九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
キリンメッツコーラの「あしたのジョー」が出てくるCMを初めて見たとき、これはやり過ぎだ、と思った。いや、悪質だ、と感じた。さて、どのような原稿を書いて問題提起しようか? 考えていたら、フードファディズム研究で有名な群馬大学教育学部教授の高橋久仁子さんからご連絡をいただいた。
「これを飲みながらなら、脂っこい食事でもそれをチャラにしてくれる、と思わせる内容は、あまりにも誇大では?」と仰る。まさに、私の感じていたことをズバリ、と言い当ててくださった。
さっそく、高橋先生にご寄稿をお願いし、ここに掲載する。合わせて、Foocom事務局としても、情報提供する。健康食品に比べれば、効果、安全性に科学的根拠あり、として扱われて来た特定保健用食品(トクホ)だが、抱えている問題はやはり大きい。(松永和紀)
特定保健用食品(トクホと略称します)について消費者庁のウェブサイトでは「からだの生理学的機能などに影響を与える保健機能成分を含む食品で、血圧、血中のコレステロールなどを正常に保つことを助けたり、おなかの調子を整えたりするのに役立つ、などの特定の保健の用途に資する旨を表示するものをいいます」と説明しています。
トクホマーク付き飲料がすでに多数ある中、ついにと言っては何ですが、トクホのコーラが現れました。キリンメッツコーラです。テレビコマーシャルも放映されていますし、同じものをウェブサイト上で見ることもできます。アニメで構成されていますが、内容は次のようなものです。
丹下段平:「ジョー、何考えてるんじゃあ。バーガー、ピザ、チップスにコーラ?」
矢吹丈(ジョー):「オッツアン、これトクホのコーラだぜ」
丹下段平:「なに?」
と会話させたあとに「食事の際に脂肪の吸収を抑える」との画面が出て、同時に「トクホのキリンメッツコーラ 史上初」との音声を流しています。
<ウェブ上の「効果」の説明>
ボクシングにもアニメにも疎い私ですが、このCMがかつて人気を博したアニメ「あしたのジョー」のキャラクターを登場させたものらしいということはわかります。学生たちにこのCMの印象を尋ねると「減量が必要なボクサーなのに、この飲料を飲みながらならハンバーガーやピザやフライドポテトをばくばく食べても体重増加しない」と思ってしまう、と答えてくれました。
メッツコーラのウェブ上のブランドサイトを見ると、この製品には難消化性デキストリンが添加されていること、それが食事中の脂肪の吸収を抑えること、そしてそのメカニズムとやらが図解されており、さらに「効果実証結果はこちら」をクリックすると「血中中性脂肪の上昇抑制」と題するグラフが載っている画面がでてきます。そのグラフは縦軸が「血中中性脂肪の変化量」、横軸が「食事摂取後の時間」で「対象者 健常成人82名」とあり、出典が記載されています。グラフの横には「食事と一緒にキリンメッツコーラを飲むと、食後の血中中性脂肪の上昇が抑制されるという実験結果が出ました」ともあります。
<論文に書いてあったこと>
「効果実証結果」と称するグラフの出典とされる論文を取り寄せて読んでみたところ、以下のように書いてありました。
実験参加者は空腹時の血中中性脂肪値が正常高値域からやや高め(120~200mg/dl)の健常成人男女90名で、男性が61名、女性が29名、年齢は42.8±7.7歳で、身長が168.4±7.3cm、体重が74.0±10.6kg、BMIが26.1±3.1でした。
香味を調整した480mlの炭酸飲料に難消化性デキストリンを5g含むのが試験飲料、含まないのが対照飲料です。この飲料を飲む際の食事内容は「ハンバーグ、フライドポテト、バターロール」で総脂質量は41.2gとのこと。試験飲料または対照飲料を飲みながらハンバーグ等の食事をしたときに、血中中性脂肪値がどのように変化したかを図で示しています。
その図によれば空腹時、すなわち食事前の血中中性脂肪値は150mg/dlを少し超えたあたりで、2時間後には225mg/dl程度まで上昇し、3時間後に300mg/dl付近、そして4時間後がピークで、対照飲料では340mg/dl、試験飲料では310mg/dl程度、6時間後には275mg/dlあたりまで低下しています。対照飲料を飲んだ場合と試験飲料を飲んだ場合では2,3,4時間時点の血中中性脂肪値に有意差があったそうです。
なお、実験参加者90名のうち、8名は諸般の事情でデータの解析対象外となり82名のデータによる結果なのですが、この82名に限定した男女数、平均年齢、平均身長、平均体重、平均BMIの記載はありませんでした。
<論文内容から読み取れること>
さて、これらの情報を考えてみましょう。この飲料の「効果実証結果」なる実験の参加者の男女比は約2:1で、BMIが26.1という肥満域にありました。空腹時血中中性脂肪が120~200mg/dlの人々ですが、先にも述べたように空腹時の平均値は150mg/dlを少し超えています。日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007版」では中性脂肪値150mg/dL以上を「高 中性脂肪血症」としています。中性脂肪値が「やや高め」どころではなく「高 中性脂肪血症」と診断される値です。BMIが26で中性脂肪値が150mg/dl以上にある人々を「健常成人」と位置づけていいのか疑問です。
試験飲料を飲用するときの食事の総脂質量41.2gは高脂肪食です。国民健康栄養調査結果によれば2010年の日本人の脂質平均摂取量は53.7gであり、41.2gという脂質量はその77%、すなわち4分の3以上に相当します。このような高脂肪の食事をしょっちゅう食べることの問題性は改めて説明するまでもありません。
また、「血中中性脂肪の上昇抑制」をグラフで見せるのなら「血中中性脂肪の変化量」ではなく、中性脂肪の値そのものの推移を示すグラフを載せる方が、消費者にとっての情報量は多くなります。空腹時で約150mg/dlだった中性脂肪値が4時間後には300mgを超えてしまうのか、そのときにこの飲料を一緒に飲むと少し上昇が抑えられるのか、と勉強になります。
この飲料で得られた「血中中性脂肪の上昇抑制」は、肥満かつ脂質異常症に診断されかねない平均年齢約43歳の人々を対象にした場合でした。肥満でも脂質異常症でもない若い人々が、20g程度の脂質量の食事をしながらこの飲料を飲んだときにも食後の血中中性脂肪の上昇が抑制されるのか否か、この論文からは全くわかりません。
<「関与する成分」と「許可された表示内容」>
トクホには必ず「からだの生理学的機能などに影響を与える保健機能成分」が含まれますが、これを「関与する成分」と言います。たくさんの種類がありますが、難消化性デキストリンを「関与する成分」とする商品はトクホの29.5%(2012年5月8日現在、許可998商品中294商品)を占めます。
「特定の保健の用途に資する旨を表示」が「許可された表示内容」で、「体にこんないいことありますよ」のことです。難消化性デキストリンのこれは「おなかの調子を整える」と「血糖」がほぼ半々で、「血中中性脂肪」に言及するトクホが初めて現れたのは昨年(2011年)4月のこと。現在3製品が許可されています。トクホの3割を占める難消化性デキストリンですが、中性脂肪をウリにするのは新顔と言えましょう。
メッツコーラの「許可された表示内容」は「本品は、食事から摂取した脂肪の吸収を抑えて排出を増加させる難消化性デキストリン(食物繊維)の働きにより、食後の中性脂肪の上昇を抑制するので、脂肪の多い食事を摂りがちな方、食後の中性脂肪が気になる方の食生活の改善に役立ちます。」です。
<食事の際に脂肪の吸収を抑える」まで言えるのか?>
テレビCMあるいは動画の画面上、さらには容器ラベルにも「食事の際に脂肪の吸収を抑える」とありますが、そこまで言えるのか、疑問に思います。難消化性デキストリンを食事と一緒にとると小腸での脂肪の分解が遅れるために、食後中性脂肪の上昇が緩やかになることは事実かも知れませんが、大腸での動態はどうなのでしょうか。大腸内に生息する腸内細菌の働きで分解され、結果的に何らかの形態で吸収されることが考えられます。
難消化性デキストリンの食後の血糖値上昇抑制作用も、炭水化物の消化が遅れるので血糖値の上昇が緩やかになるのであって、食べた炭水化物は最終的にはすべて吸収されるはずです。「食事の際に脂肪の吸収を抑える」のではなく、「食事の際に脂肪吸収を遅らせる」ではないでしょうか。
昨年(2011年)6月に消費者庁が「特定保健用食品の表示に関するQ&A(事業者のみなさまへ)」を出して以来、トクホのテレビCMが以前より少なくなり、たまに放映されてもずいぶんおとなしくなった感があります。そこに登場したメッツコーラです。私の周辺の学生たち、あるいは彼らの親世代の状況を聞いても「体にいいトクホなんだって」とか「脂肪が吸収されなくなるんでしょ」と「許可された表示内容」をかなり逸脱する印象を持ってしまっている人が少なからずいるようです。
動脈硬化性疾患を予防するには空腹時血中中性脂肪値が適正であるだけでなく、食後の中性脂肪の上昇抑制も大事らしいというデータが今、蓄積されつつあるようです。ですから難消化性デキストリンに新たな保健効果が加わることに文句は言いません。しかしながらそれに多大な効果があるかのように錯覚させる宣伝広告はやめてほしいと思います。
メッツコーラのCMは高脂肪食摂取という、ある種の「乱れた食事」をしても、これを飲めばそれをチャラにしてくれる、というメッセージを発しています。「脂質含有量の多い食事の時にこれを飲むと食後の血中中性脂肪上昇をいくらか抑えます」よりも「脂質量が多くなりすぎない食事」が大切であることは言うまでもありません。
「血中中性脂肪の上昇抑制」と題するグラフが載っている画面の左下に「食生活は、主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを」との決まり文句が載っています。総脂質量42.1gという食事をさせた実験結果のグラフのちょうど真下にその文言があることが何ともむなしく、そらぞらしく見えます。
キリンメッツコーラのCMは、とにかく目立った。だから、売れ行きがよいし、批判もされる。ところが見渡すと、ヘンなところがあるトクホの表示(消費者庁の定義では、容器包装の表示のほかテレビCMや新聞、雑誌の広告、ポスターやパンフレット、ウェブサイト等を含む)は、枚挙に暇がない。いくつか製品名を挙げて考えてみたい。
<アサヒ飲料の十六茶プラス>
キリンメッツコーラと同じく昨年10月、消費者庁からトクホの表示許可が出たものの中に、アサヒ飲料の「十六茶プラス」がある。許可された表示は「本品は食物繊維(難消化性テキストリン)のはたらきにより、食後の血中中性脂肪の上昇を抑えるので、脂肪の多い食事を摂りかちな方、血中中性脂肪か高めの方の食生活改善に役立ちます」である。(消費者庁資料)
では、実際にどのように表示し、宣伝してあるか?
なんと、容器に堂々と「食後の脂肪吸収を抑える」と書いてあるのだ。ウェブサイトでも、同じ文言で宣伝してある。えっ、そんな表示許可、おりていないじゃない? そう思い、 アサヒホールディングスの広報に電話したが、「消費者庁の許可を得ています。容器を消費者庁に確認してもらっています」と木で鼻をくくったような答えだった。消費者庁に尋ねたところ、「ラベルに『食後の脂肪吸収を抑える』と表示することも含めて、消費者委員会でも審議し、許可した」という返事だった。
だが、高橋先生が書いている通り、血中の中性脂肪の上昇を抑えることと、脂肪の吸収を抑えることは、厳密に言えばイコールではない。アサヒ飲料が、製品で脂肪吸収を抑えるという直接的実験結果を出し、さらに、脂肪の排出量も増えていることを示すデータを出し、消費者委員会に提出して審議したうえで「食後の脂肪吸収を抑える」表示が認められているのであれば、科学的根拠があるわけで、まったく構わない。
残念ながら、消費者委員会でのトクホの審議は「事業者の権利、利益を侵害する恐れがある」という理由で、非公開で資料も公開されない。そのため、「許可されている表示」と容器包装の表示のずれの理由、「食後の脂肪吸収を抑える」の根拠は、わからないままである。
ウェブサイトを見ても、解説はなく、血中の中性脂肪の上昇を抑えることについてのグラフが載っているのみ。そして、このグラフも困ったものだ。業界団体の「財団法人 日本健康・栄養食品協会」は、「『特定保健用食品』適正広告自主基準」を設けており、その中ではこうしたデータについては、被験者が何人か、その年齢や性別、BMI等、試験の概要を明記するように求めている。しかし、そのような説明がまったくない。これでは、グラフとしての意味をなさない。
ちなみに、十六茶プラスのウェブページでは当然、特定保健用食品として許可されていることが詳しく説明されているのだが、5月30日現在、1カ所だけ「特定保険用食品」と記されている。アサヒ飲料さん、これでいいのですか?
<サントリーの黒烏龍茶>
サントリーの黒烏龍茶の宣伝も、私の周辺ではすこぶる評判が悪い。CMを、ウェブサイトでも見ることができる。こちらは、マンガ「笑ゥせぇるすまん」のキャラクター、喪黒福造が登場して「脂肪にドーン」とやる。
特にCM「アンタッチャブル山崎」篇が気になる。お笑い芸人のアンタッチャブル、山崎弘也氏が、「わかっちゃいるけど、やめられない」と「シメのラーメン」を食べようとしたところで、喪黒福造が「脂肪にドーン」と叫ぶ。最後は、山崎氏が黒烏龍茶を飲みながらラーメンを食べ「食べながら脂肪対策」というコピーが流れる、という塩梅だ。
「シメのラーメンを食べていても、黒烏龍茶でチャラに」という暗黙のメッセージ。メッツコーラのCMとよく似ている。
だが実のところ、私自身は、あしたのジョーには怒ったが、喪黒福造には笑ってしまった。よく考えると、両者の内容はほぼ同じなのだが、受ける印象が違っていた。一つには、登場しているのが中年太りでいかにもふだん体に悪そうな食事をしていそうに見える山崎氏であるためだ。このCMを見て若い人が「黒烏龍茶を飲んでいれば大丈夫」と誤解することはなさそうだ、と安堵する。もう一つは、「脂肪にドーン」が、あまりにもわけがわからないから、である。その子供じみたフレーズに、私はユーモアを感じる。広告手腕には定評のあるサントリーのことだ。計算づくで、ドーンを出しているのだろう。
しかし、受ける印象は、個々人によって違う。知人は、「メッツコーラより黒烏龍茶の方が悪質」と怒っていた。そんな人もいるだろう。
つくづく、広告宣伝は難しいと思う。人目を引くインパクトがないと、商品の売れ行き増につながらない。だが、トクホの「許可された表示」というのは、インパクトとは対極のところにある。その制限をかいくぐり、なんとか消費者に印象づけようと、各社は四苦八苦しているのだ。
黒烏龍茶の話に戻ると、CMには笑った。ウェブサイトで、「脂肪の授業」として、血中中性脂肪の上昇を抑えていることと脂肪の排出量が増えていることの両方を、しっかり解説していることにも好感を持った。だが、解説に用いられているグラフは、気になる。
高橋先生が説明したキリンメッツコーラと同じく、黒烏龍茶の血中中性脂肪自体の値の推移ではなく、変化量(増加量)の推移を示したグラフなのだ。こうすると、対照群との差が大きく見える。しかも、被験者の数(n数)しか説明されておらず、年齢や性別、BMI(Body Mass Index)等、試験の概要が説明されていない。
もしかすると、メッツコーラと同じようにかなり中性脂肪が高め、BMIも高いという人たちを集めて被験者としたかもしれない。が、情報が提供されていないとなにも判断できない。
<花王のヘルシア>
花王は、細かな研究データについては主に、別ページの「栄養士さんなどご専門の方へ 栄養代謝の研究開発」で比較的詳しく、解説している。
やっぱり気になるのはCM。登場する俳優、女優たちがみんな、スマートなのだ。
(花王のヘルシアのページ)
花王が報告した論文を読むと、たしかにヘルシア関連製品に入っている「高濃度茶カテキン」摂取による体脂肪低減効果は認められている。だが、効果が統計的有意差を持って顕著に表れるのは、BMIが高い、肥満気味の人たちだ。日本肥満学会は、BMI が25以上で肥満としている。身長165cmの女性であれば、体重67kgでもBMIは24.6である。CMに登場するあの俳優たちがそんなに体重があるはずがなく、おそらくBMIは20もないくらいではないか。
そんな人たちが「体脂肪低減」のための製品を飲む。「そんなわけ、ないだろう」とCMを見るたびにツッコミを入れたくなる。
「なんとかなりませんか」と花王の社員の方に言ったことがある。「実は、CMの趣向を以前と違うものにしているんですよ」と答えが返って来た。運動をしてもらい、同時にヘルシアを飲んでもらうようにしたいのだという。各種の実験でも、ヘルシアを飲むと同時に運動をしてもらった方が、体脂肪の低減幅が大きい。したがって、宣伝では「ヘルシアを飲んでさえいれば、不摂生がチャラになる」というメッセージにならないように気をつけているという。
ウェブサイトを見ると実際、運動の重要性がていねいに説明され、運動の経過を記録できるスマートフォン用アプリも配布されて、「運動+ヘルシア」が印象づけられるようになっている。なるほど、これなら納得である。
でも、大勢の人たちに短時間見せて商品をアピールするCMに登場するのは、依然としてスマートな芸能人。ここに、トクホを売る難しさが象徴されているように思えてならない。
トクホは、医薬品のように説明書をじっくりと読み、薬剤師から説明を受け、気を使いながら摂取するものではない。あくまでも食品なのだから、深く考えず食べて当たり前。つまり、トクホは、がんじがらめの制限の中にあるのに、食品として「なんだか体にいいみたい」という気楽な気分を喚起しないと売れ行きに結びつかない、という、ある意味、矛盾に満ちた存在なのだ。
だから、混乱が続く。規制、表示の制限を完璧に守ったトクホなど、おそらくあり得ない。表示、広告、宣伝批判のみで片付けてしまうのは、企業があまりにも可哀想すぎるように思う。消費者も、トクホの位置づけを踏まえて、容器包装やCM、ウェブサイトなどから情報を読み取り、行き過ぎた企業があれば、改善を求めるべきなのだろう。
それにしても、無理がある。矛盾がある。トクホという制度の本質的な意義、あり方を一から検討すべき時期なのではないか。そう思えて仕方がない。(松永和紀)
1991年にスタートとした特定保健用食品の制度は、2012年5月現在でその許可品目が1000品目となった。この間、数々のヒット商品を産みながら、その一方で様々な問題が指摘され、制度は何度も見直されてきた。トクホのこれまで、光と影を振り返ってみよう。
トクホ制度ができたきっかけは、1984年に文部省(当時)が行った「食品機能の系統的解析と展開」という特定研究である。この中で食品には1次機能の栄養機能、2次機能の嗜好的な機能とは別に、3次機能として体調を調節する機能がある、ということを明らかにした。医薬品のような効能効果はうたえないけど、食べものだからできることがあるのではないか―こうして産官学が一体になって「機能性食品」構想が持ち上がったのである。
厚労省は1987年に「機能性食品」の市場導入構想として、世界で初めての制度を創設すると発表した。当時はちょうどバブルの全盛期、日本には元気があった。その頃の食品開発・研究現場に身を置いた人ならば、当時の活況を懐かしく思い出すことだろう。結局のところ、制度化にあたっては、「機能性」ということばは医薬品用語ではないかという指摘もあり、「特定保健用」という名前になったが、国が機能を認めた「トクホ」は、大きな市場に発展していったのである。
1993年に第1号として表示が許可されたのは、アトピー性皮膚炎用の除たんぱく米(ファインライス)と低リンミルクだ(対象が病者のため、後に特別用途食品の病者用食品に移行)。今のトクホとはずいぶんとイメージが違う。その後、1997年には許可品目が100品目に到達し、2001年には制度が見直されて錠剤やカプセルの食品がトクホとして認められるようになった。さらに2003年には、再許可等申請制度(商品のリニューアルやOEMで他社のトクホをつくるときに使える制度)が導入され、許可品目は飛躍的に増大し、2005年には500品目を突破し、今年5月に1000品目に到達した。
市場規模も拡大した。(財)日本健康・栄養食品協会はトクホの市場規模調査を公表しているが、1997年には1000億円程度だった市場が、2007年に7000億円ちかくまで売り上げを伸ばしている。
ところが、その後頭打ちとなり、2011年度の市場規模調査は5000億円程度となって、現在は縮小傾向にある。経済状況の変化という背景はもちろんあるだろうが、2009年9月に消費者庁が設立されてトクホの制度が消費者庁に移行したことも一つの要因だろう。
消費者庁は設立して2ヶ月後に「健康食品の表示に関する検討会」を立ち上げ、2010年8月にまとめた報告書で、トクホについて1)表示許可手続きの透明化、2)許可後に生じた新たな科学的知見の収集、3)保健の機能を適切に伝え得る表示広告方法について、早急に対応すべきとした。抜本的な見直しを求めたのである。特に3)については、2011年6月に「特定保健用食品の表示に関するQ&A」を公表し、許可された保健の用途を強調する表示について試験結果やグラフのトリミングなど、虚偽・誇大表示となる恐れのある表示を具体的に示し、事業者に対応を求めた。
また、消費者庁はトクホの許可についても手続きを行っているが、厚労省時代に比べれば認可スピードはかなり落ちているという。最近の許可件数の多くは、商品のリニューアル等で使う「再許可等特保」や、「規格基準型特保」のジャンルである。新しい成分を認可する場合は、長いものでは5~6年かかるものもあるという。目先の新しいものが、なかなか出てこないのが現状である。
許可内容の内訳をみると、お腹の調子を整える保健用途が約3分の1、そのほかコレステロール、中性脂肪、体脂肪、血圧、血糖を保健の用途にするものでほとんどを占めている。特に新規ヘルスクレームの取得はとても厳しく、たとえば現在申請されている「肌が乾燥しがちな方」向け等の新しい機能性成分は、審査が慎重になって時間がかかる。事業者の中には、トクホは時間がかかるから、最初から健康食品として上市するところもある。
消費者庁が公表している資料によれば、健康食品市場(トクホを除く)の市場規模は、1兆1,800億円と推測しており、縮小方向にあるトクホ市場とは対照的だ。そもそもトクホの位置づけは、エビデンスがきちんとあるものを国が許可することによって、健康食品と線引きし、市場の健全化を図るというものだった。しかし、その役割はうまく果たせているだろうか。
こんなはずではない―機能性食品の明るい未来を信じた人たちからすれば、忸怩たる思いだろう。それは、消費者も同じことだ。ターゲットとする対象者に届かず、適切な使い方が伝わらなければ、その効果は発揮されることはない。「これさえ飲めば大丈夫」という広告を信じて購入した消費者が「こんなはずではない」とがっかりしてしまう。トクホのイメージに不透明さ、不信感が拡がれば、今後もさらなる市場縮小に歯止めをかけることはできないのではないか。
トクホを正しく伝えようと、(財)日本健康・栄養食品協会は2010年2月に「特定保健用食品の適正広告自主基準」を作成している。これは前述した消費者庁の「特定保健用食品の表示に関するQ&A」に先立って作成されたもので、2つを比べると、表裏一体になっていることがわかる。事業者が健全な市場形成を目指して「自分たちができるルール」を決めて、国がそれを徹底するよう指導を行う。しかし、事業者自らが決めたはずの自主基準が今でも一部で守られていない。協会では会員へ留意のお願いをしているそうだが、それでも広告が改められないケースもあるという。
機能性食品の構想が立ち上げられて四半世紀がたち、期待されたものと実体が乖離していくことを目の当たりにしている。それは、かつて食品に機能性があると夢見たものにとって、残念なことだろう。そのずれを修正し、消費者がトクホの機能を等身大で理解するためには、事業者の適切な表示広告と消費者の学びが不可欠ではないだろうか。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。