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うねやま研究室

食の安全に関する世論調査、海外と日本で結果が違うのはなぜ?

畝山 智香子

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 英国食品基準庁(FSA)は2009年2月19日、消費者の食品への考え方についての追跡調査の最新結果「Quarterly public tracker -December 2008」(08年12月調査)を発表しました。この調査は、FSAが01年から年に4回以上の頻度で定期的に行っているもので、今回の調査結果とこれまでの推移が分かりやすいグラフでまとめて公表されました。
 これによりますと、調査対象は2097人の成人。この中で、食品安全に関して懸念があると答えた人の割合は68%でした。懸念が最も高かった時期は02年3月と03年6月の78%で、長期的にゆるやかな低下傾向にあるようです。そして食品の問題で主な関心事項は、食中毒53%、食品の価格40%、食品中の脂肪40%、塩43%、砂糖41%という結果でした。ほかにもいろいろな項目について調べているのですが、今回はこうした食品への不安についての各国の世論調査に注目してみました。

 欧州委員会にはユーロバロメーターという世論調査解析プロジェクトがあり、73年から各種世論調査の実施と解析を行っています。各国の1000人に面接方式により年に2-5回調査を行い、毎年2回の報告書を発表する標準調査が基本で、そのほかに特定のトピックスについて詳細調査を行うことなどがあります。このサイトからさまざまな調査結果を見ることができます。

 その中に、リスク認知に関する特別調査があり、そこで食品由来のリスクについて調査しています(Special EUROBAROMETER 238 “Risk Issues”)。

 世論調査というのは面白いもので、どういう質問の仕方をするかによって回答結果が異なるということがしばしば見られます。この報告書では食品のリスクについては2種類の聞き方をしています。1つは「食品に関連するリスクであなたが思い浮かべるのは何ですか?」と選択肢を示さずに自由回答を求めるやり方。その結果、一番多かったのは食中毒の16%、次いで残留農薬や有害物質などの化学物質14%、肥満13%、病気9%、遺伝子組み換え(GM)8%、食品添加物7%となっています。

 もう1つは「以下に示す項目について、心配か心配でないかを答えてください」と尋ねるもの。すると今度は、残留農薬が63%でトップになり、次いで鳥インフルエンザのような新興ウイルス62%、食肉中の残留抗生物質やホルモン62%、外食での不衛生な食品の取り扱い61%、水銀やダイオキシンなどの汚染物質51%、GM58%、食品添加物57%などとなっています。牛海綿状脳症(BSE)はさらに下位で53%です。

 またEUの中でも国によって大きな違いがあり、GMに強固に反対しているオーストリアがGMについて心配する人が一番多く、動物の福祉についてはデンマークが、ダイオキシンについては大規模な汚染事故を経験しているベルギーが一番心配しているといった状況です。

 オーストラリア・ニュージーランドでは、オーストラリア・ニュージーランド食品安全機関(FSANZ)が消費者の意識調査結果を報告しています(FSANZ Consumer Attitudes Survey 2007)。この中での食品について心配な項目を多い順に挙げると、サルモネラや大腸菌のような食中毒38.0%、肥満38.0%、食品中の砂糖含量36.8%、生鮮食品の保存期間35.3%、食品の衛生状態35.3%、食肉への抗生物質やステロイドの使用33.5%、食品中の脂肪含量28.8%、GM食品28.8%、農薬28.6%、食品添加物28.0%、鳥インフルエンザ27.3%、BSE 26.8%となっています。

 米国では、世論調査は主に民間調査会社が行っているようで、報告書の多くが有料です。米国疾病予防管理センター(CDC)のサイトなどに掲載されている結果を見ると、健康に影響すると考えている項目として細菌汚染食品が87%、残留農薬 83%となっています。

 各国の調査方法や対象者が一致しているわけではないので、数値そのものを細かく比較することにはあまり意味がないのですが、比べてみると見えてくることもあります。今回比較して欲しいのは、これらの海外の調査結果と明確に違いがある日本のデータです。日本の場合、世論調査は内閣府が定期的に行っていますが、食の安全やリスク認知そのものがテーマとなっている特別調査は見当たりませんでした。最も近いものが「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」で、その中に「食生活についての意識」という項目があります。

 この調査票を見ると、08年版では「あなたは、今後の食生活をどのようにしたいと思いますか。この中からあなたのお考えに最も近いものを1つだけお答えください」という設問があり、次の選択肢が用意されていました。
・品質や鮮度のよい食品をとっている
・おいしいものや好きなものを食べている
・栄養のバランスがとれている
・規則正しい食事をしている
・有害物質のない安全な食品をとっている
・その他
・特にない
・わからない

 96年版では「あなたは、今後の食生活をどのようにしたいと思いますか。この中から2つまであげてください」と複数回答に変化し、選択肢も次のようになりました。
・カロリーや塩分のとりすぎに気をつける
・ビタミンや食物繊維など、体調を整える成分を多く含む食品を選ぶように心がける・栄養のバランスのとれた食事を行うよう心がける
・食品添加物など化学物質のなるべく含まれていない安全なものを摂取するよう心がける
・おいしさや雰囲気を考えたグルメ志向の食事を楽しむ
・手軽に調理、食事ができる食品を選ぶ
・調理の楽しみを含め、家庭での食事が楽しめるよう心がける
・その他(        )
・特にない
・わからない

 そして08年版の結果は、「栄養のバランスのとれた食事をとる」と答えた人の割合が28.5%、「有害物質のない安全な食品をとる」と答えた者の割合が24.9%、「品質や鮮度のよい食品をとる」と答えた者の割合が17.0%でした。

 参考までに、民間の調査結果も紹介します。2007年8月3日〜12日に実施された「食の安全に関する世論調査」では、不安を感じる点として最も多かったのは「生産地・原産地(国産か輸入品かなど)に関すること」62.1%で、次いで「保存料、着色料などの食品添加物」57.3%、「(残留)農薬」57.2%、「加工時の食品衛生、品質管理」54.8%でした。以下、「食品表示」49.2%、「遺伝子組み換え食品」31.8%と「BSE(狂牛病)」31.1%が続きます。

 尋ね方は違いますが、全体的に見て上述の内閣府の世論調査の結果と大きな違いはないようです(世論調査では産地については別項目で尋ねています)。これらの日本のデータは、食品の取り扱いについては最も基本的で大切な、有害微生物の関与する食中毒のリスクについてほぼ無視しているという点で、極めて特徴的です。

 さらに食品安全委員会では食品安全モニターを対象に「食品の安全性に関する意識等について」という調査を継続して行っています。08年の調査結果では、不安を感じている要因の上位3番までは「有害微生物」「汚染物質」「農薬」となっています。
 ここでようやく食中毒が諸外国の世論調査並みの順位になりました。食品安全モニターは、食品にかかわる仕事をしている人や食品に関心の高い人たちで構成されていますので、ある程度専門性の高い集団のはずです。それでようやく欧米の一般人と比較できるのです。

 私自身は食中毒が専門ではなく、化学物質関連の話題を主に紹介していますが、食の安全にとって最も大きな問題は有害微生物による食中毒であると常に主張しています。日本でも病原性大腸菌O157や卵のサルモネラによる大きな食中毒事件、ノロウイルスの大流行など多くのニュースがあります。地方自治体では多数の食品衛生監視員が現場での食品衛生指導に日夜励んでおられます。一般消費者も抗菌グッズがよく売れたり清潔好きと言われたりしていますので現実には細菌汚染対策は実践していると思われます。

 それなのに、食品安全委員会も設置されている内閣府の世論調査には、食中毒のことは選択肢にすら存在しないのです。ここしばらく被害者が出たことがない食品添加物や化学物質についてはわざわざ挙げているにもかかわらず、です。そして食の安全とは直接関連せず、フェアトレードや環境負荷といった別の価値体系の文脈に出てくる項目である「国産か否か」が食の安全という文脈で語られる、というのも日本の特徴です。

 政府が行う世論調査は、その結果を政策に反映するという目的もあります。国民が最も不安に感じることに多くの予算を費やして対策を立てるというのが妥当な判断ですが、調査結果が実態を表していない可能性があるならば、調査そのものを見直す必要があるでしょう。食品業界関係者の皆様はどのようにお考えでしょうか。(国立医薬品食品衛生研究所主任研究官 畝山智香子)