科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

ポジティブリスト制に吹いた“神風”

斎藤 勲

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 残留農薬の問題は色々な方が書かれているが、検査機関で分析に携わる立場からの発言は非常に少ない。分析担当者に寡黙な人が多いためなのか、あるいは暇がないためなのかは、よく分からないが、今回、「分析の立場から、残留農薬問題について論じて欲しい」との要望で、日経BPから私にお声がかかった。私は30年間地方の衛生研究所で食品中の残留農薬など微量な成分・有害物の分析に携わってきた。昨年から現在の東海コープ事業連合食品安全検査センター長を務めており、その職歴が買われた(?)ようだ。

 食品安全検査センターでは、微生物検査、残留農薬検査などの分析に加え、組合員に対して食の安全に関わる情報の提供も行っている。そうしたこともあり、私は、正確な検査を行うだけではなく、そこで得た数値の意味するところを、どのように分析し、また分かりやすく伝えるか、ということに重きを置いている。この連載でも、残留農薬分析に関係する法規制や分析結果に見られる、数値の意味するところを解き明かしながら、残留農薬に代表される食の不安の問題の「分析」を試みたいと考えている。ちなみに「斎藤くんの残留農薬分析」というタイトルは、私の名前の読み「勲(くん)」と「君」を掛けてみたものだ。
 残留農薬で今、話題となっているのはポジティブリスト制である。ポジティブリスト制は、農薬の残留した食品の流通を原則として禁止し、残留を認めるものについては残留基準を一覧にして示す方式のことである。食品衛生法の残留基準は1991年までは26農薬しか設定されておらず、日本は長く、残留してはならない農薬だけを一覧表にするネガティブ制を採っており、この方式では残留基準が設定されていない農薬については、いくら残留があっても規制できないことが問題となっていた。しかし、1992年から、ようやく順次拡大を開始。2000年までに200農薬の設定を目指していた。
 そんな折、1998年3月にカリフォルニア州ヨセミテ国立公園のTeneya Lodgeで第10回カリフォルニア農薬残留ワークショップ開催された。その中で、厚生省食品衛生局食品化学課の中垣俊郎・課長補佐(現在は厚生労働省医薬食品局食品安全部の基準審査課長)が、日本における残留農薬規制の現状を紹介し、「日本も近い将来ポジティブリスト制へ向けて進む」と、明言されたのが大変に印象的だった。中垣さんの発言を聞きながら、「日本にもついにポジティブリスト制度がやってくるのだな。でも本当かなあ」と、一部疑いを持ちながら聞いたことを記憶している。
 それから7年。今年6月3日に厚労省・基準審査課から「食品に残留する農薬等に関するポジティブリスト制度における暫定基準の設定(最終案)等に対するご意見の募集について」が発表された。一般から集めた意見を基に、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会の審議を行い、暫定基準などの告示に向けた所要の手続きを行うこととなっている。2006年5月を目指している、食品衛生法の改正、即ちポジティブリスト制への移行がいよいよ現実のものとなってきたのだ。
 7年の間には、2001年の中国産冷凍ホウレンソウ問題、2002年の無登録農薬問題と、農薬行政を揺るがす事件が次々と起き、消費者の食の安全に対する不安が増大した。しかしポジティブリスト制導入にはまさに神風が吹いたのである。それらを契機に農薬取締法、食品衛生法の大幅改正、食品安全基本法の設定、食品安全委員会の設立など農薬行政も大きく消費者の健康を意識したものとなり、残留基準も動物用医薬品も含め700を超える物質が設定されることとなっている。わずかな期間に、食の安全にかかる取り組みが大幅に強化され、また情報公開が進んだことは疑いようがない。
 翻って、私が衛生研究所で農薬分析の業務をしていた約25年前。輸入農産物のポストハーベスト農薬の問題が明るみに出た頃は、はるかに問題の多い状況だった。米国産コムギ(玄麦)からポストハーベスト農薬として使用された有機リン剤のマラチオン、オーストラリア産コムギからフェニトロチオンが検出されたのだが、当時の食品衛生法では残留基準の設定がなく(いずれも26農薬には含まれていたが、コムギへの残留基準値は設定されていなかった)、数ppmというレベルで残留しているものまであるのに、基準がないから違反にはならなかった。その一方で、同じ農薬(フェニトロチオン)を使っていながらコメでは0.2ppmをわずかでも超えると違反となるため、廃棄処分となってしまう。
 しかしその後、国際的ハーモナイゼーション(?)からフェニトロチオン10ppm、マラチオン8ppmという、コムギへの残留基準値が適用された。しかしこれは、「この基準を超えることはほとんど不可能」というほどの高い残留濃度である。従来の作物残留試験結果から妥当な基準値を決めてきたやり方とは大きく異なり、釈然としないものを感じたことを記憶している。
 だが当時、多くの消費者にはそうしたことはあまり知らされずにいた。食の安全性の問題が政治的な要素に大きく左右される、そんな矛盾した状況を経験してきた身には、今回のポジティブリスト制は、極めて単純明快で透明性が高く、公正な法体系に映る。細かい部分では問題を含んでいることは重々承知しているが、その方向性は高く評価したいと思っている。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)

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