九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
「食の信頼向上をめざす会」(唐木英明会長)主催のメディアとの情報交換会「ユッケ問題から考える食中毒―食育の重要性―」が、6月20日都内で開催された。牛肉の生食をはじめとする腸管出血性大腸菌の食中毒について、厚生労働省医薬食品安全部監視安全課の加地祥文課長厚生労働省課長、食肉の輸出入を手がける企業の社長などが講演を行い、記者や焼肉店経営者など85名が参加した。
質疑応答が興味深く、と畜業者が生食用食肉の衛生基準を満たす施設を備え基準をクリアできる処理を行いながら、「生食用」として販売してこなかった内幕を、課長が解説。また、焼肉の業界団体理事が「自治体の指導が不十分だった」と発言した。国の施策、地方行政の指導に問題があったと同時に、と畜場、食肉処理場、焼肉店の営業施設、消費者のそれぞれに課題があることが、浮き彫りとなった。
(1)我が国における食中毒の発生状況と課題 厚生労働省監視安全課課長、加地祥文氏
最近の食中毒事例をみると散発事例が多いのが特徴である。同一ロットが全国に流通しており、それぞれの事例について菌の遺伝子が一致するかどうか、同じ原材料からばら撒かれたのかを確認して、散発事例が一つの大きな事件になっていく。今回の焼肉店の事故についても、感染症として埋もれそうだったものを食中毒として切り替えた。
腸管出血性大腸菌による感染症は毎年4000名前後発生しているが、食中毒の患者はそのうちの約1割で300名である。食中毒の場合は、医師から保健所に届け出が出て、保健所の職員が調査を行い、原因特定ができた場合に都道府県、国に報告される。原因を特定できない場合は感染症として取り扱われる。食品衛生法上、全国は138の地域に分けられており、地域によっては別の判断が行われる。今後は関係者の情報の共有が一番の課題である。
(2)腸管出血性大腸菌O104型 国際獣疫事務局(OIE)名誉顧問 小澤義博氏
ドイツで5月初旬に発生したO104は、あっという間に他国にまで広がり6月13日までに36名の死者、3343名の患者を出している。発生のピークは既に終わっている。超強毒性で、O157のように溶血性尿毒症症候群など様々な症状を伴う。ドイツの見解では、感染源は豆やタネのモヤシと発表されたが、その後、キュウリでも分離されており、これが自然界にどの程度広がっているのか、追跡調査が行われている。
(3)食肉の処理及び日本の食文化について スターゼンインターナショナル㈱代表取締役社長 多賀谷保治氏
日本のと畜場では、腸管出血性大腸菌をできるだけ枝肉等に付着させないよう、注意事項がまとめられている。しかし何%かは付着する可能性があり、食肉処理業者、飲食店それぞれの段階でも注意しなければならない。一方、米国の場合はミートパッカーが規格別部位に分けるところまで処理を行うが、枝肉の洗浄は3回、有機酸洗浄、蒸気殺菌が行われ、出荷の段階でO157は無い形で出荷できる。今回のユッケ問題は、食中毒のリスクへの認知をもっと広めていく必要があることを再認識させられた。
(4)生肉生食による食中毒 食育の振り返り 生活協同組合コープこうべ参与 消費生活アドバイザー 伊藤潤子氏
毎年、女子大生に講義する機会があるが、その中で6割くらいは生の牛肉を食べたことがあり、おいしいと答えている。彼女たちの親世代は、生食への抵抗が少なく、家族の中で生食のリスクは共有されていない。その一方で、今の若い世代は「食育」の教育を受けているが、そこで食中毒についてはあまり触れられていない。自分自身も触れてこなかった。食育の企画者は、原点にもどり、リスク回避を必須要素として、食中毒や餅の問題など、真の教育をサポートしていく必要がある。
質疑応答
Q1(唐木会長)
今回の問題を契機に、これまではと畜場で生食用として表示をしていないだけで、実は出荷されたものは全て生食用の肉だった、ということがわかった。そういう理解でいいのか。
A(加地課長)
その通り。平成10年(1998年)の衛生基準のガイドラインと同時に、と畜場のガイドラインが出て、平成12年3月までの経過期間以降は、全てのと畜場で、結さつや消毒などの条件を満たしておかなければならなくなった。したがって平成12年4月1日以降は、生食用に加工することもが可能となった。しかし、と畜場で生肉をきれいな状態で出したとしても、食肉処理業者や中間段階で汚染される可能性があるし、O157は牛の腸にいたということが知られていたわけで、川上の業者としてはわざわざ生食用として表示をしてこなかった。責任を回避するということから、あえて表示をしてこず、現在もそれが続いている。
Q2(全国焼肉協会の理事)
6月14日に、各自治体の保健所の調査結果(編集部注:生食用食肉を取り扱う施設に対する緊急監視結果)が発表されたが、生食用基準について全体で51.8%が不適合だったという。実をいうと、衛生基準そのものを知らなかったというレストランが多い。今、全国で焼肉店は約2万店舗あると言われているが、全国焼肉協会やフードサービス協会に加入しているのは3000店舗程度。今回の問題を受けて、会員に対して、それぞれの地域で保健所から衛生基準や手順についての指導を受けたかと確認したが、そういう話はあったとは聞いていない。
私どもは、平成20年9月、農林水産省の指導を受けて、生食についての衛生管理についてまとめて会員に通知したが、その中に平成10年の生食用取扱いの衛生基準を盛り込んでおり、会員は知っている。非会員はこういう衛生基準があったのかどうかも、意外と知らなかったのではないか。保健所の中には、生食を取り扱うなと、基準さえ見せないところもあったそうだ。厚生労働省が衛生基準をつくって通知していたのに、自治体は指導してこなかった。この先、いくら厳しい基準を作っても、同じことの繰り返しなるのではないか。
A(加地課長)
一部の自治体では生食用の枝肉が出ていない、あるはずがない、だから何も指導もしない、という悪い方向にいってしまった。また、今回の問題は「罰則が無いのが悪い」といったような誤解から、報道が先行してしまった。罰則がないというのは事実ではない。非常に残念に思ったところである。
強制されなければ守らないのか、という問題もある。食品衛生法は、営業者が安全な食品を提供する義務があり、それを第一義的に守らなければならないことが前提にある。監視員は、事業者が衛生的にやっているかどうかをチェックし、監視するが、全事業者を見るのは無理で、新規参入した営業者には食品衛生法に基づく義務を理解させる必要があった。監視の回数にも限界があり、そのあり方も反省しつつ、ただ基準を作っただけでは守られないという話も聞いているので、それが今後の課題だと思っている。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。