科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

多幸之介が斬る食の問題

リーダーがしっかりした生協の情報発信はこう変化する

長村 洋一

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 月1日付けの記事に、生活協同組合コープ神戸広報室が発行する新聞「きょうどう」の取材を受けたことを書いたが、その新聞「きょうどう」の7月号が発行となった。その大見出しは「食品添加物とどうつきあうか」で、サブ見出しが「化学物質の適正使用と有効活用なくして21紀の食は語れない」。さらに小見出しとして、「『無添加は安全』は本当?、安全か否かは『量』の問題、科学的根拠に基づく適正利用を」と続く。その記事は、食品添加物をすべて悪者扱いしている人たちに最も多い誤解の原因となっている「量の無視」を強く戒めた記事となっており、小生がいつも市民講座などで話をしている意図が正確に伝わっている内容であった。これが、生協の新聞であるだけに、非常に感慨深いものだった。

 生協と言うと、あちこちの消費生活センターなどの講演で激論を戦わした人々の多くを思い出させられて、幾分面倒くさい方々の集まりというのが、小生の経験的印象だった。実際、市民講座などに来られる生協関係の方々には、それなりにゼロリスクを求めての理論武装をしておられ、またその考え方が信仰に近い状態であるだけに、食品添加物の話題などになると、いつまでも平行線の議論になることが多かった。そうした印象を強く受けている方々が発行する新聞であるだけに、食品添加物をすべて悪者扱いするのではなく、「量を考えて科学的に正しく理解をしよう」とされるコープ神戸の方々の姿勢に、小生としては感激的な記事であった。そして、こうした記事を書かれるところまで導いてこられたコープ神戸の広田大介氏およびその関係者に大きなエールを送りたい。

 このコープ神戸とのお付き合いは、今回の新聞取材が初めてではなく、一昨年の夏に招かれて食品添加物の講演を行ったときから始まっている。最初に講演依頼の第1報を受けたとき、「つるし上げのための講演依頼かな」というような胸騒ぎがしたのを覚えている。ところが、当時千葉県の銚子市にいた小生のところまでわざわざ講演依頼に来られた広田氏が、意外にもこのFoodScienceの小生の連載記事「多幸之介の斬る食の問題」を熱心に読んでおられて、そんな話を講演していただきたいとのことであった。

 この依頼は小生にはかなり意表を突かれる話であったので、そんな感想を正直に申し上げると、広田氏からは「私のような会員はほとんどいなくて、先生が想像されるような人が多いのですが、彼らに先生の話を聞かせたいので是非お願いします」とのことであった。生協の方々の多くがゼロリスクを求めて奇妙な理論を展開されるが、環境や教育問題をはじめ多くの社会問題に真剣に取り組んで、真面目に社会を良くしようと考えている人が多いことだけは、議論を通して実感をしていた。

 この社会問題に何とかしなくてはと真剣に取り組む基本姿勢を持っておられる方々には、納得できるまで勉強をしようという努力を日々重ねておられる方が非常に多いことを知っている。小生は、この依頼の話を伺ったとき、何が本当に大切なことかについて小生の普段の考えを1人でも理解していただける人が出てくれればと言うことで、広田氏の講演依頼をお受けすることとした。

 こんな経過で引き受けた講演であったので、終了後の質問がかなり激論になる可能性を感じて非常に多くの想定質問を準備して出かけた。当日の講演内容は、小生が健康食品管理士認定協会の会報に掲載している「食品添加物を巡る諸問題」を抜粋したような話を行った。

 講演の後にはいくつか質問があったが、小生の話を真っ向から否定するような話は全くなく、むしろ小生の話を聞かれて発生した素朴な疑問が投げかけられた。その講演の後に聴衆から集められたアンケートの報告を受けたが、「こんな先生の話を聞かせて、生協の幹部は今まで私たちに何を教育してきたのだ」というような非常に厳しいものから、「私には何が本当に良いのか分からなくなった」といったような感想まで含めて非常に多くの方にカルチャーショックを起こしたことが伝えられてきた。

 その報告を受けて、少なくともカルチャーショックを受けられた方がでたと言うことは、小生の話を納得はしなくても理解した人が多く出たことは確かだったことを知り、小生としてはそれだけでも大きな成果と感じた。しかし、ひょっとすると広田氏をはじめ小生に声をかけられた方々に、非常に大きなご迷惑をおかけしたのではないかと心配もした。

 ところが、驚いたことに昨年の夏また同じコープ神戸から講演依頼が来て、今度は2日間にわたって神戸と明石でお願いしますとのことであった。そして、話の内容はもちろん昨年と同じような話でお願いしますとのことであった。そこで、講演依頼をしてこられた広田氏から「昨年の先生のお話をもう一度聞きたいという方や、組合員に聞かすべきだという意見がありまして、是非お願いしたい」と聞かされた。小生としては自分の話に関心を持って頂ける人が少なくとも何人かいることを実感できたことに喜んでお受けし、前年と同じような話を神戸と明石でさせていただいた。そして、昨年も一昨年と同じようなアンケートを取られたそうであるが、その回答も前年と同じような反響であったとの連絡を受けていた。

 そして今年5月に再びコープ神戸から連絡が入り、こんどは会員向けの新聞の取材をされたいとのことであった。もちろん、その内容は、昨年の講演のようなお話を聞かせていただきたいとのことであった。その理由は、神戸、明石での講演を聴けなかった人たちにも先生のメッセージを伝えたいからとのことであった。小生としては軽い驚きとともに喜んでお受けすることとした。

 来られた記者の方は開口一番、「神戸生協は無添加ハムを最初に作ったことを誇りにしているところですから、食品添加物はないほうが良いと確信している人が非常に多く、その人たち向けの記事になります。そして、私はもともと文系ですので科学はあまり強くありませんのでよろしく」とおっしゃった。しかし、その取材の姿勢には話を1つも聞き逃さないようにという熱心な気持ちが非常に強く感じられた。取材は3時間余に及んだが、投げかけられる質問は、1つひとつが、かつての市民講座の後で良く出てくるような質問であり、小生も一生懸命回答をさせていただいた。

 そうして、できあがったのが冒頭のような見出しの記事であった。こうしたしっかりした記事が会員通信に出るまでの経過を見ていて痛切に感じさせられたのは、コープ神戸の広田大介氏および彼の意見を支えられた周りの人の協力に大きなものがあったことである。特に1回目の講演に対しては非常に多くの反発意見が出たようであったが、それにもめげず頑張られた広田氏およびその周りの方の行動が、結果としてこうした成果を生み出したと推測している。このように、信念を持って地道な情報伝達を行うことが、やがて大きな流れを作り始めるということを実感させられた事件であったと同時に、リスクコミョニケーションにおいてそのことにかかわる人物の重要性を改めて認識させられた。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)