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成熟した論旨だがまだ理解されない〜英国王立協会報告書

宗谷 敏

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 2009年10月21日、英国の王立協会(The Royal Society) は、「利益を確保するために:科学と世界的農業の持続可能な強化」(Reaping the benefits: Science and the sustainable intensification of global agriculture)と題された報告と提言 をリリースした。英国学士院(アカデミー)として最高峰に位置する王立協会の科学者たちは、なにを、どのように訴えたのか?

 国際食糧農業機関(FAO)などによれば、現在でさえ世界の人口60億人のうちサハラ以南のアフリカと南アジアを中心に約10億人が飢えに苦しんでいるのに、2050年には人口が91億人に達する。これらの人々を食べさせていくために世界の食糧生産は、第二の「緑の革命」によって、少なくとも50パーセント増やされなければならない。農業生産がこれらの要求を満たすためには、短期的、長期的なさまざまな対策が緊急に採用されなければならないだろう。
 60年代の最初の「緑の革命」は、種子改良と農薬使用により農業生産を劇的な増加に導いた(61年の18.4億tから2007年の43.8億tへ)が、反面大きな環境への負荷やコストを伴ったことも認めざるをえない。従って、第二「緑の革命」は、耕地面積のこれ以上の拡大(つまり環境破壊)なしに、食糧生産の持続可能的な増加を導く方策に基づかなければならない。

 以上を前提として、ではこれらの解決に当たり科学技術になにができるかを論じたのが、この王立協会報告書である。この「大きな挑戦課題」のためには、クロップ・ローテーション(連作障害を防ぐ輪作)のような伝統的農業技法とGMも含む最近の科学的進歩とを組み合わせて、総動員していかなければならないだろうと報告書は主張する。

 報告書を纏めた研究グループの座長を務めたケンブリッジ大学教授David Baulcombe卿は「食糧不足を食い止めるために我々は直ちに行動する必要があり、5年や10年待ったなら手遅れになるかもしれません。生物学は最近の10年で飛躍的に進歩しましたが、英国の科学者たちは食用作物に関係する分野では常に先頭を切ってきました。

 英国は、増加している(世界の)人口を食べさせるために、実行可能な科学的解決策を出せる可能性を持ち、我々にはこの可能性を理解する責任があります。これらを確実なものとするための政策措置と科学への公的資金の供給には、明確な必要性があるのです」とコメントする。

 王立協会報告書は、農作物を改善する科学と持続可能な農作物マネージメントの研究プログラムに対し、最低でも毎年2億ポンド(300億円)、10年で総額20億ポンドの政府予算投入を求めた。この「大きな挑戦課題」研究プログラムは、政府系研究助成機関である英国研究評議会(Research Councils UK:RCUK) によって開発主導され、すべての研究評議会、技術戦略局、国際開発省(DFID)、環境・食糧・農村地域省(DEFRA)などを巻き込む。

 研究プログラムは、反収を増やし環境影響を最小にする農作物マネージメントの新しい方法の調査を含めて、近年なおざりにされてきた研究エリアをサポートすべきであり、従来の育種法と遺伝子組み換えの双方によって改善された品種開発をサポートするべきであると述べる。

 同時にGMに対するフランケンシュタイン食品アレルギーは克服されなければならないとやんわり注文しているのだが、英国の一部メディアは、ここらだけをフレームアップしてしまうから、相変わらずGMOは世間的にトリックスターの位置に置かれ続ける。魔法の「銀の銃弾」でもなければ、フランケンシュタイン食品でもないという当たり前の主張が市民権を得ることはなかなか難しい。

 GN反対派ロビーにいたっては、王立協会報告書を「危険思想」だと決めつけ(Friends of the Earth)、GMは唯一の回答ではないと王立協会が認めたと揚げ足を取り、果ては08年4月のIAASTD報告書 と異なるなどと騒ぎ立てる。

 筆者は、この報告書について英国が画策してきたGM推進政策 の科学面からのアプローチにおける仕上げ部分に相当するものだと感じるが、GMを使用可能なツールの「一部である」と本来あるべき場所に明確に位置にづけたことに論旨の成熟を感じる。

 在来の除草剤耐性、害虫抵抗性GMについて、途上国への技術移転に当たっては個別の評価が必要であるのは当然であり、むしろGMへの期待は今後の中期(9〜16年先)に本格登場するだろう干ばつ、塩分、気温上昇耐性や有毒な重金属除去などの環境ストレス耐性に向けられている点も納得できる。

 また、年間2億ポンドの予算請求(既存予算からの実増分は5千万ポンドに留まるから、我が国の新政権がいじりまわしている国家予算額から比べたらむしろつましい)により、旧宗主国への救済責任は措いても、世界を見据えた食糧安全保障対策を表向き打ち出す一方で、沈滞気味の大学(農学)研究部門にも研究費が流れ、活性化や雇用創出に繋がる可能性も無視しえない。論争をいとわず声を上げる勇気にも感心するが、英国では学者のソロバンもなかなかのものらしい。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)