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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

よりたやすく、より速く~米国議会はGM作物の規制緩和を検討中

宗谷 敏

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 「よりたやすく、より速く」は、ロンドン・オリンピックの標語ではない。2012年7月17日のReutersは、米国下院で審議中の2012年農業法案(HR 6083)などに含まれるGM(遺伝子組換え)作物に対する規制緩和の動きが、論争を招いていると報じた。

 新農業法案は、6月21日に上院が可決、下院では7月12日に小立法府とも呼ばれる農業委員会を通過し、現在下院本会議で審議中である(尚、米国両院制では、憲法上予算関係のみは必ず下院が先行審議するが、その他の法案審議について上院・下院の順番は決められていない)。

 先ず、物議を醸しているのが、農業法本体とは別の2013年度農業歳出予算案に含まれるSec.733という条項だ。これに関しては、2012年6月11日の拙稿で、最後に簡単に触れておいた。

 GMアルファルファGMサトウダイコン に対するUSDA(米国農務省)の規制緩和措置(つまり、米国における環境安全性承認の意味)は、環境影響評価が不十分で、他法令である全国環境政策法令(NEPA)に違反していると主張した環境保護グループによる提訴を地方裁判所が認める判決を下した。

 これらのGM作物は、既に農家による商業栽培が開始されていたため、窮地に立たされたUSDAはこの間、地裁による全国的栽培禁止命令は越権行為だという最高裁からの援護射撃や、部分的規制緩和のパッチワークでなんとか事態を乗り切ってきた。

 但し、USDAは当初規制緩和に用いた評価項目数を絞った簡易な環境影響評価法に代わり、完全なEIS(環境影響評価報告書)を再構築しなければならなかった。予定調和的に結論が変わるものではない故に、ただでさえ新規GM作物の規制緩和プロセスが遅いと不満を抱いていた開発メーカー筋は、USDAのリソースの浪費だと怒り、GM作物規制への司法介入排除を謀り、ロビー運動を展開する。

 この結果、USDAがその作物を栽培するのが安全であるかどうかを決定するために「必要とされるいかなる分析や協議」を完了する間にあっても、USDAに対しGM 作物栽培を承認することを許す、即ち当該作物の安全性に関して法廷闘争中ではあっても、GM作物を栽培することを農家に許すという主旨のSec.733、通称「Monsanto Rider」が、2013年度農業歳出予算案(HR 5973)に埋め込まれた。

 これを伏線として、新農業法には、GM作物の規制緩和プロセスを全面的に簡素化し、時間を短縮しようとする条項が付け加えられている。問題とされている条項は、Sec. 10011, 10013及び 10014 などだ。

 法案自体が審議中であり、修正など含めてこの先どう転ぶのかは不透明なため、上記のReutersは、その内容に関する詳述を避けている。簡単に言ってしまえば、GM作物の環境影響評価をUSDAの専権としてしまう。EPA(環境保護局)が主管するNEPAや内務省所掌の絶滅危惧種保護法(ESA)もしくは他のいかなる環境関連の他法規に基づくUSDAによるGM作物環境影響結果へのレビューも不法とする。さらにUSDAは、たとえ裁判官命令であっても追加の評価を請願する何人からも、分析費用の供給を受けることは許されない。

 また、USDAは、新規GM作物に対する環境影響評価を申請受理から1年以内(180日間の延長がオプションで認められる)に終えて、環境規制緩和の諾・否を決定しなければならない。もしUSDAが期限内に結論を出せなかった場合、当該GM作物は、レビュープロセスを完全に省略して、自動的に商業化が公認される。もちろん、FDA(食品医薬品局)による食品安全性審査、害虫抵抗性Bt作物の場合にはEPAによる農薬成分や微生物に関する安全性評価が終了していることは前提であるが。

 こうして見ると、農業歳出予算案のSec.733とは、もし農業法審議でこれらの条項が通らなかった場合の保険的意味合いを持つものだというもう一つの性格が明らかになってくるだろう。GM作物規制緩和へのシナリオは、米国議会内で着実に地歩を固めつつあるように思える。

 その陰に開発メーカーによるロビー活動があったのは言を俟たない。Center for Responsive Politicsの調査によれば、去年、Monsanto社は昨年約630万ドル、今年の第Ⅰ四半期に140万ドルをロビー対策に注ぎ込んだという。Dow社も昨年83万ドルのロビー費用を計上している。

 当然、これら一連の動きは、一部の消費者や農家、環境保護グループからの激怒を買い、議会へのオンライン請願から国会への直接的なロビー運動まで条項を潰すべく様々な反動を引き起こしている。さらには、食品産業界の一部からも、これらの条項は「国内と輸出市場(承認の非同時性)において思いがけない結果」を招くかもしれないという懸念が表明されている。

 しかし、規制緩和を急ぐ開発メーカー側にとって、今年中西部を襲った未曾有の干ばつ被害は天佑となるかもしれない。トウモロコシの反収低下は既に確定的であり、8月の受粉期を控えたダイズも楽観を許さず、シカゴ相場は連日高値のレコードを更新している。このまま行けば、畜産・乳製品を中心として2008年の食料価格高騰が再来しそうな勢いにある。

 米国農家にとっては「反収こそ命」だから、干ばつ抵抗性(GM)作物の早期導入に対する要望が圧倒的な規模で高まるのは必至だろう(今年のような酷い干ばつにあってもパフォーマンスが充分発揮されるのかは別として)。干ばつ抵抗性作物を開発パイプラインに持つMonsanto社、DuPont社、Syngenta社などの株価は、既に注目を集めている。

 一方、Dow社には、蔓延する除草剤グリホサート(「ラウンドアップ」)耐性雑草への対策として、(対症療法とはいえ)除草剤2,4-D耐性をベースとする「Enlist」システムの市場投入を急ぎたい事情がある。これは、当初耐性雑草問題を軽視したと批判を浴びるMonsanto社としても、事情は同じだ。

 これらの開発メーカー側の「大義」と、米国経済の根幹を形成する農業の維持・振興は重要である一方、環境保護政策とのコンフリクトをどうするのか、当然ながら議員たちの主張・立場も割れているようで、議会が最終的にどのような結論を導き出すのかは非常に興味深い。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい