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利益を農民に還元できない無農薬や有機は使わないタイの王様プロジェクト

森田 満樹

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 タイのBhumibol(プミポン)国王は、国家元首として国民に大変敬われている存在だ。タイ人は口をそろえて、現国王がいかにタイ国民の発展に尽くしてきたかを語る。その象徴ともいえるのがロイヤルプロジェクトだ。タイ農村部の貧しい農民を自立させる目的で40年前に始まったこのプロジェクトは、農業や食品加工分野に新技術を取り入れることで国を発展させようと王様自らが主導してきた。バンコクのチットラダー宮殿の一画には、プロジェクトのモデル農場やミニプラントがあり、今回そこを見学して、農業と食品製造がこの国の礎だと思い至った。

 ロイヤルプロジェクトは1969年、現国王がタイ北部を旅行した際に違法なアヘン栽培をしているのを見て、国民が農業によって自立したよりよい暮らしができるように援助を開始したのが始まりだ。王はタイ全土を視察して回り、その土地にあった農作物を選んで、その栽培方法の指導から、それを利用した製造加工方法、輸送、売買の方法、生産計画など市場に出回るまでをトータルに指導して、村民の利益を得られるよう様々な側面から指導を行ってきたという。タイの現国王がタイ国民の尊敬を集めるのは、こうした目に見える分かりやすい活動に拠る部分が大きいように思う。

 同プロジェクトはタイ北部を皮切りに、タイ全土で国民を支援するプロジェクトとして発展してきたが、その中枢がバンコクの王の住居であるチットラダー宮殿内の一角にある。宮殿内のロイヤルプロジェクトの施設は、教育目的で公開されており、外国人もしかるべき団体に所属して手続きをすれば見学することができる。公開エリアは早足で歩いても一周30分ほどかかるほどの広さだが、そこを要所ごとにガイドの説明を聞きながら見学する。

 エリア内にはモデル牧場や陸稲の畑、試験農林に始まり、牛乳工場やバイオディーゼルミニプラント、健康食品工場、清涼飲料工場、売店と見どころは盛りだくさんで、2時間近くを要する見学内容だ。見学者はタイ人の学生グループや公務員グループなど様々で、グループに分かれて見学コースをまわる。

 まずは牛乳関連工場。タイは40年前までは牛乳を飲む習慣がなかったのだが、現国王がヨーロッパに留学中に牛乳の栄養価を学び、青少年にもっと牛乳を飲ませたいと自身の資金で牛乳を普及するプロジェクトをスタートさせた。ここでは提携する農家から1日2回生乳が運ばれて、UHT殺菌が行われアセプティック充填包装によりブリックパックで製品化、学校給食などに出荷されている。

 また、タイで初めて導入されたというスプレードライのラインも併設されており、できた粉乳は固めてタブレットとして製品化されている。牛乳の普及に当たって、タイ人はその匂いが苦手でなかなか普及しなかったため、牛乳嫌いでも栄養が摂取できるように開発されたという。1袋に十数個入っていて、それで牛乳1杯分の栄養が摂れるというのだが、試食したところかなり甘くて、カロリー過多になってしまいそう。また隣接する工場にはチーズラインとヨーグルトラインがあり、製造量は多くないもののモデルラインとして見学者に公開されている。

 次は精米所。王様は視察を重ねるうちに、農民の生活がいつまでも苦しいのはコメが作れても精米機が買えない現状があることに気づき、農民がお金を出し合って精米施設を購入する農業組合所のモデルプラントをつくったという。ここでは北西部で獲れたコメを精米して、実際にロイヤルプロジェクト印のコメとして出荷している。また、隣接するもみ殻処理工場では、もみ殻を筒状に固めて高温で熱して炭をつくっている。この炭もバーベキュー用として販売されている。また、この施設の正面には陸稲の畑がある。連作障害を避けるためにヒマワリが植えられているところで、ヒマワリが収穫されてから畑を整備して陸稲をつくるそうだ。

 しばらく歩くと、エネルギー研究所が現れる。現在、タイでは石油代替エネルギーとしてバイオエタノールやバイオディーゼルが実用化されている。キャッサバ、トウモロコシ、サトウキビなどの穀物かすからバイオエネルギーが作る研究が行われ、ロイヤルプロジェクトとしても推進している。

 さらにタイ独特の作物として研究を進めているのがジェトロファ(アブラギリという非食用の作物)やヤシ油で、これらを精製する研究施設が公開されている。ガイドの説明によると、王様は新しい科学技術を積極的に取り入れて国民の生活を向上させると同時に、環境問題にも関心が高く、持続可能なサイクルを築くことに力を入れているという。

 続いて野菜や果物を原材料とした清涼飲料工場のエリアを通過し、健康食品工場エリアに入る。ここにはスピルリナという藻の研究棟があり、クロレラよりも栄養価が優れていることから、魚のエサや健康食品、タブレット、スナック菓子として開発されているという。その隣は霊芝(レイシ)研究棟で、キノコの一種である霊芝を組織培養で増やして培地に移し、栽培している施設を見学した後、お茶や濃縮製品となった健康食品が紹介された。王様は健康食品にも造詣が深いらしい。

 最後に希少植物保護センターと組織培養試験場。現国王の王妃シリキット妃のプロジェクトとして、絶滅に近い希少植物を培養技術によって増やす研究が行われている。このほかにも蜜蝋からロウソクを作る工場や、東北部に自生する木の皮から紙を作る製紙工場などを見学したが、ロイヤルプロジェクトは国王だけでなく、王妃や王子、王女がそれぞれプロジェクトを施行しており、食品だけでなくシルク製品、民芸品などの普及によって貧しい人々の自立の手助けをしているという。ロイヤルプロジェクトの製品はすべて品質表示を徹底させることをルールとしており、製造日、賞味期限、保存方法、内容量などが正確に記載されている。

 ロイヤルプロジェクト製品には品質が保証されたマークが付けられ、ブランド化することで、消費者からは安全で高品質なものとして支持されている。販売先もデパートやスーパーマーケット、ガソリンスタンドの販売所、直売所などに拡充されていて、身近で手に入りやすい。製品も生鮮食品やコメ、野菜や果物などの加工食品、牛乳やはちみつなど多岐にわたる。ちなみにロイヤルプロジェクト製品は無農薬やオーガニックではない。これは無農薬ではリスクが大きく、利益が農民に還元できないために勧められないからだという。ただ動物の排泄物やたい肥などをできるだけ利用した循環型農業は推奨しているそうだ。

 ロイヤルプロジェクトの製品は製品群ごとに独特のマークが付けられており、一目で分かるようになっている。タイ人にとっても、これらの製品を買うことでプロジェクトに参加しているという満足感も、ロイヤルプロジェクト製品を好んで買う理由となっている。

 タイ人であれば、誰でも知っているロイヤルプロジェクト。農業を国の礎として、少しでも利益を上げて生活を安定させるために新しい技術を導入するという姿勢を王様自ら示すことは、タイ国民の食に対する意識に大きな影響を与えているように思う。チトラダー宮殿のロイヤルプロジェクトの見学コースは、まさに究極の食育体験の場と言えるだろう(タイには食育という概念は無いだろうが)。

 食べ物を作るプロセスが見えにくくなっている日本で、このプロジェクト見学のようにトータルで食を考える機会はないものだろうか。食品加工技術が人々の暮らしを豊かにすると実感させるような機会があれば、食の安全に対する意識も変わっていくような気もするのだが。(消費生活コンサルタント 森田満樹)