GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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2009年9月8日、EUのRapid Alert System for Food and Feed (RASFF)にドイツの民間企業が公表したReference 2009.1171 が、波紋を広めている。ベルギー経由カナダ産アマニ種子が用いられた穀物製品とパンから、EU未承認のGM種子FP967(CDC Triffid遺伝子組み換えアマニ)が発見されたというのだ。ドイツでは市場流通した可能性もあるが、FP967とその製品に健康リスクはない。
先ず、一般商品知識から。アマ科植物の一年生植物アマニ(FlaxseedまたはLinseed)の世界生産量は200万〜300万トンで、カナダが1/3〜1/2を占める。量的にはマイナー作物だが、歴史的には高級繊維(亜麻布)原料として知られる。ヨーロッパでは食品用としても普及し、特にドイツでは年間6万t以上がパンやシリアルに利用されている。
種子に30〜40%含まれるアマ二油は、乾性油の性質を利用して塗料・油絵の具に用いられてきた。不飽和脂肪酸に富むアマ二油の約50%はα-リノレン酸であり、最近のオメガ3系油脂ブームから健康食品としても注目を集め、西欧や日本でも愛好者を増やしている。また、家禽の飼料添加物としても利用される。つまり、種子・製品とも、工業用・食品用・飼料用にと、変幻自在に利用される人気の多目的植物なのだ。
次にFP967について。カナダSaskatchewan大学作物開発センターが、アグロバクテリウム法により開発したトリアスルフロンやメトスルフロンメチルなどスルホニル尿素系除草剤に耐性を持つGMアマニである。
規制関係では、カナダでは96年5月に環境と飼料、 98年2月に食品安全性が承認され、米国でも98年5月に食品・飼料、99年5月に環境安全性審査をクリアしている。OECDのUnique Identifier Code とAgbios GM Database、(http://www.agbios.com/dbase.php?action=ShowProd&data=FP967)などにより、これらは確認できる。
88から02年まで、Saskatchewan大学では累計198のFP967圃場栽培試験が成功裡に行われてきた。北米ではフル・アプル−バルを獲得しているのにもかかわらず、過去・現在ともカナダにおいてFP967の商業栽培が行われたという公式記録は見当たらない。
GMOに神経質なEU向けアマニ輸出が阻害されることを恐れた業界が、カナダアマニ協会(The Flax Council of Canada)を中心に、政府に激しく陳情して01年からの栽培を禁止させてしまったからだ。
全体のパイが小さいマイナー作物だから、EU市場の喪失は、カナダアマニ産業の崩壊につながるだろうという業界の認識は正しいのだろう。試験栽培されたFP967は、全量がカナダ国内で搾油され、消費された(ハズだ)。種子も一般流通ラインに混入しないように注意深く取り除かれていった(ハズだ)。
カナダ統計局の予測では、09-10年産カナダアマニの生産量は91万500t。EU向けには毎年1/2〜1/3に相当する50〜70万tが輸出されてきた。実は、RASFF公表に先立ち、9月初めからカナダのアマニ業界はざわついていた。EU未承認GMOの発見と、EUが輸入禁止になるのではという噂が業界内に流れ、市場価格の下落や一部穀物エレベータによる受け取り拒否が起きていたのだ。
速報性に重きを置くRASFF情報はドイツ私企業による検査結果のみであり、既に情報交換を開始しているであろうEU、カナダ両政府や、公的機関からのリリースやコメントは、9月13日現在見当たらない。
カナダの業界では、ドイツの検査結果はほかのGMOにも使われている汎用性のあるマーカー遺伝子を引っかけただけのようなので、他作物の混入(ナタネが最も疑われるだろう)や、過敏なPCR検査によるフォールス・ポジティブの可能性もまだ疑っているようだ。従って、この段階におけるこれ以上の推測や速断を筆者も控えたい。
ところで、こちらも気になる我が国のアマニ(油)関連事情にも少し触れておこう。08年の輸入量は種子約1万2000t、油8000t、粕約500tであり、殆どはカナダからだ。国産アマニは、食品用に北海道で少量生産され、製品油は健康食品市場で高額で販売されている。しかし、アマニ油の国内用途の大部分は工業用で、食品用はまだわずからしい(カナダ産原料由来でも百数十t程度しかないのではないかという推測もある)。
アマニ種子と油の大手輸入者は5〜6社だが、健康食品としての花盛りの食用アマニ油ネット通販などを見れば、規模はともあれ相当数の製品輸入者が存在しているのだろう。実際の食用アマニ油流通量に比べ、食品輸入届の提出数量が多いようだが、これはおそらく以下の事情によるものだろう。
アマニの搾油工場は国内に3社あり、いずれも食品用油脂製造工場である。08年9月から食品原料のアマニやアンズ、ウメなどには、天然に含まれるシアン化合物に10ppm以下の管理基準(自主検査)が義務づけられている。
このため、消費者イメージやラインでの混入リスクを嫌った製造者が工業用原料でも敢えて食品用として輸入しているのではないだろうか。一方、工業用アマニ油の一般向け一部販売キャッチコピーにも「食品用にも使われている安心・安全な油です」などと謳われており、製販双方の特殊事情があるようにも思える。
仮にEUでのFP967混入が確認されたとして、今後の規制であるが、食品衛生法では未承認GMOはゼロトレランスなので、FP967のPCR検査法が確認され次第、厚労省は食品輸入届が提出されたアマ二種子に対しFP967の定性分析をモニタリング検査項目に追加するだろう。FP967が発見されれば、廃棄・積み戻し処分になる。農水省も、カルタヘナ法に基づき国内既存植物との交雑の可能性を調べて、リスク管理するだろう。
PCR検査が100%確実とはされないアマニ油や工業用アマニ種子・油の輸入についてはどうなるのだろう?仮に食品・飼料不適の場合、工業用転用は許されるのか?工業製品の塗料を所管する経産省が、乗り出してくるのか?このあたりは、全く初めてのケースなので、どのような規制が行われるのか興味深い。
ところで、国内食用アマ二油販売の70%程度は、某大手食品企業が扱っており、この騒ぎに乗じてGreenpeaceなどが格好のターゲットとすることも懸念される。幸いにも、このメーカーのアマニ油は、全量が交雑育種で開発された特殊なアマニ品種から生産されている。種子の段階から契約栽培され、流通も厳格なIPハンドリングが適用されているのだ。もちろん、場合によっては今後科学的エビデンスも必要だろうが、FP967の混入はまず考えられない。
カナダ側がFP967の安全性承認を申請するというシナリオもありうるが、その場合、誰が申請主体となるのかが問題だろう。今回、大手開発メーカーはからんでおらず、Saskatchewan大学にそのパフォーマンスはない。長年にわたるGMパパイヤの苦闘ぶりからも明らかなように、日本のGMO承認制度は日本国内に支社を持たない申請者にとっては、現実的に実行不可能な敷居が高い制度なのだ。また、この場合でもEUへの申請が優先されるだろう。
FP967には、本来健康リスクがないし、関連企業も日本の規制に添ったコンプライアンスを徹底させていく努力を払うだろう。Greenpeaceなどは、よく情報収集して、いたずらに一般消費者の不安を煽るような風評被害を招く企業イジメは自重してもらいたいし、一般メディアも尻馬に乗って騒ぎ立てて欲しくない。
カナダは、時々GMO管理で失敗もするが、総じて日本にとっては信頼性が高い、重要な農産物輸出国である。アマニは、ダイズやトウモロコシとは異なるマイナーな市場だが、これで生きている人たちもいる。事態が現実にせよ、風評にせよ、そのほとんどは悪意のない「被害者」である。カナダ・日本両国政府が協力して、消費者の不安感や市場の混乱を回避するために、透明性の高い的確な情報提供が行われていくことを筆者は希望する。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)