野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
畝山 智香子数年ほど前、ネオニコチノイド殺虫剤のせいで世界中からミツバチがいなくなって農作物が受粉できずに食料不足になり人類も減る、といった「物語」がメディアで盛んに語られていました。EUではネオニコチノイド農薬を禁止したのだから日本でも禁止せよと主張されていたと思いますがそのような禁止は国内では実施されないまま、時間とともにあまり話題にならなくなってきたようです。
現状世界のミツバチはどうなっているのかというと、家畜としてのミツバチは世界的に増加し続けていてハチミツや蜜蝋の生産も増えている。しかし野生のハチは減少傾向で、皮肉なことにその原因の一部は家畜としてのハチ(養蜂)が増えたためである、といったところです。
簡単な解説は以下を参照してください。
Are bees booming or dying off? – by Hannah Ritchie
Jan 20, 2026
その事実を確認したうえで、今回紹介したいのは英国のナタネ農家におこったことです。
英国の油糧種子組合United Oilseedsが2024年からセイヨウアブラナ(OSR)再起動(リブート)という活動をしています。
OSR-Reboot | United Oilseeds | Oilseed Rape
まずこの活動のきっかけとなった衝撃的ニュースの見出しが以下のようなものです。
「英国は27EU諸国と比べて最もOSR収率が悪い」
「2024年英国で栽培されるOSRの面積は、1984年以来最小」
「英国の食用油の自給率はわずか20%にまで低下している」
「イギリスは初めて生産量以上のOSRを輸入する!」
具体的には輸出入の年次推移は以下のようになっています。
かつては輸出品目だったOSRがわずか10年で輸入に依存するようになったのです。

その主な原因がネオニコチノイド殺虫剤の禁止です。
OSRは、Cabbage Stem Flea Beetle (CSFB、キャベツ茎ノミハムシ)に極めて脆弱で、それによる損害を防いでいたのがネオニコチノイド殺虫剤でした。2013年に3つの主要ネオニコチノイド(クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム)がEUと英国でOSRへの使用を禁止され、2018年以降は全ての作物で禁止されています。例外的に使用を申請して使えるのですが、それも年々厳しく制限されるようになっています。
OSRはまだ他の花があまり咲いていない春の早い時期に花粉や蜜源を供給することで、ミツバチの繁栄に大きく寄与してきました。でもその「ミツバチが好む花」であることから、ネオニコチノイドを使ってはならない農作物の筆頭に挙げられたのです。
病害虫を防除する手段を奪われた生産者は、収量減による収益の低下によってOSRの栽培から撤退していきました。他の農作物に切り替えたわけです。結果が栽培面積の低下であり、輸出品目から輸入品目への移行です。
ただここで皮肉なことがおこっています。英国で栽培されるOSRではネオニコチノイドを使ってはならないのに輸入されるのはネオニコチノイドを使って栽培された外国のOSRです。つまりネオニコチノイドの使用を外国に移しただけで、もしネオニコチノイドが本当に「ミツバチを絶滅させる悪魔の殺虫剤」ならそれは環境汚染の輸出を意味し、「世界のミツバチを救う」という目標には全く貢献しません。冒頭に述べた通り、そのようなミツバチ減少はおこってなさそうですが。
そしてもう一つ、英国内のミツバチを救うためにネオニコチノイドを禁止したはずなのですが結果としてミツバチの重要な食料源である「一面の花畑」が減ったので英国のミツバチにとっても良くない結果になったということです。OSRリブートのサイトにはミツバチを救うために「黄色い畑を取り戻そう」というページがリンクされています。
Oilseed Rape Fields Decline by two thirds | United Oilseeds | Oilseed Rape
ミツバチの立場だったら、大量だったら有害なネオニコチノイドがごくわずか含まれていたとしても、食料がないことに比べればずっとましなのではないでしょうか。
OSRリブートの行方はそんなに明るいものではありません。
一番簡単なのはネオニコチノイド殺虫剤が再び使えるようになることだろうと思いますがそんな希望はもてません。ネオニコチノイドに代わることのできる化学物質も存在しないので、多様な手段を使ってなんとか前進させたいという意欲が記載されています。
国内で何を育てどんな風景を見たいか、というのは農家だけの問題ではなく、国民が何を望むのか、にも影響されます。黄色い花畑のために補助金を手当てするなどの選択肢はあり得ます。英国の今後の状況には注目です。
欧州を中心にミツバチを守るためにネオニコチノイドを禁止するよう訴えていた団体の多く(例えばPAN UK Home – Pesticide Action Network UK)は、反農薬運動をメインにしていて、「ミツバチを守る」のは一般の人々に受け入れられやすいシンボルの一つにすぎません。だから今は「農薬がPFASだから禁止せよ」などという流行に乗っていて、農薬禁止によるミツバチのその後など気にしていません。
欧州の消費者も、どこまで考えてネオニコチノイド禁止を支持したのかはわかりません。一般論として、国産のものが輸入になることを歓迎する消費者は多くはないはずなので、十分な情報が与えられていなかったのかもしれません。
2024年には欧州各地で農家による抗議活動が頻発し、その後のEUの農薬規制法案の撤回からは、農業の現状や規制の帰結を正確に把握しないまま、農薬規制が行われたことが伺えます。
この事例は日本にとっても教訓になるはずです。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
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