斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
2009年3月31日、農林水産省より昨年度の「平成19年度国内農産物における農薬の使用状況及び残留状況調査結果について」が出された。 新聞ではあまり報道されないが、この調査は4741戸の販売農家が生産した国内農産物の農薬使用状況、残留状況を調査したものだ。調査結果によれば、農薬の不適正使用も03年度(平成15年度の調査結果)は2.1%だったが昨年度は0.3%と減少、食品衛生法の基準違反は2件で0.09%と、農薬適正使用の意識の高まりが評価されている。
地方農政事務所などが農産物販売農家4741戸を対象として、農薬使用状況など記入簿を配布し、農産物の出荷時期に農薬使用記録簿を回収、集計確認した。そして、販売農家数を勘案しながら、資料の提供及び残留農薬の調査実施に了解を得られた農家が生産した出荷段階の農産物2087点(20作物、平均各作物100点、多いものは150点くらい)の残留農薬を分析した。
適正に管理された農産物の調査なので、食品衛生法に基づいて保健所等が実施する、市場流通品(スーパーや市場などで販売されている食品)の検査は基準違反などが少ない。言っては悪いが、残留農薬検査より当然少ないだろう。(注:農産物は農林水産省の管轄。食品、つまり販売されている農産物は厚生労働省の管轄)
分析は農林水産省消費安全局の仕事なので、農林水産消費安全技術センター(FAMIC)で、厚生労働省の通知法(一斉分析法・個別分析法)を一部修正した方法を使って行われる。農薬ごとに残留基準値の10分の1以下がわかる分析感度で、代表的な作物と農薬の組み合わせで添加回収試験を行い、回収率が70〜120%の範囲に入ることを確認して行ったと書いてある。
言葉で書くと簡単だが、145農薬について日常的に行う精度管理と並行して実態調査を行っていく。しかも、それなりの分析感度を保ちながら、70から120という数値の間の回収率を意識しつつ分析を行っていくのは大変な作業である。70から120%と聞くと、「なんていい加減な」と思われる方もあるだろうが、分析している者からすると、微量分析で併行試験を行いながら分析することを考えると結構しんどいものがある。
個人的にはモニタリングは、本来あるべき数値から何倍も外れるのはいかがなものかと思うが、適当な精度とサンプル数を増やして、重箱の隅の米粒を論ずるよりも全体像をつかむのだという大きな視点からモニタリングは行ったほうが、消費者からすれば有益だし全体的な経費削減になる。精度管理のための残留分析になっている部分もあるので、モニタリングの本来の目的を頭の片隅に忘れないようにしたい。
本筋に戻るが、4741戸の農家での農薬使用の調査では、不適正使用のあった農家は15件(0.3%)と、03年の2.1%よりかなり改善されており、農薬使用の意識の高まりを評価している。15件の内訳は、使用してはいけない作物に誤って使用した事例が3件、使用量・希釈倍数を間違えた事例が4件、誤った時期に使用した事例が5件、使用回数を誤った事例が4件である。全部で49291回、農薬を使用した中での回数だから本当に少ない。少しでも適正使用の意識があれば殆ど誤りはおきないということだろうか。
基準違反の2例はニラのトリアジメノール1ppm(商品名バイレトンの代謝物、基準0.5ppm)とミズナのトリフルラリン0.09ppm(商品名トレファノサイド、基準0.05ppm)である。健康影響については、通常の食べ方ならばADI(一日摂取許容量)と比べても大丈夫とのこと。(本当はARfD(急性参照用量)と比べる方が良いが。) しかし、生産段階での農薬使用状況を調査したところ、使用規準を遵守し適正に使用されていたことが確認されたという。どうしてそのようなことが起きるのだろうか。原因として、両者とも土壌残留性が長く、土壌に残留した農薬を生育中に吸収したため基準値を超過したと推定している。
この土壌残留は、作物中農薬残留量を判定する上で結構困る問題を抱えているのである。残留基準は基本的に作物残留試験の数値を基に、摂取量との組み合わせがADIに収まるように調整してある。だが、この数値は、作物に農薬を直接使用した場合を想定したもので、前作で使用して土の中に残っているものなど想定していないのである。 報道される違反事例などを見ていると、土壌残留が影響しているのではという事例も一部見られる。そのあたりは、当然健康影響を評価した上で、生産現場の実態を反映した基準の修正も必要となるであろう。
今回の報告ではいろいろ貴重な情報がある。 農薬の使用回数は、20種類の代表的農産物を調査対象としているが、リンゴで平均30.6回、モモで23回、ブドウで15.7回、イチゴで21.9回、トマトで13.4回、キュウリで13.8回、白菜・キャベツで10回程度、ホウレンソウ・サヤインゲンで3回程度と言われ、リンゴのように半年間くらいかかって育てるものは使用回数が多い。当然ながら、果実類は検出頻度が高くなる。 残留量はというと、基準に対して平均値で10分の1以下、最高値でも基準の10分の1を超えないものが多く、いかに適正使用することが基準に対するトラブルを起こさないために大切かを物語っている。
世の中、一律基準の0.01ppmが0.02ppm検出されると「2倍も出た!」と報道するぐらいならば、こういった結果報告の特集号でも組んでほしいものである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)