野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
WHOが7月2日、タバコ ・ アルコール ・ 砂糖入り飲料(SSB)に「健康税」を課すことで 50 % 値上げするよう各国に求めた発表について、前編ではこの3つを「同じ」とすることの問題を指摘しました。後編では、WHOがこの主張に続く今後の方針について問題提起をします。
今回のWHOの「健康のための課税推進」はある程度予想されていて、WHOは2024年6月に「健康的な食生活を促進するための財政政策ガイドライン」
Fiscal policies to promote healthy diets: WHO guideline
14 June 2024
を発表していました。その中で
としてSSBへの課税を強く勧めていました。
健康的な食事に寄与しない食品への課税は条件つき助言になっています。
「健康的な食事に寄与しない食品」というのは具体的には飽和脂肪、トランス脂肪、遊離の糖、塩の多いもの、非糖甘味料を含むもの、高度に加工されているもの、および/またはその摂取が負の健康アウトカムと関連するもの、と記載されています。原因となるもの、ではなく関連するもの、と書いてあるところが注目ポイントの一つです。
このガイドラインの最大の問題は、食品を健康にとって「良いもの」と「悪いもの」に分類し、特定の食品については文脈に関係なく「悪いもの」と断定していることです。特に現在まだ定義すらなく科学的な議論の土台として不適切であろう食品を加工すること自体が悪いことだという考え方を全面的に支持しています。非糖甘味料についても、甘味料についてのガイドラインでは一応言及されていた糖尿病患者にとって役に立つという文脈は無視して課税対象にすることを示唆しています。
前編で述べた通り、「SSBへの課税でSSBの購入は減る」ものの、肥満そのものへの影響はあまり観察されていません。つまり肥満の原因は当然のことながらSSB以外にもある、わけです。そうすると、「SSBへの課税は肥満抑制のためにあまり有効な対策ではなかった」という結果になる可能性が高いです。そしてその後「SSBへの課税推進をとりやめよう」、とはならないと思います。SSBのみへの課税では足りなかったので、他の「健康的な食事に寄与しない食品」にも課税しよう、となるだろうと思われます。
それはつまり多様な食品が「悪い可能性がある」からと課税対象に指定される可能性があるということです。
同じく2024年にWHO欧州地域が
NCDに与える健康の商業的決定要因commercial determinants of health (CDoH)
Commercial Determinants of Noncommunicable Diseases in the WHO European Region
という報告書を発表しています。
この報告は企業の力を抑制し公衆衛生を守るために頑健な財政改革と厳しい規制が緊急に必要であることを強調するもので、公衆衛生に敵対的な企業として「タバコ、アルコール、食品、医薬品、ヘルスケア産業」が挙げられています。厳しい規制というのは例えば課税によって価格をあげ、消費者が購入しにくくなるようにすることです。
タバコとアルコールはともかく、食品や医薬品の製造・販売が公衆衛生を損なっているという主張は、一部の研究者や活動家らが好んで喧伝していることですが「自明の事実」ではありません。国レベルで国民の生活に必要な食品や医薬品の供給に企業が関わらないなど不可能ですし、国際機関も緊急時のワクチンや医薬品、食糧援助など企業と連携して活動しています。しかしWHOの食品関係者の中には「企業は基本的にお金儲け優先」なのだから公衆衛生政策立案からは排除すべきものという考えが基本にある人たちが一定数いるようです。ただし欧州でも国の政策として露骨に反企業を打ち出すことは当然あまりなく、他の分野や現実に責任をもたないWHOだから言えるという側面はあります。
一方、アメリカではトランプ政権が発足し、各種陰謀論を広めてきたロバート・ケネディ・ジュニア氏が公衆衛生政策を担うことになり、アメリカ人のための食事ガイドラインが大幅に改定される予定です。
https://www.foodsafetynews.com/2025/06/rollins-and-rfk-jr-promise-that-usda-and-hhs-will-issue-new-dietary-guidelines-soon/
既に何度も委員が議論を重ね公聴会や意見募集を経て最終化直前までいっていたガイドラインのほとんどを破棄し、RFK,Jr氏の提唱するMAHAアジェンダに従ったものが発表されると言われています。それは陰謀論のカタログとしてのMAHA報告書 – FOOCOM.NETで紹介したように、反企業色の強い、加工食品や一部の食品を不当に貶めるものと想像されます。結局のところ陰謀論は何もないところから完全にオリジナルなものが出てくるわけではなく、既にある主張を極端にしたり歪めたりしたものなのです。
食品の安全保障と安全性にとってはこうした方向性は歓迎できないものです。
どんな食品であろうとただ「悪い」だけのものなどありません。食塩が多いもの、砂糖が多いもの、脂肪が多いものであっても全体的なバランスの取れた食生活の一部として利用することは可能です。問題があるとしたら個別の食品に、ではなくそれを食べる人間の食べ方のほうです。残念ながらこうした食べる人のほうの教育をもっとちゃんとしようという考えは、現在の世界の肥満研究の主流学説ではありません。
日本では「肥満は食べすぎが原因で、特定の食品を悪者にするより食べ方に気を付けよう」という主張のほうが受け入れられているため、WHOの推奨するような課税やレッテル貼りは採用されないだろうとは思います。食品を消費者が自由に選択して楽しみながらも健康的でいられる、それを日本は目指し誇るべきで、もっと世界に向けて発信していく必要があるだろうと思います。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。