科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

福島の桃 おいしく頂きました

森田 満樹

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 このところ、福島の桃を毎日食べている。
 きっかけは、放射能関連のシンポジウムで聞いた、ある福島県の農家の話だ。彼は意見交換の場で「風評被害に苦しみながら、消費者に少しでも安心してもらおうと自分たちでお金を出して検査をしてもらっている。先日、近所の農家が桃を検査したところ、放射性セシウム70 Bq/㎏が検出された。自分たちが持っている情報は隠したくはないが、こんな数字のものを、はたして消費者は受け入れるだろうか」と話した。

 放射性セシウム70 Bq/㎏の桃。厚生労働省が定めている暫定規制値は500 Bq/㎏だから、かなり下回っている。でも、暫定規制値そのものが緩いのよ、という人もいる。計算してみよう。たとえば1回でLサイズの桃を4個、1㎏を食べたら、70 Bq×実効線量係数(1.3×10-5)=0.00091mSv。10日間、4個の桃を食べ続けたら0.0091 mSv。これを1年間続けたら0.33mSv。

 もちろん1年間、食べ続けることはあり得ないが、ここまでくると多いようにも感じる数字である。しかし、原発事故とは関係なく、私たちはふつうの食生活で放射性カリウムなどの自然放射性物質をとり、年間0.4mSv程度被ばくしている。もちろん放射性物質の摂取は少ないにこしたことはないけれど、70 Bq/㎏の桃、私は受け入れられる。

 それでは、福島産の桃の汚染の程度はどのくらいだろうか。厚生労働省のウェブサイトでは、「食品中の放射性物質に関する結果」が県別に公表されている。福島県では、これまで4000件以上の食品が調べられて公表されているが、そのうち桃は76件の検査が行われている。

 その結果をみると、放射性ヨウ素は検出されていない。放射性セシウムは、一番高いものでセシウム134が79Bq/kg、セシウム137が82Bq/kgを示している。9割以上が10~30 Bq/kgの範囲に収まっており、ND(検出限界以下)は19件。出荷制限されたウメの検査結果に比べると、検出幅は小さく問題の無いレベルに留まっている。

 そんなに心配することはない。冒頭の農家の話を思い出しながら、福島産の桃が売られていたら買って応援しなくちゃ、そう思っていた。しかし風評被害の影響なのか、8月前半まで福島産の桃には、なかなかお目にかからなかった。普通のスーパーでは出回らないのかと諦めていたところ、お盆を過ぎた頃からか、八百屋やスーパーで目玉商品として売り出されるようになった。

 近所の大手量販店では、店の入り口に「東北を応援しよう」という旗を立て、8月17日ごろから福島産の桃の大売出しを始めた。1個128円、6個598円、ひと箱18個入り1500円。サイズはL~2Lサイズに相当する大玉である。一方、奥の果物売り場の他県産桃は、2個で698円である。福島産のほうが断然安い。しかもきれいで、贈答品にしてもおかしくないほどの桃だ。

 丹精こめて育てた桃がこんな値段で販売されたのでは、福島県の農家の人たちはたまらないだろう。せっかく買って応援したいと思っても、買っていいものか。せめて他県産と同じ値段で買わなければ、応援したことにならないのではないか。ますます産地は買い叩かれて疲弊してしまうのではないか。そんなことを思いながらも、目の前にはいかにもおいしそうな桃がある。まずは、ひと箱買ってみよう。桃を箱で買うなんて、生まれて初めてである。

 とにかくおいしい。いつもは小さなサイズの桃を家族で分けて、何口か食べるだけなのに、今回は1人1個。1日に2個ずつ食べても、まだ箱の中に残っている。子供たちも大喜びだ。こんなに桃をたくさん食べさせるのは初めてで、放射性物質の心配よりも、食物アレルギーにならないか(桃は食物アレルギーになる可能性があり、加工食品の義務表示項目にもなっている)心配したほど。子供たちにまた買ってとせがまれて、翌々日にはふた箱めを買いに行った。

 すると驚いたことに、福島産の桃はさらに安く売られていた。風評被害で皆が買わないから、安くなってしまうのだろうか? 心配になって売り場の人に聞いてみたら「うちだから、この値段で提供できるんです。皆さん、気にしないで買っていますよ。1日に1800個、うちは全国の店の中でも、一番売っているんじゃないかな」という。そうやってこの量販店では、福島産の桃が安く入荷できた6日間、大売出しを続けた。お店はたくさん売れてよかったのかもしれないが、「東北を応援しよう」ということになったのかどうか。

 そう思いながらもこの間、私はすっかり桃のおいしさにはまってしまい、桃を買い続けてしまった。家にはまだひと箱ある。何とか保存できないものか、松永に話したら「コンポートにすればいいじゃない」と言う。これは気づかなかった。果物のコンポートは時々つくるが、桃はもったいなくて、やったことがない。二つ割にした桃に、水と砂糖とレモンを入れて、煮るだけ。レシピとも言えないような簡単な作り方でできるのだが、こちらの味も格別だ。赤ワインをいれたら、きれいな色に仕上がった。

 そんなわけで高嶺の花だった桃、今年の夏は堪能させて頂いた。そういえば、これまで贈答用の桃を頂いたことはないし、自分で買うときは小さいものばかり、外れることも多くて、こんなにおいしい桃を食べたことがないことに気がついた。これから夏がくるたびに、私はこの味を思い出して、福島産の桃を箱買いするだろう。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

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