多幸之介が斬る食の問題
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
6月9日の朝、NHKの「おはよう日本」の放送の中で「健康食品と薬の飲み合わせ」の問題が取り上げられた。この番組の中で「プロポリスの摂取によって血栓ができる」というように理解した一般視聴者が多数出た。その真偽を問う視聴者からの質問を受けた小生の主催している健康食品管理士認定協会の会員から「プロポリスの摂取で血栓ができると言う情報は誤りではないか」という問い合わせがいくつか入ってきた。もちろん「プロポリス単独の摂取で血栓ができる」と言うのは現時点では明らかな行き過ぎた報道である。
同様の問い合わせは、この番組に取材協力をされた独立行政法人国立健康・栄養研究所情報センターの梅垣敬三センター長のところにもあり、2日間位電話の応対で仕事ができないような状態でしたとうかがった。また、病院薬剤部で窓口に立っている健康食品管理士会会員も患者からの問い合わせに手を焼いて、プロポリスを販売しているある大手の製薬メーカーに問い合わせたところ、会社からは「あの放送以来当社にも問い合わせが殺到しているので調べたが、プロポリス単独摂取で血栓ができると言う報告はなく、ワルファリンと同時に摂取するとワルファリンの効果が減弱したと言う症例が2001年に1報告のみ日本で出ている」との返答を得た。従って、「プロポリス単独摂取で血栓ができるとの報道は誤り」としてホームページなどで会員に正しい情報を流すべきではないかと言った通報も受けた。
小生の協会に直接入ってきた問い合わせの多くも「NHKでプロポリスを摂取していると血栓ができると報じていたが、そんな報告は見当たらず、協会の出している“健康食品ポケットマニュアル”(http://www.ffcci.jp/?page_id=78)にもそんな事項は掲載されていないが本当か?」と言った内容であった。このポケットマニュアルは少々自慢話になるが、読売新聞、毎日新聞など大手の新聞社をはじめ、いくつかのメディアおよび専門家から結構良い評価を得ている。
このマニュアルの作成のきっかけは、健康食品管理士となられた方に、消費者からどんな質問を多く受けるか、というアンケート調査を3年ほど前に行ったところ、「病院でもらっている薬と○○という健康食品を同時に摂取しても大丈夫か」という問い合わせが結構よくあるが、簡単に調べられる良い本がないという回答がかなりあったことに端を発している。そこで、当協会の教育委員会が総力を挙げて約2年間かけて内外の文献、薬剤の添付書類などを一定の基準で精査し、健康食品と一緒に飲んでも良い薬とそうでない薬について一目で分かるように表記したポケットサイズのマニュアルを作成した。
このマニュアルでプロポリスの項を検索してみると、プロポリスと血栓の因果関係を示唆させるような記述は全く見当たらない。しかし、先述のように会員が問い合わせたメーカーからの報告のように、ワルファリン服用患者の血液凝固能がプロポリスの摂取で減弱したという症例を記載した論文が一報ある。当協会ではこのマニュアルを作成するときに記載に際して取り上げるべき論文に一定のレベルを設けている。このワルファリンとの相互作用を記載した論文に対して協会の教育委員会としては、この論文にしか報告されていないものは一般論として報告するのには根拠が薄すぎる、という範疇に入れていた。そのためにこのマニュアルには掲載されていない。
ところで、NHKの報道を巡っての問い合わせに対しては当初は「プロポリス単独摂取による血栓生成の可能性を示唆する論文報告は国の内外に見当たらないので、健康のためと思って摂取しておられる方が辞められる必要はありません。」と対応していた。しかし、その問い合わせは放送後10日を過ぎてもまだ続いていたので会員全体に知らせる方が良いと判断し、会員向けメールマガジンでその様に伝えると共に、NHKが独自の最新情報としてそうした報告を把握しているのか問い合わせを行った。その結果、NHKから回答があり、アナウンサーが読んだ原稿そのものの内容をお知らせいただいた。そして、NHKの報道にはプロポリス単独摂取で血栓ができるというような内容は一切報道されていないことが明らかになった。
そこで、放送ではそのようなことを言っていないのにどうして「プロポリスを摂取すると血栓ができる」というような騒ぎになってしまったかという検証を行ってみた。その結果明らかになってきたことは、テレビを見た人は比較的高齢者の方で、問い合わせを受けた会員はその番組を見ていなかったことである。すなわち、質問内容そのものは高齢の視聴者からのものが多く、会員はその人たちから「プロポリス単独摂取で血栓ができる」という風に尋ねられたのみで、会員本人はその番組を見ていなかった。
ちなみに、ワルファリンを投与されている患者が納豆、クロレラ、青汁などの健康食品を同時に摂取するとワルファリンの効果を減じることは良く知られているが、そのことを理由にして健常者にこれらの健康食品の摂取を禁じてはいない。しかし、プロポリス単独摂取で血栓ができるという注意報道のように受け取られた番組は、納豆で血栓ができるから注意と呼びかけてしまったのと同じようになってしまった訳である。
ここで思い当たることが1つでてきた。それは、小生の協会で前記「健康食品ポケットマニュアル」の注文取り次ぎを行っている事務職員から受けた連絡と密接な関係のある問題であった。本年早々に読売新聞が全国版にこのポケットマニュアルを紹介して下り、その記事の最後に問い合わせ先として協会の電話番号のみが記載されていたために生じた現象であった。その報道から1週間くらい電話が鳴りっぱなしであった。
まず、電話が掛かってきて事務職員が応対を始めるが、最初に「インターネットをお使いになられますか」と問うと、「使わんね」と回答が来る。次に「ファクスはお使いですか?」と聞くと「息子の嫁が帰ってくれば使えるが、今は……」と言った調子で大変な応対になるケースが非常にしばしばであった。その事務職員は「『じゃー、携帯とキャッシュカードを持って私の言う通りにATMへ行って振り込んでください』と言うとそのままやってくれそうな感じですよ」と冗談交じりに話していた。
ここに健康食品全般が有している大きな問題が横たわっている。それは、健康食品に強い興味と関心を抱いていて実際に購入をしている世代の多くが比較的高齢者であるという点である。今回のNHKの報道においては、前述のように普通に聞いても「プロポリス単独摂取で血栓ができる」とは全く取れないような原稿であった。しかし、現実には「プロポリス単独摂取で血栓ができる」という誤解を生んでしまった。そこには、健康食品の情報を伝える側が正確を期しても、受け取る側がどう取るかと言った問題がもう片方に大きく存在していることである。
実際に、信じられないような騙され方で健康食品や健康器具で詐欺に遭われる高齢者の方がおられる。今回の事例もそうであったが、一方的に伝えられる情報世界で、正しく健康食品情報を伝えるリスクコミュニケーターが社会に配置される重要性を認識させられる1つの事件であった。現在は当協会のホームページにもその経過報告を掲載し一般市民の方にもプロポリスに関する情報を公開している。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)