九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品表示法が施行されて、最も大きく変わるのが栄養表示です。旧基準のナトリウムの表記が食塩相当量に変わるだけでなく、表示値の考え方が変わり、表示方法にも様々な変更が加わります。事業者にとって栄養表示の義務化の負担は重いため、移行措置期間は最初から施行後5年間と定められていました。しかし、新表示への移行は一括表示と栄養表示がセットであるため、多くの事業者が新基準による栄養表示の準備を進めています。施行後半年で見えてきた栄養表示の現状と課題についてまとめます。
●栄養表示の下の「推定値」「この表示値は、目安です」の意味は?
最近、ソーセージなどの食肉加工品や魚肉缶詰などでよく見かけるのが、栄養表示の枠下の「推定値」や「目安」といった表記です。(写真)。前回で紹介した新表示のパンにも「この表示値は、目安です。」とありました。旧表示でも「サンプル品分析による推定値」「この表示値は推定値です」などの表示が目立つようになってきました。
これらの表示は、「実際のなかみを分析してみると、表示値の±20%以内におさまらない場合がある」ことを意味しています。このルールは、食品によって表示値にばらつきがある場合に、合理的な方法により得られた値であって「推定値」「この表示値は、目安です」のいずれかの文言を含む表示を併記すれば、誤差の許容範囲(±20%以内)に収まらなくてもよいとするものです。栄養表示が新法で義務化するにあたって、誤差範囲に収まらない食品がたくさんでてくることから、2013年9月に旧基準の一部が改正されました。新基準に限った改正ではないため、旧表示でも「推定値」表示を多く見かけるようになりました。今後は弁当や総菜など、様々な食品に表示されていくことになります。
消費者からみれば、「推定値」なんてごまかしているのではないのかと思われがちですが、これら表示値には合理的な根拠が必要です。栄養成分値は、食品によって原材料の季節変動や部位、原産地などによってばらつきがあるものも多く、「推定値」と表示してある方がむしろ実態に近いといえるでしょう。
逆を言えば、栄養表示の枠の下に推定値などがないものは、栄養成分が表示値の±20%以内の数値に収まっていることを意味します。このように、義務化になって表示値の妥当性がきちんと問われることになったのですが、それでは事業者は表示値をどのように決めているのでしょうか。
●表示値は分析か計算か 併用値でも可
栄養成分表示の新しいルールは、消費者庁が2015年3月に公表した「食品表示基準」「食品表示基準について」「食品表示基準に係るQ&A」「食品表示法に基づく栄養表示のためのガイドライン」に記されています。
このうち、表示値の設定方法はガイドラインにまとめて記され、最初のページ(4p)にフローチャートが示されています。表示値は「分析値」が望ましいとされていますが、分析にコストがかかるなど困難な場合は、合理的な推定方法に基づく「計算値」「参照値」により求めることができるとしています。
事業者は食品に応じて最適な算出方法を選び、栄養表示を行うことになります。この栄養表示値が妥当かどうかのチェックは、保健所等で収去検査等によって監視され、状況に応じて指導されることになります。この時に、保健所等で分析した値が誤差の許容範囲内(義務表示5項目は±20%以内)に収まるかどうかが確認されます。収まらない場合は「推定値」や「この表示値は、目安です」の併記があるか、根拠書類が管理されているかが問われます。
ガイドラインでは、食品のケースに応じて併記の文章の事例を挙げています。同じ「推定値」でも、たとえば「数値は日本食品成分表を用いて計算した、推定値です」「サンプル品分析による推定値」などがあります。弁当のように、配合割合がその都度異なるために計算だけで求めるような推定値もあるでしょう。また、ソーセージのように配合割合は決まっていても部位等によって原材料のばらつきがある場合はサンプル分析も併用して推定値と表示する場合も出てきます。
消費者庁は算出方法を限定しておらず、表示値の求め方は一つではありません。表示値の根拠をどこまで精査するかは、事業者の判断に委ねられます。今後、栄養表示は任意表示だった時とは異なり、より適切な管理が求められることになります。
消費者の側は、何気なく記載されている数値には合理的な根拠があり、それだけコストがかかるということも覚えておきたいと思います。
●合挽肉も栄養表示が必要?生鮮食品に近い加工食品も栄養表示の対象か
新基準では、加工食品の栄養表示が義務付けられているものの、様々な例外規定が設けられています。「きわめて短い期間で原材料が変更される食品」も例外です。これはQ&Aで「日替わり弁当、複数の部位を混合しているため都度原材料が変わるもの(例:合挽肉、焼肉セット、切り落とし肉等の切り身を使用した食肉加工品、白もつ等の多数の種類・部位を混合しているため都度原材料が変わるもの等が考えられます。ただし、サイクルメニュー は除きます)」と説明されています。
サイクルメニューとは、一定期間の献立を定めそれを繰り返し実施するメニューのことで、毎日の定番メニューではないけれどもレシピが固定しているので栄養表示の必要となります。また、日替わり弁当はレシピが3日以内に変更されるものとなっています。
さて、この例で真っ先に出されている合挽肉ですが、このまま読めば合挽肉の栄養成分表示は不要だと思います。しかし、その後の消費者庁の説明では、合挽肉でも「その都度原材料が変わるもの」は不要だが、「予め配合割合が決まっているような場合」は原則として必要になるということです。合挽肉は豚4対牛6など、多くは配合割合が決まっているような気がします。
今度は東京都に聞いてみたところ、「確かに挽肉の肉種の配合は変らないかもしれないが、挽肉の原料(いわゆる挽き材)は含まれる部位は日ごとに変わる可能性もある。脂肪の配合割合などは部位ごとに異なるので、日ごとに原材料が変動する場合に該当すると判断できる」として、栄養表示は不要だということです。こちらの解釈の方が納得です。
消費者から見れば、挽肉単品であれば栄養表示は不要だけれども、合挽肉と混合であれば必要というのも変な感じです。栄養表示の義務化をこれまで検討してきた際には、こうした生鮮食品に限りなく近い異種混合のような加工食品が対象になるとは思いもしませんでした。原料原産地や季節や部位によって栄養成分が異なり、分析や計算も困難であるようなものにまで表示を求めれば、かえって消費者を誤認させるような表示値にもなりかねません。実際に合挽肉に栄養表示をする事業者は少ないとも思われますが、それでよいと思います。
●インストア加工の栄養成分表示はケースバイケース
もう一つの問題は、インストア加工の解釈です。弁当工場やミートパッカーなどで予めパックされている場合は義務表示項目が全て必要ですが、スーパーのバックヤード等で食品を製造してパックした場合、すなわち「食品を製造し、または加工した場所で販売する場合」のインストア加工に当たり、原材料名や内容量、栄養表示など一部の表示を省略できます。
しかし、Q&Aでは「仕入れ、解凍、小分け、再包装等の行為については、インストア加工に当たらないため、インストアで行った場合にあっても表示を行う必要があります。」とあります。加工と製造の線引きはQ&Aで示されていますが、この場合の加工とインストア加工は必ずしも一致せず、ケースバイケースです。
栄養成分表示がどこまで義務付けられているのかは、一律に行為だけでは判断できないというのがこれまでの消費者庁の説明です。この質問は、消費者庁の全国の説明会などでよく聞かれるのですが、個別の判断は地方自治体や保健所等に問い合わせてほしいということです。
消費者としては加工食品の栄養表示を義務付けてほしいと、これまで検討会などで意見を述べてきたところですが、生鮮食品と加工食品の線引きのところに位置するような食品まで必要だったのか、インストア加工かどうか解釈が難しい食品にまで表示を義務付けることが公平なのか、実際に施行されてみると例外規定を判断するときにグレーゾーンがあることもわかってきました。
そして、これらのグレーゾーンに悩んでいるのは、ラベルプリンターなどで食品を表示している流通事業者や、中小の食品事業者です。栄養表示の義務化は、たくさんの小規模事業者に影響を与えていることもわかってきました。表示の義務化は実行可能性が大事ということを改めて考えさせられています。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。