科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

うねやま研究室

Behind the Headlines–ニュースの見出しの背景にある科学–

畝山 智香子

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 今回のこのタイトルは、英国の国民健康保険National Health Service(NHS)が提供している健康情報コーナーのタイトルです。今回はこのコーナーの記事について紹介しようと思います。
 NHSは医療関係者向けにも一般向けにも健康に関する情報の提供を行っていますが、その情報提供部門National Knowledge Serviceの設置目的が興味深いものです。「知識は病気の敵である。我々の知識の活用はどんな医薬品や技術より健康や病気に大きな影響を与える。研究結果やデータ解析や経験から得た知識を活用することで医療問題を予防したり最小化したりできる」
 正しい知識を提供することで国民の健康を増進し医療資源の浪費を抑えることに寄与するという目的のために、Behind the Headlinesというコーナーでは、基本的には平日は毎日2本、新聞記事で大きく取り上げられた健康に関するニュースの解説を行っています。発案と担当は公衆衛生分野で35年の経歴を持つMuir Gray卿で、彼は「21世紀において、知識は健康増進のための重要な要素である。人々にはきれいで澄んだ水が必要なように、クリーンで明確な知識を得る権利がある」と言っています。
 逆に言うと、そのようなコーナーが必要であるということ自体、メディアの情報がいかに間違っていて放置できないか、ということを示しているとも言えるわけです。
 さてそのBehind the Headlinesですが、このタイトルでの掲載を始めてこれまでに2000件ほどの記事があります。そのうち食品関連と分類されているものが十数パーセントです。記事の書き方はほぼ統一されていて、最初に新聞の見出しを紹介し、簡単な背景情報とNHSの見解をまとめた要約部分があり、その後の段落でニュースの元になった論文や発表について詳しく検討しています。
 新聞記事や論文へのリンクもついています。忙しい人は最初の要約部分だけを読めば内容がわかるし、詳しく知りたい人は関連情報を含めて理解することができるようになっています。RSSでの配信も行っており、読者のコメントもつけられるようになっていますが、コメントはあまりついてはいないようです。次に、いくつか例を紹介しましょう。
・2009年10月1日
 子どもに甘いものをたくさん食べさせると大人になってから暴力的になる、と新聞が報道しました。これは精神医学の専門誌に発表された論文を根拠にした報道ですが、人数が少なく根拠としては充分でないものです。
・2009年6月15日
 健康のために赤ワインをちびちび飲もう、と新聞が報道しました。これは医学雑誌に発表されたレスベラトロールの効果に関する研究のレビューを根拠にした報道で、動物実験と同じ量のレスベラトロールを摂るとすれば1日に60リットルのワインを飲む必要があることになるということを無視しています。
・2008年11月13日
 トマトで不妊が治ると新聞が報道しました。これは培養細胞でリコペンの影響を調べた実験で、論文も発表されていない学会発表段階のもので到底新聞の主張の根拠にはなり得ないものでした。
 また2009年3月11日にはチャールズ皇太子の会社が販売しているインチキの「デトックスチンキ」への批判記事も取り上げています。この報道については新聞報道を補足する形で関連情報を提供しています。チャールズ皇太子はいくつかの会社で有機農産物の販売やホメオパシー製品の販売を行うなど、疑似科学の宣伝者としてこれまで何度も科学の世界や行政担当機関から批判されてきました。NHSもまたデトックスという言葉には何の科学的根拠もなく、そのような製品を購入する必要はない、と断言しています。
 そのほかの記事のいくつかについての簡単な要約はこのページでも提供していますので興味のある方はご覧下さい。
 食品関連で取り上げられているニュースのほとんどが、正確さに欠ける、結論を出すには時期尚早、新聞の薦めるようなことは薦めない、といった結論です。もちろん、問題があると感じたからNHSが取り上げて解説しているわけですが、取り上げられたニュースのタイトルを眺めていると一般的英国人の好きなものがおぼろげに浮かんできます。つまりニュースになりやすいのは、お酒やワインが身体によい影響がある、子どもの好きな食べ物は身体に悪い、でも大人の食べるチョコレートは身体によい、それを食べるだけでやせたり健康になったりする食品というような話題なのです。
 こういう傾向は多分日本でもあまり変わらないでしょう。新聞記事になりやすいのは、人々がそういう内容を望んでいると記者や新聞社が判断したもので、科学的な信頼性の高さはあまり重視されないのです。しかしながらそのようなニュースの恣意的選択の結果、多くの人々が健康上の不利益を被っているというのが洋の東西を問わずおこっている現象です。
 この連載の一回目にも同じようなテーマを取り上げましたし、毎日新聞の小島正美記者もメディアパトロールの必要性を主張していますが、日本での対応は遅れていると言わざるを得ません。英国におけるNational Knowledge Serviceのように公的機関も関与した、消費者に大きな不利益を与えている問題への、より積極的な対策が必要だと思います。(国立医薬品食品衛生研究所主任研究官 畝山智香子)