設にわたることがわかったので調査を拡大し、5施設の2週間分の共通食材を絞り込んでいったという。その線上に複数の食材が浮かび上がってきた。

 疑われる食材の事業者を片っ端から調べる中で、札幌市保健所が岩井食品に立ち入り調査を行ったのが8月9日だ。この時点では岩井食品に絞り込んでいたわけではなく、他の食材の可能性も同時進行で調査していたという。9日に岩井食品の井戸水や、施設、製品の調査を開始したが、O157は一切検出されなかった。
 ただし、高齢者施設や他の食材についての立ち入り、聞き取り調査が進み、ほかの食材の可能性が打ち消された。市保健所は、10日には岩井食品に「白菜きりづけ」が原因である可能性を伝え、11日に同社は自主休業している。

 だが、市保健所の一般市民への公表は14日である。実は私は、札幌市の担当者の話を聞くまで、なぜこの11日に公表できなかったのかという疑問をもっていた。岩井食品が自主休業をした時点で、浅漬けがO157食中毒の原因食品である疑いは濃厚だった。今回の汚染はたまたま幸いなことに7月28日の漬け込みロットだけだったが、それ以降も同社は他製品を含めて出荷を続けており、拡大可能性を考えると一刻も早く、全製品を回収すべきではなかったか、と思ったからだ。

 しかし、担当者によれば、11日に自主休業を促したのは異例の速さであり、決断だったという。そういわれてみれば、確かにこの時点では、明白な証拠がない。共通食材の絞り込みだけで、その疑いを伝えて休業に追い込むのはやり過ぎではないか、という思いも担当者にはあったというが、9施設100名の有症者という重みが後押ししたそうである。

 その後、13日に高齢者施設に残っていた「白菜きりづけ」3検体中2検体から、O157が検出確認され、すぐに患者のO157と遺伝子パターンが合うかどうか、札幌市保健所は道立衛生研究所に確認を依頼した。翌14日に型が一致することがわかり、確定したところで市保健所が14日に発表した。

 北海道の高橋はるみ知事が、21日の記者会見で、「この事案は他の全国でこれまでもあった様々な事案との比較において、比較的早期に原因食品が特定され、そしてそれを製造している事業者も特定されている事実がある」と述べているが、札幌市の保健所の話を聞いて、納得した。

 高齢者施設に提供する給食施設の疑いが残る中で、聞き取りを丁寧にして原因食品を絞りこんで、疑わしい事業者施設の立ち入りを行うまで、2日。その後の確定を待たずに、自主休業をさせるまで2日。そして、確定後に公表を行い、きちんと説明をする。今回は事例の大きさに比べると、メディアの報道が極端でないのは、そのせいもあるのかもしれない。

 それにしても、今回の岩井食品の対応はどんなものだろう。報道によれば11日にいくつかの取引先に連絡して、商品を撤収したとある。しかし、全ての取引先に連絡したわけではない。この時点で死者まで出ているO157が集団食中毒として発生したばかり、という事実はわかっていたはずだ。その原因食品を製造したかもしれないと指摘されれば、いくら証拠が確定していなくても、現在流通している全ての製造品が何とか消費者の口に入らないようにしたいと思わなかったのだろうか。

 14日の保健所の発表を待って、同社は15日に記者会見を行い謝罪しているが、遅すぎる。11日から14日まで、一体何をしていたのか。問題はO157である。消費者に情報を伝えるのは、新聞の社告だけではない。事業者の熱意さえあれば、メディアに情報提供をするなり、販売店に相談するなり、手段はいくらでもある。
 これが少しでも名前の知れた食品事業者だったら、メディアは大いに叩くはずなのに・・・。零細事業者だから仕方ないと思うのだろうか。

 死者7名は重い。昨年のユッケ食中毒の5人を超え、過去の食中毒事件では1996年発生の岡山県で発生したO157食中毒の8名に次ぐ多さである。ここにきて浅漬けが売れない、といった風評被害も広がりつつある。現段階では原因は特定されていないが、今後、札幌市保健所では再度岩井食品の立ち入り調査を行い、工程の再現等で原因を究明していくという。再発防止に向けて、調査結果が待たれるところである。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。