科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

アメリカ人のための食事ガイドライン(DGA)2025-2030 について(その3)科学はどこへ?

畝山 智香子

国の食事ガイドラインは国が進める栄養政策の指針となるもので、消費者向けのわかりやすい食事ガイドはその政策の一部にすぎません。少なくとも以前のDGA 2020-2025ではメインの文書は専門家向けの、細かい数字やその年齢集団別の適用などが記載された大部なものでした。

それがDGA 2025-2030では消費者向けのグラフィックスがメインで、専門家向けの部分は無いに等しいものになっています。そのため具体的な政策を作るためのガイドにはできないと指摘されていました(例えばAmbiguous DGAs & The Rancher’s Pyramid)。

特に牛乳を全脂肪にして毎日3カップ分を摂ると、それだけで1日の総カロリーが2000kcalの場合の飽和脂肪由来のカロリーが6%程度になってしまうので、飽和脂肪の摂取を一日の総カロリーの10%未満にするという目標と、調理に使う油を牛脂にして牛肉をたくさん食べるようにという助言とを同時に満たすことは困難です。

●ミルクに含まれる飽和脂肪酸は含めない?

ところが米国政府は1月14日に給食に全乳を導入し、それ以降もDGA 2025-2030に沿って給食などの栄養基準を改定していくと発表しました。議会が「健康的な子供のための全乳法Whole Milk for Healthy Kids Act」を議決し大統領が署名して法律になったのです。
Whole Milk is Back: President Trump Signs Whole Milk for Healthy Kids Act | USDA

もともと学校での全脂肪乳の提供を認めてほしいということは乳業会が以前から求めていたことです。日本では学校給食は全脂肪乳が普通なのでそんなにおかしな要求ではないと思えるのですが、米国ではこれまでは認められていませんでした。アメリカ人の牛乳や乳製品の摂取量が多いため、無視できないのだとは思いますが、栄養士の指導が非常識で厳しすぎると感じられる要因には寄与したでしょう。

ただ飽和脂肪の目標との整合性をどうするのかは疑問でした。それが議会HPの法律のところに答えがありました。
S.222 – 119th Congress (2025-2026): Whole Milk for Healthy Kids Act of 2025 | Congress.gov | Library of Congress
ミルクに含まれる飽和脂肪は、10%未満にするという目標のある飽和脂肪には含めない、とあるのです。

なるほど、科学否定のレベルが想定を超えていました。

ミルクに含まれる飽和脂肪は化学的には牛肉やバターに含まれる飽和脂肪と同じで、その健康影響も当然同じです。法律で科学的事実を変えることはできません。でもMAHAでは恣意的に定義を変えるのです。旧ソ連のルイセンコの時代を連想せずにはいられません。

これでは米国栄養食事療法学会や米国心臓協会が「DGA 2025-2030で飽和脂肪が総カロリーの10%を超えないよう制限することを維持したことは評価できる」と述べたことが、全く的外れだったということです。

●非科学的な主張にどう対応する?

日本人の食事で例えるなら、「日本人の食事摂取基準の食塩の摂取目標をWHOの推奨する1日5gにしました。ただしみそ汁の塩分は計上しないこととし、毎日たくさんみそ汁を飲みましょう。それが伝統的日本食であり、日本人を健康にします」と発表したようなものです。

日本なら栄養士でなくてもそれはおかしいだろうと批判がでると思いますが(そうであってほしい)。この場合、味噌業界はどう反応するのが正解でしょうか?売り上げが増えるので喜んで迎合するか、科学的根拠と将来の帰結を考えて行動するか。食品事業者はイメージトレーニングしてみてはどうでしょうか。

アメリカの畜産業界、特に牛乳生産者はこれまでのところMAHAの非科学的な主張を歓迎する側面のほうが多いようです。全面的に支持しているわけではなさそうですが、消費者からはMAHAの最大の支持団体のひとつに見えていると思います。

定義を恣意的に変えることで科学でないものを科学っぽく見せる、という手法は超加工食品を巡る議論でもみられました。権威ある医学雑誌が「手作り食品と工場で作った食品は同じカロリーや組成でも別物」という主張を批判なく掲載してきた帰結のひとつとして、アメリカの栄養情報の混乱があるようにも思えます。まともな栄養研究者の声が主流になっていないようです。

MAHA陣営の最終目標は国民の健康ではなく、彼らのビジネスの成功でしょう。情報が混乱し、国が信用できない、と多くの人が思ったところにビジネスチャンスが広がります。不安な人は詐欺師にとってはいいお客さんです。そして国や制度が信頼を取り戻すのは、失うことに比べて非常に困難です。

なおMAHAムーブメントで提唱されているもののうちDGA 2025-2030に組み入れられなかったものがいくつかあります。代表的なものは殺菌しない牛乳とオーガニックの推進です。これまでのところ、最初のMAHA報告書で喧伝していた農薬が健康に悪影響を与えいているという説については、特に何もしていないようです。

最後に、日本にとってアメリカの食事の惨状はいろいろな意味で対岸の火事のようなもので、個人の食生活のレベルでも政策レベルでも当てはまる部分はあまりないと思います。ただ一つ言えることは、現在の日本でMAHAを称賛し「アメリカがこういう方針なのだから日本もそれに倣うべき」と主張するような提案は無視したほうがいい、ということです。一部は良いことも言っている、などと認める必要はないです。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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