科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

国や機関によって評価が異なる化合物(1)ダイオキシン

畝山 智香子

食品添加物や残留農薬、汚染物質などが話題になると、しばしば海外での評価や基準が参照されます。「ヨーロッパでは禁止されているのに日本では使われている」「アメリカのEPAの基準は日本より厳しい」等という主張はよく聞くと思います。

国や機関によって評価が異なる場合には、その理由を知ることで理解が深まることがあります。PFASのような評価の難しいものについては特にそうです。食生活などの文化の違いで説明できる場合もありますが「ヨーロッパ」とひとくくりにされることが多い欧州内でも意見の分かれているものがあります。

●EU(EFSA)と英国(COT)で異なる評価

英国は2020年にEUから離脱したためそれが表面化するようになりました。EUは欧州食品安全機関EFSAが評価を行い、英国では食品基準庁FSAの傘下にある食品に関する科学助言委員会(SAC)が評価を行います。英国の科学者はもともとEU加盟国としてEFSA内で委員会構成メンバーとして評価書を作っていた時から意見が相違する傾向はあったのですが、独自に評価書を公表するようになってわかりやすく目に見えるようになったのです。そして傍目にはその違いがますます大きくなっているように見えます。

この英国SACのうち化学物質の毒性に関する委員会であるCOT(英国毒性委員会)とEFSAの評価が違うこれまでのものについては以下の表に示しました。

通常EFSAが評価を行ったあとでCOTが異議を唱える意見表明をしたもので、いずれも日本でも関心の高い化合物で、今後もこの表に加わる化合物が増えると思います。これらについて何回かにわたって説明していこうと思います。(ただし連続ではなく、次回がいつになるかはわかりません。)

●ダイオキシン

ダイオキシンについてはEFSAの耐用週間摂取量(TWI)2 pgTEQ /kg体重/週に対してCOTは耐用一日摂取量(TDI)2 pgTEQ /kg体重/日となっています。これはもともとTDI 2 pgTEQ /kg体重/日だったものをEFSAが再評価によって約1/7に引き下げたもので、これに対してCOTがEFSAの引き下げの根拠を妥当ではないと判断して以前の値を維持したものです。

EFSAが引き下げた根拠とされるロシア子供研究のデータを、COTは矛盾があり根拠として薄弱だと判断しています。さらにEFSAはヒトのほうがラットよりダイオキシンに対して感受性が高い(より低い量で有害影響が出る)としているがそれはヒトとラットのアリル炭化水素受容体(Ah受容体)の相対的感受性についての多くの知見と矛盾する、とCOTは指摘しています。COTはこの2021年3月のダイオキシンの声明で明確にEFSAに合意しないと書いていて、これが英国のEU離脱後最も早い時期の離脱の影響のひとつです。

●ダイオキシンのTEFの見直し

ところで「ダイオキシン」と言った場合、通常構造の類似した一連の化合物を含み、そのリスク評価にあたっては最も毒性の高いダイオキシンである2,3,7,8-テトラクロロジベンゾダイオキシン(TCDD)を1として各化合物の相対的毒性を表現した毒性等価係数(TEF)を用いて計算した値(毒性等量、TEQ)をばく露量として用います。化合物ごとの実測値にTEFを掛けて、それらを合計したものがTEQです。上述のCOTの声明が発表された2021年は、WHOでTEFの見直し中だったため、国民の実際のばく露量とTDIを比較してリスクについて述べることは見直しが終わるまで保留とされました。TEFの見直し作業が終わって結果が公表されたのは2024年3月です。

WHO expert consultation on updating the 2005 toxic equivalency factors for dioxin like compounds, including some polychlorinated biphenyls(15 March 2024)

新しいTEFを使うと、これまでよりTEQが小さい値になる傾向があるようです。これをうけてEFSAやCOTはばく露評価を見直したうえで何らかの発表をするかもしれません。

●日本

日本は1999年にダイオキシン対策特別措置法によって耐容一日摂取量(TDI) 4pg/kg/日以下と定められていて、以後毎年食品からのダイオキシン類一日摂取量調査等の調査報告が行われています。

食品中のダイオキシン対策について |厚生労働省 (mhlw.go.jp)

TDIを法で定めてしまっているために、新しい科学的知見によってTDIを見直すことは容易ではありません。そしてTEFの改定によって推定摂取量が下がるので、計算上リスクが下がることになります。(現在の最新のデータは令和4年度の推定で、新しいTEFはまだ使われていません。)

●かつてのダイオキシン報道に学ぶべきこと

ダイオキシンについてはダイオキシン対策特別措置法が作られるほど「史上最強の毒物」として大問題になったのですが、現在ダイオキシンを心配している人がどのくらいいるでしょうか?ダイオキシンは連日メディアを騒がせていた時代よりゆるやかに減ってはいるものの、なくなったわけではありません。そして残念ながらダイオキシンは自然界でも生じるので、人類が何をしようと一定量以下にはならないと考えられます。そういう意味では人間が合成しなければおそらくなくなるであろうPFOAやPFOSより遥かに長く環境中に存続するので、「永遠の化合物」という呼び方はダイオキシンのほうが、よりふさわしいかもしれません。

現在、日本のメディアではPFASが注目されていますが、はるかに毒性が高いダイオキシンの騒動から学ぶべきことがあったはずです。私は当時の、母乳中からダイオキシンを検出したと告げて子供が母親のせいで猛毒のダイオキシンに汚染されたと母親を泣かせる映像を報道したメディアへの怒りを忘れていません。

検査すれば今でも全ての人の母乳からダイオキシンは検出されますが、子供を母乳で育てることに問題はありません。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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