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GMOワールド

英国皇太子と米国科学技術顧問〜情熱と科学の葛藤、あるいは・・・

宗谷 敏

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 毎年お盆のシーズンに荒れるGMOワールドの伝統は、英国王室の王位継承者によってしっかり受け継がれたかに見える。有機農業の実践家であり、1992年からは有機農産物販売者でもあるCharles皇太子は、以前からGMOを嫌悪するポジションを採ってきた。その皇太子が、2008年8月12日付英国The Daily Telegraph紙との独占インタビューにおいてGMOを批判する発言を情熱的に再び繰り返し、これを受けて英国メディアは沸騰した。

 Charles皇太子発言の要旨は、「多国籍企業群はすでに『深刻な欠陥がある』実験を行なってきており、GM作物の大量開発は、これまでなかった世界で最悪の環境災害を起こす(インドの緑の革命と西オーストラリアの土壌塩化を例示)だろう」というものだ。これらは、嫌悪感に根ざしたこれまでの彼のポジションの繰り返しであり、特に目新しいものではない。

 しかし、GM作物は農業生産性を高め、食糧価格高騰に対する重要な役割を持つと主張するGordon Brown首相と、故にこれに反対する人々の再考を強く促している現在の英国政府のポジションとは真っ向から対立するものとなった結果、時流的に極めて政治色の濃い発言になってしまった。

 政府関係者や一部の科学者からは、「ファンタジーにすぎない」「Luddite(技術革新反対者)」「パンがなければお菓子を食べれば、と言った(この逸話の真偽は疑問視されている)Marie-Antoinette王妃の現代版」「環境災害懸念を証明しろ」など、多くの激しい皇太子バッシングの火の手が上がる。皇太子発言批判派の聖書は、ISAAA年次報告書などである。

 一方、数的には劣るが、皇太子の近衛軍団たる土壌協会と環境保護団体や、援軍のインド傭兵部隊長たるVandana Shiva女史などの有機農業支持グループは、「異議無し!よくぞ言った!」と皇太子発言に賛意を示しつつ論戦に参画する。こちらサイドの教義書は、当然IAASTD報告書となる。

 陰日向の相違はあれ、英国政府のポジションに立脚しての皇太子発言批判の多くは、ややすれ違っていたように筆者には思える。なぜなら皇太子は「我々が話をすべきことは食糧生産(food production)ではなく、食糧安全保障(food security)であり、それは重要であるが人々には理解されていない」と明確に断っているからだ。食糧生産性向上を第一の論点に据えないこの土俵でなら、皇太子と有機農法は一定のアドバンテージを得る。

 議論のレベルを揃えるためには、ここを正確に理解しかつ尊重しながら、さらに反論しなければならない。従って、これを達成しているのは08年8月13日付のNew Scientist誌のコメントなどを除き、ほとんど見あたらない。

 皇太子が仕掛けた土俵に上がることなく、説得に向かう論旨展開を1本だけ選ぶなら、08年8月18日付の米国The New York Times紙に掲載された生命科学者Nina V. Fedoroff博士へのインタビュー 記事を、皇太子インタビューとの好一対として挙げられるかもしれない。

 Fedoroff博士は、07年6月以来Condoleezza Rice国務長官付の科学技術顧問を務め、名著とされる「Mendel in the Kitchen」(2004年)の共著者としても名高い。Fedoroff博士へのインタビューは08年7月に行われたものであり、もちろん記事中Charles皇太子についての言及は一切ない。しかし、平易な語り口と共にはからずもCharles皇太子への諌言になっており、この時期にこれを掲載したThe New York Timesのセンスは光る。

 「あなたのGM食品を支持する講演を聴いて、国務省はGM食品を押しており、彼女はMonsanto社の大使だ、という感想がありますが?」に対しFedoroff博士は、「遺伝子改変されていない食物はほとんどありません。 遺伝子組み換えはすべての進化の基礎です。私たちの惑星は多くの放射線にさらされているので、DNAはダメージを受けます。それは自然に修復されますが、突然変異ももたらし、それは農業の改善に利用されます」

 「前世紀になって私たちが遺伝子について多くを学んだ結果、進化を速める方法が考案されました。そこで、多くの近代的な植物品種が、作物を改善する突然変異を起こすために化学物質や放射能を用いることによって作られました。これが20世紀に行われてきた植物育種です。残りの部分に支障を与えることなく、たった1つの遺伝子を導入する技術を私たちが発明した今、若干の人々がそれを恐ろしいと思うことはパラドックスです」と回答する。

 次に「なぜGM食品にこのような激しい反対があると思いますか?環境保護主義者もGM食品を認めるべきだというあなたの論拠は?」という問いかけに対し、Fedoroff博士は以下のように答える。

 「(反対運動は)私たちの成功の思いがけない結果です。私たちは、昔よりも食糧増産に長けました。数世代を経て農場に暮らす米国人が半数近くから2%になり、私たちはもはや食料品店にある素晴らしいものが、どうやってそこに着いたかを考えません。そして、私たちはもっと自然な方法であると思うものに戻りたがっているように思えます」

 「しかし残念ながら、私たちはそうすることができません。なぜなら、この世界にはあまりに多くの人々が存在しますから。もし、皆が有機農法に変わったなら、私たちは地球の現在の人口を、おそらく半分程度しか、養うことができないでしょう」

 「もし私たちが世界の増加する住民を食べさせるために、より多くの耕地を求めれば、私たちは残っている森林を破壊することになり、それはすさまじい砂漠化を招くでしょう。私たちが、すでにある耕地で増産することができるなら、それはより良いことです。ヨーロッパ、北米、オーストラリア、日本などで、私たちは科学を農業に適用することに優れて成功していました。そして、私たちは『自然で行きましょう』と言う余裕があります。しかし、そこには副次的な損害もあります」

 「私はルワンダで、1エーカー以下の小規模農民に会いました。もし、人口が再び倍増するなら、私たちはもっと多くの争いを見ます。 多分、スーダンの内戦は政治についてではなく、水についてです。 最も貧しい国での対立の多くは、あまりに多くの人々があまりに少ない資源を追い求めることに係わります。私たちは、ルワンダのような国がもっと効率的な農業に、そして人々を受け入れるために十分賢くそれをするために、何かの技術的転換を考えるべき時ではありませんか?」
 このインタビューの後半は、国務長官が科学技術顧問を必要とする理由や、科学外交の果たしてきた、そして果たすべき役割の重要性が語られており、博士の科学の持つ可能性への揺るぎない信頼を示す姿勢で結ばれている。

 「科学は協力関係を築くほかのタイプの努力よりもよりいっそう協調的であり、外部的な参照基準を持つので、政治的システムより多くの民主的な原則を志向します。人々は異なった理論を持てますが、私たちはそれをテストする実験で形作ります。重要なのは証拠です。従って科学においては、私たちは意見の相違を持つことはできますが、2セットの事実を持つことはできません」

 「あなたと私とは異なった宗教、異なった政治思想を持っているかもしれません。しかし、私たちは深い亀裂を超えて、科学について話をすることができるのです」(Fedoroff博士発言の引用終わり)

 この2本のインタビュー記事は、語り手の依拠する立場や国は違うが、いずれも熱く、刺激的だ。Charles皇太子の発言に話を戻せば、階層社会の英国において、高級紙のThe Timesから大衆紙The Mirrorまで、おそらく皇太子のGMO批判問題に触れなかったメディアは存在しない(Google検索では500本以上ヒットする)。

 そして、賛否や深度はさまざまながら、万華鏡のように言論界に議論を派生させたことと、国民があまねくそれらを耳目にしたことを考えれば、今後の英国のGMOに対する姿勢を方向付けるために、皇太子殿下は案外重要な役割を果たしたかもしれない。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)