斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
リンゴのような果物類は収穫までの期間が半年以上かかる品種がある。その間に必要な“お守”作業は大変なものである。しかも地球温暖化の影響で平均気温が上昇し、収穫したリンゴを長期間保管しなければならない農家では、虫や病気に対してより一層苦労しそうだ。そんな中、「リンゴ農薬半減で成果発表」(2月27日付日本農業新聞)というまさに業務改善提案のような記事があった。リンゴの農薬を半減にしようという試みは東北各地で実施され、そこで得られた最新の研究、実証試験の成果は、農研機構プロジェクト「東北地域における農薬50%削減りんご栽培技術体系の確立」でも紹介されている。この“50%削減”というのは、特別栽培農産物を意識したものかもしれないが、農薬の開発や使用方法ばかりに課題を見つけるのではなく、散布相手の農産物自体をうまくコントロールすることもまた農薬の効果は倍増につながるというのは重要な考え方だ。
2月26日、福島市で農研機構・東北農業研究センター主催の「農薬50%削減りんご」成果発表会が開催された。リンゴの木は作業しやすいように低木化されているが、その中でもリンゴのワイ性台木で散布薬剤がかかりやすい樹形や、側枝などの工夫で作業時間が2割程度削減できた事例、リンゴとモモの共同防除を行うことで省力化できる事例などが紹介された。ほかの地域では、リンゴの生育後半で害虫を防除する方法の合理化やセイヨウナシとリンゴの共同防除、性フェロモンの共通防除における効率的な使用など、総合的取組みによる農薬削減の工夫が紹介されたと言う。農薬残留の観点からすると、生育後半の防除方法を合理化することは、特に大切な試みだと思っている。
また、農薬散布するスピードスプレーヤー(SS)ではドリフト(飛散)が常に大きな問題となっていて、ドリフトが原因と思われる微量残留も散見されている。しかし、SSも通常の散布ノズルと同様に、噴霧粒子の大きい低減ノズルを使用すれば、ドリフトが抑えられて効果的であるという発表もあった。まさに、IPM(総合防除)の中での農薬の効率的な使用が、結果として農薬50%削減に結び付くという、頭を使った良い取り組みである。
2004年、「無農薬」「減農薬」「無化学肥料」といった表示をやめる代わりに「特別栽培農産物(特栽)」というひとくくりの名称にして、ガイドラインが作成された。この特栽では、土を用いないで栽培されたものは対象外で、しかも環境負荷をできる限り低減した栽培方法が求められている。農薬などの使用については、その地域の慣行栽培と比べて5割以上削減したものが特栽として表示できるようになった。15%、30%はもちろん49%までの削減さえもアウトだ。ただし、BT剤(微生物が生産した殺虫成分)、天敵製剤(製剤とはいうものの、ハチやダニやテントウ虫といった生きた昆虫のこと)、天然由来物質(マシン油、除虫菊、炭酸水素ナトリウムもここに含まれる)、性フェロモン剤、微生物製剤などの農薬使用ならば表示は必要だが、削減の回数や量のカウントには含まれない。全てこれらの殺虫剤や殺菌剤などの農薬でまかなえれば、化学合成農薬は「栽培期間中不使用」という言葉で表示してもよいということになっている。育苗段階にポット苗などによって持ち込まれる培土に含まれる化学肥料(窒素成分)が不明な場合は、使用量に含めない「栽培期間中不使用」との解釈が可能だ。
私からすれば、「9割減」と「不使用」という表示は内容的にそれほど差がないと思うのだが、消費者にとっては金メダルと入賞くらいの違いがあるようだ。ひょっとしたら入賞もさせてもらえないかもしれない。ローカルな記事だが、2月25日の中日新聞に全農岐阜の特栽米での表示誤りについてのお詫びとお知らせが載っていた。概要は育苗段階で化学肥料を使用していたことが判明。表示の化学肥料(窒素成分)が「栽培期間中不使用」が誤りで、「当地比9割減」が正しいとのこと。どちらに転んでも5割を大きく超えるレベルでの話であり、特栽米には全く変わりはない。こういった報道ばかりでは、生産する側は金メダルや銀メダル争いのような努力をしているのだが、買う側では金メダルと入賞ぐらいに違うイメージを持ってしまうことになる。
近年バナナを除いて、カンキツなどの果物類は軒並み販売量を落としている。不況のご時世で厳しい生産環境の中、生産者は土や肥料にこだわり、おいしくて安全な商品を届けようと日夜努力している。農薬削減はおいしさには直接つながるわけではない上、適正な使用がなされていれば慣行であろうと不使用であろうと安全では大きな差はないだろう。しかし、安心のイメージは大きく異なっているのが現実である。
生産者の日々の努力の中、少しでも農薬削減を試みる。短期の栽培作物なら季節を選べばなんとか特栽ガイドライン表示ができるものができる。しかし、梅雨や夏をはさんだ長期間の物になるとすぐに農薬5割削減とは難しいだろう。チャレンジして失敗したらその年は主たる収入がなくなるからだ。そういう面では、農薬回数を慣行35回から24回以内に抑えた、環境に優しい長野県の農産物表示認証制度のように「化学肥料及び農薬の30%以上の低減のリンゴ」など、特栽へのロードマップがあれば取り組みしやすいかもしれない。消費者の信頼を得るために大切なのは、農薬削減の努力を見える形にして伝えることが第一歩となる。仕組みとは、厳しければいいというものではないのだ。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)