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執筆者

松永 和紀

京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

特集

残留農薬「ポジティブリスト制」、胡麻が突きつける課題

松永 和紀

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 全国胡麻加工組合連合会・残農対策分科会座長の高田直幸さんが、大変に意味深い原稿を送って来てくださった。食品中の残留農薬等を規制する「ポジティブリスト制度」の問題点を凝縮して突きつける寄稿だ。
 ポジティブリスト制が始まって5年がたった。消費者団体や生協等の強い要望に応えて始まった制度だが、当初からさまざまなひずみ、矛盾を露呈し、解決されていない。
 高田さんの原稿をぜひお読みいただきたい。また、編集長コラムで背景を説明しているので、そちらも読んでほしい。日経BPFood Scienceでも5年前の施行当初、さまざまな記事が掲載された。外部サイトにも、詳しく解説されているものがある。合わせてお読みいただきたい。ポジティブリスト制度の功罪を、改めて振り返るべきときである。

  • 取り残されるマイナー農産物への対応 ←9月17日
  • 食産センターも食品企業アンケートをまとめ報告 ←9月17日
  • 編集長の視点・ポジティブリスト制、「一律基準違反も廃棄」でよいのか? ←9月17日

  • FoodScience斎藤くんの残留農薬分析
  • FoodScience松永和紀のアグリ話

  • 厚労省・食品中の残留農薬等
    全農・食品残留基準のポジティブリスト制対策情報

    取り残されるマイナー農産物への対応

    全国胡麻加工組合連合会  残留農薬対策分科会座長 高田直幸

    1.はじめに

    sesame flower

    胡麻の花。中国で

     アフリカ・サバンナに起源を発し、シルクロードを経て縄文期には日本に到来していたという胡麻 は、我が国において、和え物、胡麻豆腐、胡麻煎餅など独特の用途を生みながら日本の豊かな食文化の醸成の一端を担ってきた。近年ではふりかけを始め、ドレッシングやタレ類にも重宝され、主食ではないながらも存在感のある食材となっている。

     1950年代には7000t近くの自国生産があったとされる胡麻であるが、その後の高度経済成長の中で耕地の減少と農業の機械化のあおりを受けるとともに安価な輸入原料が流入するようになって、今やその栽培はほとんど姿を消しつつある。年輩の方には、大豆や落花生の間作として、また田圃の畔に咲く胡麻の花を記憶する方も多いのではないか。胡麻は高温・乾燥を好む植物で、やせ地においても栽培可能なこと、機械化に十分対応できていないことから、現在では熱帯・亜熱帯の開発途上地域が主力供給地となっている。

    sesami field

    トルコで

     さて、2006年に施行された残留農薬ポジティブリスト制度によって、厳しい状況が続いている品目のひとつに胡麻がある。毎年10件を超える違反が続いており、そのなかで65%が一律基準(0.01ppm)違反となっている。業界では当初、違反国を敬遠する風潮も見られたが、あらゆる国からの貨物で検出されるようになるに至り、逆に日本から働きかけて輸出国と共にビジネス上のリスクを軽減させるような取組を持たなければならないという機運も生まれている。

     現行の法令では違反が発生すると「積み戻しまたは廃棄」措置命令が下される。そうした事態を避けたい貿易商社や業界は、輸出前の検査や非モニタリング貨物についても自主検査を強化している。そのため、大幅な残留農薬残留はまず、起こりえず、胡麻の安全性は担保できている、と思う。しかし、一律基準違反の貨物の処理にあたっては、原因の特定も困難な場合が多く、経済的損失の負担や手間暇かけた努力が無駄になったことに対し、嘆きと苦悩に満ちたドラマが関係者の間で繰り広げられる。誤解を恐れず直言すると、マイナー農産物にとって、日本のポジティブリスト制度の仕組みは、「理由(わけ)もなく厳しい」のである。

    2.残留基準値の設定手続きについて

     ポジティブリスト制で設定された約800項目のうち、胡麻に基準値(MRL)が設定されている農薬数は227ある。筆者は90年代後半より、胡麻の生産地における農薬の使用状況の視察を続けているが、この10年間で日本の輸入対象国も変われば、使用農薬や使用状況も随分変わってきた。ジェネリック農薬の出現や農薬販売ルートの充実も背景にある。なぜこの農薬に基準値が設定されていなくてあの農薬に設定されているのかというミスマッチも随所にみられる。基準値の設定や見直しを行うためには、現在、2通りの方法が用意されている。

    (1)農薬登録の際、作物毎の残留基準を申請する。

    (2)EU他日本と同等の先進国が設定している値を試験成績と共に申請し、採用してもらう(インポートトレランス)

     前者は、日本で生産する農産物を対象とした制度である。農薬登録は農薬取締法に基づいており、農薬メーカーが安全データ、環境データ等を添えて対象農産物毎の散布方法と残留基準値も申請する。民間の農薬メーカーが申請するのだから、適用対象としない(=販売対象にならない)農産物に関するデータを添付するはずがない。日本に栽培者がほとんどいない胡麻はここで対象から外れる。

     後者は主として、日本で栽培されず輸入に依存する農産物を対象としている。農薬の安全情報は国際的に共通化した方が、貿易流通上も分析費用上もメリットがあるので、既に先進国において検証を終えたものについてはその基準値を採用しようという考え方である。だが、残念ながら、日本がインポートトレランスの対象国として認定している国々では、胡麻の生産は盛んではないし、胡麻の消費国でもない。胡麻の大消費国は、東アジア(日本、中国、韓国)及び中近東諸国である。FAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)により設置され国際食品規格を検討しているCODEX委員会や米国では、そもそもMRL設定の分類に「胡麻」すらない。彼らにとってはマイナー食材なのだからなくて当然なのである。

     従って現時点ではインポートトレランスの可能性もない。このように、何れの方法によってもカバーできない品目はなすすべもなく一律基準を受け入れ、積み戻しや廃棄をせざるを得ないのであろうか。我々のような農薬部外者が作物残留試験を始めとする毒性試験を行い、基礎データを一から作っていくというのは正直なところ荷が重すぎる。ちなみに、米国では、マイナー作物については農薬メーカーが自発的にMRLを提案することがないために、代わって国が基準値設定に必要な手続きを行っているという 。

    3.MRL分配法則について

     MRLを設定するにあたっては、ADI(一日摂取許容量)をベースに安全係数をかけ、マーケットバスケット方式なる調査(日本の食生活においてどの食材をどれくらい使用するか)に基づいて、ADIを食材毎に割り当ててゆく。配分されるべきパイは決まっていて、よく食べるものからその量に応じて分配されるようである。日本において胡麻はいろんな食シーンに登場するものの、摂取する量は限定的である。従い、分配されるウエイトも小さいか、分配することすら忘れられているのではと感じることもある。

     ADIの値自体は様々な試験に基づいて検証も経た科学的根拠のある値であるが、それをMRLに割り当てるプロセスが不透明であり合理性に乏しいと感ずるのは筆者だけであろうか。リスク対策上、主原料に対してMRLの枠を確保しておくという考え方も理解できるが、摂取量が少量しかないものへの配分方法に妥当性があるようには思えない。違反を起こした時に流布するのは検出濃度や摂取絶対量ではなく、「基準値の●●倍を超えて検出」という表現である。一律基準が適用されている場合は、違反品の健康に与えるリスクがいかに小さいかは検討されないまま、●●倍という数字だけが一人歩きする。

    4.「胡麻」という独立した分類があること

    sesami3

    トルコで

     現在行われている基準値見直しの中で、パブリックコメント制度はあるものの、安全性データを用意できていなければ手を挙げることもできない。胡麻では、暫定基準値を剥奪されて一律基準に転落した4農薬があるだけだ。

     MRLは農薬約800項目と農産物約135品目のマトリックスで規定されている。これだけの巨大なマトリックスが本当に有効に機能し保守可能なのであろうか。グルーピングの議論も出ては消え、例えば「その他のオイルシード」といった総称カテゴリもある中で、胡麻が単独で1品目を維持するのであれば、「その他」扱いの一律基準を、根拠の伴う基準値に置き換えていく作業が必要である。ちなみに、海外の胡麻生産者の頭の中にあるのは、農薬と農産物のマトリックスではなく、駆除すべき害虫もしくは雑草と農薬のマトリックスである。

    5.MRLオーバーと行政処分

     ドイツでは、穀類など摂取が多いものや果実・野菜のように直接摂取するもののみモニタリング対象とし、マイナー作物については摂取量などから健康被害が限られるということでモニタリング対象にすらしていない 。しないというのも極端な気がするが、廃棄命令や回収といった行政処分の判断は、MRLと直結しておらず、残留の程度や健康被害の可能性に基づき判断されるという 。ギョーザ事件のように事件性の高い事案ならともかく、違反が繰り返されると営業停止もあり得るという日本のルールは輸入会社に気の毒な気がする。

    6.課題

     モニタリング制度も施行後5年を経過し水際でのチェック体制はより強固となり、システムとして軌道に乗ってきた。欧州に足並みを揃えんがために、急遽ネガティブリスト制から転換を図った感もあり、当初は安全側にバイアスを確保して運用開始されてきたように思うが、そろそろ、国民の安全を担保するという本質に立ち返って、現行の仕組みそのものについて妥当性や実効性の検証を加えるべきではないか。

    (1)輸入したままの状態で市場流通しない農作物の扱いを現在のままとするのか。砂塵を伴った原料胡麻は精選の後、必ず水洗及び焙煎工程を経て、市場に流通されている。農薬が表面に付着している場合は、これらの工程で洗い流されたり揮発したりして、残留は軽減される。外皮を剥いて使用する農産物もある。

    (2)農薬の正しい使用をしていればMRLオーバーしないという前提は本当なのか。輪作体系の中で栽培される農作物間でのMRLが大きく異なる場合も多い。必ずしも残留期間の短い農薬ばかりではないし、栽培中に使用していなくても違反に至ったと考えられるケースもある。また、空中散布や間作といった栽培スタイルも実在する。MRLの配分バランスで差が大きすぎるのも問題である。

    (3)本文中でも述べたが、MRLの分配方法やMRLの設定申請にはひと工夫欲しいところである。

    (4)海外とのコミュニケーション。最近の例では、南米の内陸国から搬出された貨物が隣接国の積込港で一旦保管された際に、国の定める薫蒸にたまたま遭い、その残留が日本で検出されたために輸入禁止となる事案が発生した。穀類や豆類では一般的な薫蒸剤であったが、日本において胡麻に対する登録がなく従前からの暫定基準にも入ってなかったために一律基準が適用された。日本向けの特定作物だけに特別な処置を求めるのが対策と言えるのか。

     最近、厚労省のホームページにおいて違反を公表する際、「○○を毎日△△kg摂取し続けたとしても許容一日摂取量を越えることはなく、健康に及ぼす影響はありません」という注釈がつくようになった。国内消費者の安心には寄与するこの一文を、返品を受ける生産者・輸出者には何と説明すればよいのだろうか。

     確かに、買う側は選ぶ権利もあり、買う為に守ってもらう「きまり」を主張することもできるが、科学的・合理的な理由が不十分なまま度が過ぎることは避けたいところである。我々が耳にする、使用農薬の合法性や基準値はあくまで日本のローカル・ルールなのである。日本と生産国の間を取り持つ我々は、国際貿易に必要な要件を、正しく、わかりやすく、繰り返し、供給国側(通過国を含む)関係者に伝える努力を国の力を借りながら続けていきたいと思う。国際的な動きから取り残され、ガラパゴスにならないように。

    食品産業センターも、企業アンケートをまとめ報告

     財団法人食品産業センターが昨年11月から12月にかけて、国内の食品製造事業者や商社、食品団体などにアンケートを実施して今年3月公表している。こちらの報告書もお読みいただきたい。

    執筆者

    松永 和紀

    京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動