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斎藤くんの残留農薬分析

串の2−クロロエタノールに見る「あちら立てればこちらが立たず」

斎藤 勲

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 11月30日、プリマハムから「串を使用した『串刺し商品』の一部から2−クロロエタノールが検出されたので自主回収します」とのニュースリリースがあった。さらにその下には、「この化合物はエチレンと次亜塩素酸から製造されるもので、塗料、洗浄剤、農薬全般、医薬などに利用されています」との注釈もついている。その後12月4日にトーチクハム、12月6日に十勝大福本舗、12月10日に伊藤ハムも串製品の回収を行っている。原因は竹串の殺菌に使用したエイレンオキサイドが何かと反応してこの物質が生成したらしい。詳細はまだ不明であるが、思わぬことが起こるものである。

 今回の事件の発端は、コンビニでプリマの串製品を購入した消費者からの「においがおかしい」という問い合わせだった。その調査の中で2-クロロエタノールが検出された。この化合物は、通常の品質管理検査では行わない項目である。とはいえ、今回の自主回収報道の中で、串から検出された2-クロロエタノールの濃度がほとんど触れられていないし、新聞報道もそういった自主回収をしているといった内容ばかりで、どれ位の濃度かわからないとリスクの判断もできない。そういった情報こそメーカーから聞き出してきて報道してほしいものだ。

 さらに、最初のプリマのニュースリリースにあった「2-クロロエタノールはエチレンと次亜塩素酸から製造されるもので、塗料、洗浄剤、農薬全般、医薬などに利用されています」との注釈もあまり良くない。それだとまるで塗料や洗浄剤、農薬、医薬などに使用される物質が食品に混入したと誤解されても仕方ないだろう。分類でいえば劇物であるが、幸いなことに私たちが食べる部分には残留していないか、あっても微量のようだ。

 現状ではどこの食品メーカーも、中国産の竹を加工して製造したものを使用していたらしい。そのメーカーの串は、ささくれが起きない技術を持ち、国内でもかなりのシェアを持つという。ささくれが起きないというのは、食品資材としてトラブルにつながらない大事な条件だ。“中国”と少しでもつくと「中国産はやっぱり毒入り」というような表現をしているブログもあるが、食品メーカーがこの竹串を使用していたのは、価格だけでなくそれなりの技術を持っている商品だったからだろう。

 このようにエチレンオキサイドを竹串の殺菌に使用した結果、何らかの反応が起きて発生したと考えるのが妥当だ。医療用具などの滅菌などで広く使用されているエチレンオキサイドも、食品の殺菌に使うことは禁止されているが、外国での香辛料の調査事例では2-クロロエタノールの残留は5ppmを超えるものは25サンプル中2件という調査結果がある。東京都健康安全センターの健康食品の調査では検出限界以下と通常では高いものは見られない。しかし、塩素の供給源さえあれば2−クロロエタノールは出来ておかしくない化合物である。今回の竹串は数十ppm程度の残留やもっと高濃度のものもあるとの情報もあるが、原因も含めてどうしてこうした事件が起きてしまったのかは情報としてきちんと発信してほしい。エチレンオキサイドによる殺菌という、衛生管理上大切な工程でのアクシデントであるから。

 今回のように、衛生管理の面から考えて良かれと思ってやっている操作が意外な副作用をもたらす事例として、2003年ごろに発生した事例で、コンビニ弁当からフタル酸エステル(DEHP)が高濃度で検出されたことがあった。(詳細は津村ゆかりさんのHP参照)調査した結果、食堂やレストランでの定食にはそれほどの濃度はなかった。

 それもそのはず、原因は全く思いがけない所にあったのだ。衛生管理の生き届いた厨房で真っ白な上下の服を着た従業員が丁寧にお弁当を作っているが、塩ビの手袋をはめ、丁寧に消毒用アルコールで消毒して食材を手で詰めていく。その際、塩ビの手袋の可塑剤DEHPが溶出して食材に付着していた。特に消毒用エタノールは当時、腸管出血性大腸菌O-157 が流行していたために徹底して使用されるようになり、使用頻度が上がれば衛生管理レベルは当然上がるが、その分DEHPも余計に付着するという事態となっていた。

 その結果、厚生労働省はフタル酸エステルを使用した塩ビ手袋を食品製造で使用することを規制した。翌年のコンビニ弁当の検査データは劇的に改善されていた。串のエチレンオキサイドもそうだが、一面だけ見て対処していると意外なところに落とし穴があるという好事例だろう。

 ある予防策をとったことで副次的なリスクが発生するというのは、実はよくあることだ。例えば、DDTの使用禁止とマラリア患者の増大の問題などはよく引き合いに出される。 9月17日のコラムでも触れたが、80年代、白アリ防除に広く使用されたクロルデンが環境汚染や発がん性の疑いから使用できなくなり、ある程度残効性のある有機リン剤クロルピリホスに変わった。その時に、非処理家屋のリスクはほとんど0になったが、一方で防除従事者のリスクは7倍くらいに増加したなどのリスクベネフィットを産業技術総合研究所の蒲生昌志氏が報告している。こうした問題を議論するためにリスクトレードオフ分析という手法もあるが、そもそも異なるタイプのリスクが想定できていないとそのバランスも取れない。

 今回の串から検出された2-クロロエタノールの問題で大量の食肉製品などが廃棄されている。ほかにも、昨年10月に伊藤ハムで、水道水基準の2倍のシアン化合物が検出された水道水を使用していたとして、シアン化合物など何も残っていないソーセージなどを大量に回収廃棄した事例もあった。食品にかかわる回収廃棄問題も様々な事例を積み重ねながら、いろいろな問題が発生した際には適切に対応できる情報を共有し改善していきたい。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)