科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

科学顧問は何をするのか?~EU首席科学顧問インタビュー(上)

宗谷 敏

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 2011年12月、EUは初の首席科学顧問(CSA:chief scientific advisor)にAnne Glover教授を英国から迎えた。いにしえの政(まつりごと)にはオカルト(祈祷師・呪術師)が深く介入し、少なからぬ影響を与えてきた。水晶玉や亀の甲羅に代わり、現代の科学顧問は政策に科学的証拠の採用を促す。もちろんそれは、政策の無謬性を保証するものではないし、科学の不確実性とどう対峙するのかという新たな課題も生まれる。

 オンラインメディア「 EurActiv 」とのインタビューを通じて、Glover教授は科学顧問の役割と多くの政策が科学的証拠に基づいていない現実について語る。特に、自身の専門分野とも重なるGM(遺伝子組換え)食品に関する彼女の主張は、従来からの「EUはGMOに否定的」という一般的なイメージの再考を促すかもしれない。前・後編2回に分けて、このロングインタビューを読んでみる。

 なお、2012年8月2日の朝日新聞朝刊13面と会員限定のデジタル版には、高橋真理子編集委員によるAnne Glover教授へのインタビュー「科学者は信頼できるか」も掲載された。福島原発事故による科学者への信頼喪失という重いテーマと切り口だが、こちらも興味深い内容なので是非ご一読を。

EU科学顧問:多くの政策は科学的証拠に基づいていません(前編)

 時として政治家が科学を敬遠します。しかし、今後彼らはなぜ科学的証拠を拒絶するのかを明白にすべきだと、欧州委員会の初の首席科学顧問(CSA)は「 EurActiv 」に言いました。インタビューで、彼女は GMOsこそ政策が科学に勝った好例だと言います。

 Anne Glover教授は、(2011年)12月に欧州委員会では初の首席科学顧問に任命され、委員会José Manuel Barroso委員長に「政策開発と提供のすべての段階を通じてレベルが高く、独立した科学的助言」を提供する責任も持ちます。

 Gloverは、2006年8月から2011年12月までスコットランドの首席科学顧問を務め、Aberdeen大学の分子細胞生物学教授でもあります。エジンバラの英国学士院の選出会員で米国微生物学会の会員です。

 Gloverは、ベルレモン(訳者注:ブリュッセル欧州委員会本部ビル)の彼女のオフィスで EurActiv紙 のJeremy Flemingに語りました。

Q: 欧州委員会におけるあなたの新しい役割は何ですか?

 「付加価値があることは私にとって重要です」とGloverは切り出す。欧州委員会には科学的な代表として、すでにDG Research(研究総局)があるのに、CSA は何をするのか? という疑問に対しては、DG Researchの仕事は「科学のために政策」であるのに対し、CSAがすることは「政策のために科学」だから、重複はあっても役割はまったく異なると説明する。多くの人々が、CSAの新任に注目してくれるのは、「むしろ政策立案者のための機会であると受け止めてくれればうれしい」と言い添える。

 「人々は、政策決定上の証拠の価値と、科学技術が21世紀のヨーロッパに適合するのを理解します。私は、エコノミストのようなタイプの人たちが、私に話をすることを望むことに驚いています。私はスコットランドの CSA でした、そして、それを辞めるまでに、私はまだ仕事を続ける機会を見いだしました。私の任期は、2014年末の現在の欧州委員会の期限まで続きます。それは2年半先であり、その時間内にどれだけ目的を達成できるか、私は取り組んでいます。私は現実的であらねばなりません」

Q: ヨーロッパにおける政策立案に科学的証拠はどれぐらい進んでいますか?

 「私たちが政策立案上の証拠への1年目のアプローチを得たかどうかを考えると、欧州委員会内に素晴らしい着実なアプローチがあると私は思います。どのように証拠の土台(プラットフォーム)を作り出すか、次にそれがどのように効果をもたらしたかを調べ、全体の効果を査定する委員会のために使われるかという観点からです。そのことに私はたいへん感銘を受けました。なぜならそれは加盟国の最も着実なプロセスの1つであらねばならないと私は思いますので」と、Gloverは成果について述べる。

 そして、挑戦は次のステップで人々がそれから何をするかであり、そこで民主的なプロセスが加わる。加盟国が証拠ベースを使うことを望むのか、あるいは望まないのか、そして加盟国がどれぐらい幸せであるのか、そして意志決定のためのメインツールに証拠を使うことにどれほどの信頼を寄せるのか、などは、自分にとって大きな挑戦だとGloverは続ける。

Q: なぜ、それは挑戦なのですか?

 「なぜなら、私が属する国も含めてすべての加盟国で、多くの政策が証拠に基づいてはいないからです。そこには、他の経済的要因、社会的理由が介在しているでしょう」と答えたGloverは、スポーツとしての乗馬による死亡事故率(訳者注:350回ごと発生)は、ドラッグのエクスタシーを摂取した場合の死亡事故率(同:10000回ごとに発生)より高いという[前・英国政府科学顧問]David Nuttによって使われた例を引いて説明を試みている。

 この証拠を使って「なるほど。それなら乗馬を禁止して、エクスタシーを合法化しよう」とはならないのは、考慮すべき多くの問題と要因が他にあるからだ。例えば、乗馬をするなら、おそらく安全なヘルメットを着用して、適切に管理された厩舎を訪れるのに対して、気晴らしのためのドラッグを飲む場合、自分が何をしているかを正確に知るのはほとんど困難なのだから、それらは異なるシナリオである、とGloverは結論している。

 それ故、「私たちは、注意深く適正に証拠を使う必要があって、そして時には公衆が証拠を使う方法を修正することを望むかもしれません。そして、私にとって重要なことは透明性なのです。このヨーロッパのどこかで、部分的にしか証拠が使われなかった時、人々がなぜ証拠を拒否したかを言う義務があったなら、私たちはもっと理解が進んだのではないかと、私は考えます。それは、私にとって実に重要なことです。なぜなら人には説明責任があると私は思うし、人生において物事にノーと言うのはたやすく、イエスと言うのは極めて難しいからです」

Q: 証拠が部分的にしか使われなかったか、あるいは全く使われなかったとあなたが感じている例を挙げられますか?

 「それは、遺伝子組み換え(GMO)食品を巡る規制の実施が当てはまるでしょう。なぜなら、私たちは非常に多くの極めて堅固な証拠を持っており、予防原則は GMO食品または農作物に対してもはや適切ではありませんから。

 15年[以上]にわたり栽培され、世界的規模で消費されてきたGMO 食品から私たちが証拠を見るなら、ヒトの健康、動物の健康あるいは環境安全についてどのような悪影響も実証されたケースがありません。ですから、それは優れて堅固な証拠です。そして、GMO食品を食べることには、在来育種法により作られた食品を食べること以上のリスクはないと言い切る自信が、私にはあります。

 (一般的に)食物を食べることにはリスクがありますが、そのことを人々は忘れがちです。食物を食べることは危険です。ほとんどの植物体は有毒であり、それらを食すために適応させるのは、調理や食べる量の問題であることを大部分の人が忘れています」

Q: それでは、あなたはGMOsが安全だと言うのですね?

 「私が言いたいことは、GMO食品には在来育種法により作られた食品以上のリスクはないということであり、遺伝子工学は何の関係もありません。それでもなおかつGMO食品の使用を阻むために規則の実施を人々が望むなら、そのことを話すべきです。そして、なぜそれを拒否したかを人々は明確にする必要があります。

 増加している世界の人口をどうやって食べさせるか、どうやって第二、第三世代のバイオ燃料-いま実際には第一世代のバイオ燃料-のような持続可能な燃料に取り組むかは、世界的規模の挑戦です。もし農地がバイオ燃料生産のために使われているなら、そこでは食料を生産していませんから、私たちは食料生産を増大しなければならないことになります。それは、持続可能な増大に関係しています。

 私は、私たちがあらゆる技術的な可能性を-GMOs だけではなく-を使うことを論じるでしょう。それは私たちが提供するツールキットのあらゆるツールを必要とします。それは水の安全保障でも同じです。もし私たちが干ばつに抵抗する作物を作る可能性を持っており、それが安全であるなら、それを使わない手がありますか?」

Q: あなたはどのようにして証拠ベースのアプローチを強化しますか?

 「ここ欧州委員会において、時に政治家と当局者は科学的問題を巡ってはあまり自信がありませんが、それこそ私の出番です。私は、科学者ですから」とGloverは自分の役割への認識を定義した。

 そして、自分の役割が「独立した」 CSA と呼ばれるのは、欧州委員会から完全に独立して自分が活動しているからではなく、自分が取り組む証拠が、政治哲学によって変化せずに独立しているからなのだとGloverは解説する。

 「それは、確固たるプラットフォーム(証拠の土台)によって、人々に多くの自信を与えるべきです。そして、確実な証拠は進化していきますが、私たちは証拠を調べるための実に安全確実なプラットフォームを持っています」 後編へ続く)

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい