斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
皆さんは「農薬」という言葉を聞いて、どんなイメージを持たれるだろうか。「農薬は虫を殺すのだから、毒性のあるもの。だから食物に残留してはいけない」というのが一般的なところと思うが、日々、残留農薬の検査データを見ている者としては、すべての農薬を十把一絡げにして画一的なイメージで捉えることに多少の抵抗がある。
農薬取締法の定義によれば、農薬とは「樹木を含む農作物を害する菌、ウイルス、虫、その他の動植物の防除、成長促進、発芽抑制に用いる天敵を含む薬剤」とある。つまり非常に幅広い薬剤が「農薬」という1つの言葉の中に括られているのだ。
例えば過去を振り返れば、有機水銀剤やヒ素と鉛剤など、いかにも毒性があり、「よく効くだろうなぁ」というものが使われていた。その後、主流となった(レイチェル・カーソンの「沈黙の春」で叩かれた)DDTなど有機塩素系農薬、BHC、ディルドリンなどは、残効性があり、それゆえ今では環境汚染の代表化合物として知られる。
ディルドリンは1973年に農薬としては登録失効したが、2〜3年前、近郊農業で栽培されるキュウリから検出されて大騒ぎになった。キュウリは土壌残留物を吸収しやすく、過去に使われて土壌に蓄積していたディルドリンを吸収していたのだ。ディルドリンは農薬として登録失効した後も、1980年頃までは家屋の床下などのシロアリ防除剤としては利用が認められていた。法律が違うと使用できるのだ。
1952年に登録された有機リン剤パラチオン(ホリドール)も1971年に登録失効となった。有機リン剤パラチオンは、イネに付くニカメイチュウなどによく効くことから、広く使われたが、散布者の中毒、死亡事例が発生したことから問題となった。同年にはこのほか、DDT、BHCといった“大物”も討ち死にしている。
皆さんが「農薬」と聞いてイメージする化合物の大半は、こうした、今では使用禁止になっている(環境汚染や毒性の代表として上げられる)ものなのではないだろうか。なぜなら、実は今ある農薬の大半は、昔の農薬と比べれば毒性、代謝、環境動態どれをとっても同じ「農薬」という言葉では括れないほど“安全”性が高い代物だからだ。
例えば日常的に残留農薬の検査をしていて、よく検出される農薬の1つにイプロジオンがある。しかし、「よく検出される」といっても、検査センターで3000検体を検査して119例出る程度。残留レベルも、トマト、ピーマン、ナス、ブドウ、サクランボ、リンゴなどから0.1ppm検出されるか否かという程度で低い。
ではこの0.1ppmというのは、どの程度の危険性をはらむものなのか。イプロジオンの急性毒性を示す半数致死濃度は2g/体重kg以上とされる。1日摂取許容量(ADI)は0.2mg/体重kgであり、体重50kgの人なら10mg毎日摂取しても問題はないという化合物である。つまり、0.1ppmの食品なら毎日100kg食べても大丈夫…という話だ。ブドウやリンゴなどについては皮をむいて食べれば更に何をか言わんや、である。
柑橘類から検出されることがある、有機リン系殺虫剤のメチダチオンはADIが0.004mg/体重kgと、イプロジオンよりも厳しい。検出されるレベルは0.1ppmちょっとというところか。体重50kgの人なら、毎日1〜2kgまでの摂取であれば問題ないという計算になる。しかし、柑橘類は通常農薬が残っている皮をむいて食べるので、実際には毎日10〜20kgまで摂取しても大丈夫と考えられる。よしんば農薬が残留した皮でマーマレードを作っても、ゆでこぼしの操作で3分の1以下に減る。よくできているものだ。
このように、実際の検出事例と検出レベルをグループに分けて日常の食生活に当てはめて考えてみると、漠然と不安に思っていることが「なんだ、別に心配することはないんだ」と、納得させられる事が多い。細やかに検討することで問題点が明らかになる、という側面もある。言葉の持つイメージに踊らされず、情報を緻密に検討する意識を持ちたいと考えている。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)