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エコナ問題で、ゼロリスク議論が再燃?

森田 満樹

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 10月8日、エコナを巡る消費者庁の記者発表と花王の特定保健用食品(トクホ)取り下げに揺れたその日の夜、NHK総合テレビを見ていたら「エコナ『トクホ』取り下げ」と題してニュース解説が行われていた。その番組の終わりのほうで「今回のエコナのように、体に脂肪がつきにくいメリットに比べると、リスクはゼロでなければ釣り合いがとれません。リスクが果たしてメリットに見合うものなのか厳重に審査して欲しいと思います」というコメントが出てきて、ちょっとひっかかった。ゼロリスク症候群—-最近あまり聞かなくなっていたこのことばが、思い浮かんだのである。

 NHKの夜のニュース解説番組「時論公論」は、その時々の話題をNHKの解説委員が取上げて10分程度の解説を行うもので、その内容は数日遅れでNHKのホームページで確認することができる。最初は私の聞き間違いかと思っていたのだが、「解説委員室ブログ」で今回のニュース原稿を確認することができた。ここで解説委員は、今回花王がなぜエコナを取り下げたのか、エコナとトクホの問題に焦点を当てて解説をしている。

 まずトクホについて、それからエコナについて今回の問題を説明し、「健康に良いと思っていた食品に、発がん性に変わる可能性のある成分が含まれているとなれば、利用者にとっては裏切られた気持ちです。国がお墨付きを与えていたとあればなおさらでしょう。トクホを取り下げて欲しいということは当然のことです」と解説している。さらに今回、取り下げることになった背景に消費者行政の強化があるとして、トクホの認可を与えるのが消費者庁に移ったこと、消費者視点の対応としてエコナ取り消しを含む再審査に踏み込んだこと、こうした動きの中で花王は改めて許可の取り下げを申請したこと、あわせてこれまでの花王の情報提供のあり方についても言及している。「花王は食品安全委員会の議論には全く触れず、販売自粛を知らせるホームページでは自らの製品の安全を主張していました。消費者庁としては、こうした広報のあり方が、消費者を惑わせていると厳しく注意したのです」と。

 解説委員は、今回の消費者庁の結論を手放しで褒めているわけではない。「今回エコナを巡る消費者庁の対応は、これまで業界寄りの姿勢から消費者へと軸足を移したものといえます。しかし予防原則に基づいた姿勢の転換はリスクも伴います。あまりに厳しく縛れば、企業は萎縮しますし、後になって安全性が証明された場合、企業から訴えられかねないからです。また権力の乱用にもなりかねず、そのためには一定のルール作りと十分な説明責任が必要ではないでしょうか」と、これには納得した。

 番組は最後にトクホ制度の見直しを提言して締めくくっている。解説委員は、今後新たな制度を考える上で、(1)トクホの有効期限を(5年なり10年なり区切って)設ける(2)トクホの効果や安全性について認可後も追跡調査を行うべきである(3)認可はメリットとリスクのバランスで判断してほしい—-とする3点を提案している。そして最後に「高齢化が進む中、健康食品への関心はますます高まっています。こうした消費者の不安と関心にこたえる対策にも取り組んでもらいたいと思います」と結んでいる。

 以上が番組の概要だ。この番組を見終わった後、解説委員の「権力の乱用」「メリットとリスクのバランス」というコメントにちょっとひっかかっている。まず権力の乱用について、今回のケースは「一定のルール作りも十分な説明責任」もないまま結論が導かれたわけだから、これは結局「権力の乱用」ということになるのではないか。

 そういえば、13日の第3回消費者委員会では、学習院大学法学部教授の櫻井敬子委員が消費者委員会のあり方について「前回の消費者委員会でエコナの話題があがるのは、委員会に来る30分くらい前にはじめて聞いた。直前に言われたことで、政治的に利用されたようにも思える。消費者委員会に言ったからいいでしょうというような感じがする。これは消費者委員会の中立性に関わる問題だ。消費者委員会の第三者的な立場を考えると、権力者に対しこの委員会が独立しているということが大切なので、あまり政治的に乗せられて、期待どおりの結論を出すことになってしまうのもいかがなものかと感じた」というコメントをしている。ここでも「権力」ということばが出てくる。

 第3回消費者委員会は既にFoodScienceの「傍聴友の会」で報じられているので、詳細は触れないが、傍聴メモを読み返しても前回よりは多様な意見が述べられている。前回の議論の進め方については、ほか他の委員からも指摘があり、消費者委員会の事務局運営についても反省があったようだ。第2回消費者委員会は何か大きな波のようなものに巻き込まれたような議論だったというのは言いすぎだろうか。

 時は前後するが、第2回消費者委員会の後、8日に行われた福島瑞穂消費者相の記者発表のコメントは「トクホの取り消しという問題に消費者庁がかかわって、今回はある種の予防原則の議論に入った。その立場を踏まえて法律、内閣府令の検討に入る」「今回、食品安全委員会の科学的評価の結論が出るまで何も出来ないのはおかしいということで、消費者庁内でSOSプロジェクトが始まった。食安委でトクホの取り消しができる前に、何らかの取り消しができるというのは新しい一歩である。」「エコナについては昨日の消費者委員会の議論があったが、それが消費者の声だと思う」「今回は一つのルールづくりとして意味があったと思う。今までの政権とは違う足の踏み出し方をするということだ」と今回の成果を強調している。大きな波の正体はここらへんにあるのかもしれない。

 それから解説委員のコメントで私が引っかかったのがもう一つ、「認可はメリットとリスクのバランスで判断してほしい」とする点である。これが冒頭ご紹介した彼のコメント「今回のエコナのように、体に脂肪がつきにくいというメリットに比べるとリスクはゼロでなければ釣り合いがとれません。リスクが果たしてメリットに見合うものなのか、厳重に審議して欲しいと思います」につながる。まず、リスクがゼロの食品はこの世に存在しないということが前提で、リスク分析手法は成り立っているのだが、これはどんなものだろう。

 メリットのある食品について販売する場合には、通常の食品よりもリスクも減らしてゼロに近くしろ、と言っているのか、もしくは通常の食品並にリスクを減らせいうことだろうか。そもそもトクホは、通常の食品には課せられていない安全性審査が行われていて、そこで問題があれば、認可されないシステムになっている。もし安全性に懸念が生じた場合でも、メリットを両天秤にかけてメリットが大きければ、認可してもいいということだろうか。

 もともと個別で議論されなければならないメリットとリスクを、バランスをみて判断して認可するという新たな課題が提起されたということか。もっとも解説委員はコメントの中で「一般の食品と違いトクホは効果があるように手を加えてある分、リスクも高くなります。そうしたなかから何を選び、何を食べているのか決めるのは私たち自身です」とリスクについてきちんと認識しておられるようなので、そのバランスをみて、ということなのだろう。

 そもそもトクホとは、文字通り、特定の保健の目的が期待できるような成分を含んでいること、その効果が実などの条件をクリアしなくては許可されない。特定の保健の目的と言うメリットに対して、リスクはあってはならないという議論は、消費者委員会の議論を聞いていても、よく伝わってくる。これはむしろ普通の感覚なのかもしれない。

 しかし敢えて言わせて頂けるのなら逆ではないだろうか。通常の食品よりも効果を追及するために、特定の成分が高含量であったり、有効成分が濃縮されていたりするわけである。メリットがある分、何らかのデメリットがあるのではと疑ってかかるのが普通ではないだろうか。逆に、何のデメリットもなければ、毒にも薬にもならないということなので、効果も期待できない、そう思うのだけれども。人生におけるさまざまな選択と同じ、そんなに良いことばかりあるわけない。

 でも消費者が、トクホや健康食品、サプリメントをみて、いいことばかりと言う期待を膨らませるのであれば、それは消費者の勉強不足だけが原因ではなく、そう思わせる情報の偏重に問題があるとは思う。この点については、花王のホームページの情報提供は、消費者委員会の委員や解説委員の指摘の通り、食品安全委員会のこれまでの議論には触れていない。これは同社が情報公開と言われても申し開きのできないところだろう。

 今回の販売自粛を知らせるホームページの内容も、安全といっておきながらなぜ販売しないのか、その部分の説明が言葉足らずではなかったか。そこでの情報伝達を誤ったために、ボタンの掛け違いのようリスクが最後までうまく伝わらないまま、今回の取り下げのように最後までわからない結論を導いたように思う。消費者に、回収と販売自粛の違い、取り消しと取り下げの違い、再審査と失効の違いがうまく伝えられた情報伝達だったとはとても思えない。この企業姿勢こそ問題である。リスクコミュニケーションとして今後何ができるのか、行政や関連企業も含めて大きな課題である。

 それから解説委員の提言(2)認可後の追跡調査についてだが、エコナは食品安全委員会で6年かけて数多くの追跡調査がなされてきた。また同社のホームページをみると、認可後も社内外で安全性に関する追加試験を行って、その内容を公表している。ある意味で、エコナほどたくさんの試験が行われたトクホはないだろう。その結果、食品安全委員会のQAにもあるように「緊急に対応しなければならないほどの毒性所見は得られていません」という現状なのに、今回の顛末となった。今後もしトクホについて追跡調査が義務付けられたとしたら、今後グレイゾーンの疑いのあるものをどのように判断するのか。そのための一定のルール作りがなければ、誰もトクホのチャレンジを行わないだろう。

 最後に、第3回消費者委員会で日和佐信子委員が「今回のように花王が自主的に取り下げるケースばかりではない。疑いがある段階で、リスクがどれくらい高いかということもあるが、グレイゾーンの場合にどうするかというのは今後検討する必要があると思う。グレイゾーンで対処したら、結果的にシロだったという場合には、その場合の企業に対する補償についても、基金を設立するなどして手当ても必要となるだろう。トクホだけを議論するのはどうか。トクホ制度の経緯を考えると、トクホの制度だけを見直すのではなく、健康食品、サプリメントなどすべてのものについて、見直すべき。海外ではどうなっているのかを踏まえ、全体的に議論すべき」と大局的に総括されたが、全く共感する。グレイゾーンを判断する場合、一定のルール作りがなされなければ、解説委員のコメントにある「権力の乱用」になりかねないことを、よく考えて頂きたいものである。(消費生活コンサルタント 森田満樹)