斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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5月9日、厚生労働省食品安全部監視安全課から中国産鶏肉およびその加工品とエチオピア産生鮮コーヒー豆に、食品衛生法第26条第3項に基づく検査命令の実施が通告された。中国産鶏肉からは、ニトロフラン系合成抗菌剤フラルタドン(代謝物はAMOZ)が0.002、0.005ppm(基準は不検出)、エチオピア産生鮮コーヒー豆からは、分析屋としては懐かしいγ-BHC0.003ppm〜0.231ppm(基準は0.002ppm)、クロルデン0.02ppm〜0.03ppm(一律基準0.01ppm、日本では以前シロアリ防除の薬剤としてよく使用され環境汚染の一因ともなった)、ヘプタクロル0.04ppm〜0.14ppm(一律基準0.01ppm、昨年も北海道のカボチャで問題となったが、残留物質は代謝物のヘプタクロルエポキサイド?)が2回以上検出されたことによる。
ニトロフラン類の一種であるフラルタドンは評価する情報が少ないため、国際機関などでADIが設定されていない。そのため、基本となる数字がないので基準値が決められない。そこで「不検出」基準となっている。ニトロフラン類の多くが発がん性を疑われるか、否定できないという評価の中、必要な情報が得られるまでADIを設定することは適切でないと判断されている。
ニトロフラン系というと「トフロン」という商品名で販売されていた食品添加物フリルフラマイド(AF2)が思い出される。国内メーカーが開発した添加物で、1965年から9年間くらい非常に殺菌性が強い殺菌剤として、日本で豆腐やソーセージ等に使用された。あの当時の豆腐は少し黄色っぽい水に浸かっていた感じがしたが、ニトロフリル基などを持つAF2の色だったのだろうか。
しかし、1973年の国立遺伝研などの研究で、化合物による細菌の染色体異常による突然変異の発生率をみる試験Amesテストにより、明らかに強い変異原性があることが報告され、高濃度投与ではマウスやラットで前胃に腫瘍発生するなど、大きな議論となり、翌年74年に添加物から削除された。当時は変異原性試験が簡便で発がん物質のスクリーニング的に使われており、強い変異原性イコール強い発がん性というイメージでとられていた。リスクではなく、いわゆるハザードが強調される傾向にあった。このフリルフラマイドもそうだが、現在は強い変異原性が強い発がん性を持つともいえない化合物も存在することが分かってきており、評価が難しい。研究結果は冷静に対応したほうが良いということだろう。
エチオピアは国土の12%が耕地で森林や牧草地があり、数十万頭の牛が放牧されているという。インドのナンのようにして食べる主食の原料のテフという雑穀の栽培が最も多く、ムギ、メイズ、ソルガムなどの穀類と輸出産業のコーヒー栽培が盛んであるという。バッタや虫類の防除には殺虫剤が使われ、以前は塩素系農薬ディルドリン、BHCやメチルパラチオンなどの現在使用禁止農薬が使われていたが、現在はフェニトロチオン、クロルピリホス、フィプロニル、カルボスルホン、シハロトリンなどが使用されている(「日本農薬学会誌」31巻219ページ、2006より)。
γ-BHC(リンデン)は、活性成分γ体だけを合成したものであるが、日本ではα、β、γ、δの4異性体の混合物が使われたため、活性成分以外の異性体で残留性のあるβ-BHCなどが牛乳や畜産物への残留が問題となった。リンデンのようにγ体だけの製剤ならば、残留状況もまた異なっていたので、日本におけるBHCの残留問題はまた違った展開をしたかもしれない。
従来日本では4つの異性体の総和のBHCとして多くの作物や乳等に0.2ppmという基準が採用されていたが、今回のポジティブリスト制度でγ-BHC(リンデン)が新たに暫定基準として設定され、γ-BHCだけが検出された場合はγ-BHC(リンデン)の基準を適用し、それ以外の異性体が出る場合は、従来からのBHCを使うという変則となっている。
ダイズでは総和のBHCでは0.2ppmだが、γ-BHCでは1ppmと単体のほうが基準が5倍緩いことになる。キャベツなどの葉物では10倍違う。その割には、γ-BHCはサトウキビとコーヒーだけは0.002ppmとほかの基準より際立って低く、今回運悪く(?)この低い基準を超えたということである。検査命令の本文には、親切に「この違反のコーヒー豆を毎日1.3kg摂取しても一日摂取許容量を超えない」と説明してある。
もうそろそろ、こういった説明は止めにする時期にきたのではないだろうか。そもそも論として、規格基準は安全性、健康影響とははるかに離れたレベルで設定されているのである。ひとえに決めたこと、約束事はお互いに守りましょうや、ということが基本原則であって、それを守らないとせっかく決めてきている仕組みが少しずつ崩壊してしまうので、皆で仕組みを守る、結果として安全を担保するということではないだろうか。
そういう面では、法律文の中の言葉の定義も問題となる。一律基準の0.01ppmがヒトの健康に影響を与えない量としてという表現があり、それを超えるとすぐ健康に影響があるようにとる人がいる。また、残留基準をちょっと超えて違反となり、摂取量の計算から急性指針値ARfDを少し超える量となると、健康に悪い影響が出ますという表現になるのも過敏過ぎるきらいがある。
もっと練習の機会が必要であるが、繰り返し繰り返し「転ばぬ先の杖」をつき、現在の決めた基準を先ず守れる仕組みを作ること、それが安心できる仕組みづくりの第1歩であることを認識して、粛々と対応できるようにしていきたい。一律基準違反をすぐに捨てれば良いというのはまた別の話であるが。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)