科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

多幸之介が斬る食の問題

偽装、賞味期限切れ食品問題で考えなくてはいけないこと

長村 洋一

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 「私はあるお寿司屋さんでアルバイトをしていましたが、そのお寿司屋では秋になると輸入マツタケで土瓶蒸しを作っていました。その土瓶に小分けするために準備された大きな鍋に入っただし汁の中にごく僅かなマツタケ香料を滴下し、実際に土瓶に入れるマツタケは薄く切ったものを少量入れるだけでした。しかし、大将は『国産は少なくても良く香る。本物はやっぱり違う』と嘘を言っていました。お客さんの中には『本当だね、私は輸入物しか知らないが、国産は香りが違いますね』と感心して帰る人もいました」—-。これは、前回でも少し触れた小生の教えた学生のレポートの一文である。別のレポートには、「私はある焼き肉店で働いていましたが、そこでは程度の良いカルビ肉を全部松坂牛と書いていますが、真っ赤な嘘です。でもお客さんの中には『この値段でこれだけ旨い松坂牛を食わせる店はない』と感激して帰っていく人もいました」とある。まだまだ、この種の報告はたくさんある。

 「私の働いていた魚屋ではボラの刺身を全部『タイ』と言って売っていますがお客さんは誰も気付かないようです、というより『お宅のタイは新鮮で本当にお買い得だよ』と感心していつも買っていく主婦もいました。私の働いている料理屋さんでは『おコメは新潟のコシヒカリを使用』と店中に張り紙がしてありますが、本当は新潟産ではなく、コシヒカリと書いてあれば取れたところに関係なく値段優先で買ってきて使っています。私はこれを『問題ではないか』と言いましたら、店長は『コシヒカリを使っているのは嘘ではないからよい。第一お客さんからはまずいという苦情がでたことがない。いらんことを言うな』と怒られました」。

 先日、ある全国チェーンの居酒屋で出されている霜降りの上等な馬刺しが、実は赤味に油脂を注入したものであったことが明らかにされた。しかし、私の学生のレポートから拝見している食品業界の偽装や賞味期限、消費期限の偽りは、こんな生易しいものではないように感じている。

 「私がバイトをしていた居酒屋の店長は、毎日スーパーの閉店間際に行って半値になった商品を購入してきました。それらの商品の多くは消費期限が当日かまたはせいぜい翌日位のものが大半でした。買ってきた大半の食品はその日のうちにお客に出してしまいますが、中には使われないものが出てきました。そうしたものは食品の種類によって冷蔵庫や冷凍庫に分けてしまわれましたが、実際にそれがお客さんの口に入るのは、ものによっては数カ月も後になるものがありました。そして、そのように買ってきた鶏肉の半値商品でも時には○○地鶏となり、高値の食材となることもありました」

 「私はいわゆる小料理屋さんでお手伝いをしていましたが、その店での私の仕事はいろいろな小皿に煮物や、揚げ物を盛り付けるのが仕事でした。その盛りつけに使われる材料のいくつかは実は一度お客に出されたもので、手がついていないと思われるものでした」

 同じような別のレポートでは、「私は仕出し屋さんでアルバイトをしていましたが、戻ってきた弁当の中から、海老フライ、焼き魚、煮付けなどでまだ明らかに食べられる物を集める仕事をよくさせられました。多くの弁当はかなり食べてありますが、時にはあまり手つかず状態でいくつも戻ってくるものがありました。そして集められた食品はすべて次の弁当に使われていました。よく食中毒が起こらないものだと思います。私が働いていた食堂では、お刺身定食など定食ものの刺身のツマ、シソの葉などは水をはったボールに戻し、全部洗いなおして再び出していました」などと、食材の使い回しの報告は枚挙にいとまがない。

 また、回転寿司店で会計のアルバイトをしていた学生の、次のような強烈な話もある。「私のバイト先の回転寿司店では、何回転か回転しても誰にも食べられない寿司を景気良く足もとのバケツに捨てています。ご飯はそのまま、生ごみとして廃棄されますが、ネタは全部回収され秘密の液に漬けられます。そうすると、乾きかけたマグロ、イカ、タコ、エビ、ツブ貝などが実にみずみずしく蘇ります。私はある日この秘密の液の組成を知ってびっくりいたしました。それは台所用の中性洗剤を水で薄めた単なる石鹸水でした。しかし、職人さんは『この液に漬けると魚が腐りにくくなって一石二鳥だ』と言っておりました。私は職人さんに『中性洗剤は毒じゃないですか』と聞いたら『食器を洗う洗剤だから安全だ』と言っていました」

 最後の回転寿司の話は別として、これらの学生レポートに認められる大きな問題は、偽装問題に関してはどの店がやっていることも食べている人たちの多くが料理屋に騙されていることであり、賞味期限関係では食中毒に直接結びついた例がなかったことである。こうした中小の食品メーカーや料理店で行われていることは、食中毒というような事件が発生しない限り、社会問題とはなりにくかった。従って、かなり日常的にこうしたことが行われていたようであった。しかし、あろうことか内部告発という形で同じようなことを行っていた大手業者がやり玉に挙がる、昨今の騒ぎを起こしている。

 私が教えた3000余名の学生のレポートを思い起こしてみると、昨今の種々な食品問題の多くには非常に根の深い日常慣行的な問題を内在していることが分かる。現実に事故はほとんど起きていなくても、人の食べ残しを食べさせられるとか、ブランドだと偽られて普通のものを食わされるなどということは消費者心理として許されるものではない。日常生活の中で食の安全と気持ち良く食べられるという安心をどのように確保していくのかという問題を、科学および心理学、倫理学の面も含めて真剣に学問分野として追及確立する必要性を感じている。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)