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斎藤くんの残留農薬分析

給食野菜用冷凍キヌサヤの基準違反から学ぶべきこと

斎藤 勲

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 福岡市の小学校の給食で使用した中国産冷凍キヌサヤ(未成熟エンドウ)から、ポジティブリストの施行により基準が設定された殺菌剤メタラキシル(リドミル)が基準0.05ppmの約6倍の0.29ppm検出されたとの報道があった。問題とされたのは、検査結果が出る前に献立に間に合わせるため教師児童約6万人が食べてしまったことだ。5月29日ポジティブリスト施行前の4月に中国から輸入されたものらしい。

 この基準違反については以下に述べる2つのことを念頭において見ていく必要がある。残留基準(今回の暫定基準)がどのように設定されたかと、検査結果が出る前に食べさせてしまったことである。

 メタラキシルは1984年に登録されたシンジェンタ ジャパンの浸透性殺菌剤である。急性経口毒性LD50 は雄のラット(ネズミ)で体重1kg当り1880mg(約1.9g)の投与で半数死ぬレベルで、毒性は低い。ADI(毎日食べたとしても大丈夫な量)は体重1kg当たり0.019mgである。体重30kg位の子供なら問題となったキヌサヤを2kg位毎日食べても健康影響はないでしょうという話だ。

 メタラキシルの基準は今回の暫定基準で設定されたもので、未成熟エンドウの基準はCodexの基準0.05ppmが採用された(基準の決め方で類型1-1と言う)。似たような作物では、未成熟インゲン、エダマメはCodexの基準がないので登録保留基準の2ppmが採用された(基準の決め方で類型3-1と言う)。未成熟エンドウも登録保留基準は同じ2ppmであった。Codexの基準は、すべての作物について定めているわけではないので、当てはまるもの、当てはまらないものといった分かれ道が出てくる。

 しかし、厚生労働省も最初は機械的に数値を当てはめていくわけだが、暫定基準案作成の段階で農薬メーカーの要望を受けて、Codexの基準ではなく作物残留試験の結果に基づき、登録保留基準が採用された作物もある。要するにCodexの基準が低過ぎるので日本の実態に合わせてもらったわけである。

 「上記以外の野菜」のCodex基準は0.05ppmであったが、タラノミ、ショウガ、クワイなどマイナー作物で登録申請がなされているので、登録保留基準2ppmを採用して欲しいと言う要望を受けて、40倍修正されたものもある(基準の決め方で類型1-2と言う)。

 未成熟エンドウはこういった設定場面で孤児になってしまったわけである。未成熟エンドウ、未成熟インゲン、エダマメは検疫所の検査などでも基準違反として引っかかりやすい、要するに農薬を散布すれば、「見るからに残るよねえ」と言う作物である。しかし、前から言っているが、決めた以上はどうであれ先ず守るしかない。不具合があればデータを示して直していくしかない。

 メタラキシルの検査は、検疫所では2005年の200項目検査の時に検査対象となっているが、国内的には5月29日までは残留基準が設定されていないので、今回のポジティブリスト制度対策として検査項目拡大の1つとしているところが多いであろう。

 今回の基準違反のような事例があると、今後は予防的に多種類の農薬検査を行ってから残留の有無を確認した上で流通させたり、調理することになるであろうが、「そんな危険なものを子供たちを含めて6万人に食べさせてしまったのか」と言われると、確かに福岡市教育委員会のように「大変申し訳ない」と陳謝するしかないだろう。

 報道によればポジティブリスト制度施行前の4月に中国から輸入された商品という。今の農薬検査は通常時間がかかるものである。それを見越して早めに検疫所が検査する(海外調達品で注意)項目はやっておけば良かったなあと担当者の方は思っているであろう。

 通常は農薬が残留する食品に巡り合う機会は多いが、違反に巡り合う機会は少ない。たまたま違反が見つかってもそのサンプルがどれほどその後ろに控える食品を代表するかは難しいのが現実である。頭を少し出した氷山もあれば、出していない氷山もある。だから、取り扱っている食品を定期的に検査する(モニタリング)ことが大切である。

 現在の輸入食品でべらぼうな濃度の農薬残留は少なく、一過性の摂取ならば大丈夫な状態が今の日本である。今回の基準違反で学ぶべきことは、学校給食の輸入食材の使用に当たっては、検査をするという限られたデータで安心するのではなく、相手生産地の農薬散布状況、栽培後の管理などをきちんと調査しトレースできる食品を調達することである。その仕組みがちゃんと動いているかを定期的に検査で検証するのが検査の本来の意味でありお金を掛けるだけの価値がある。

 ことほど左様に、基準違反、オイコラだけではすまないことが多いのである。もし、「キヌサヤ」が未成熟エンドウではなく、基準が2ppmの未成熟インゲン「キヌサヤいんげん」なるものであれば、違反ではなく皆さん気にせず食べているわけだから。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)