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飼料についての虚しい検証を試みる〜ロシアのRat Study再び(1)

宗谷 敏

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 来日したロシアのIrina Ermakova博士の論文(論文の体をなしてはいないと筆者は思うが)と全国展開中の博士の講演会(時間が余っても質疑応答をしない逃げの講演会ってあり?)の問題点といかがわしさは、先週の松永和紀氏の緊急告発レポート(参考記事1、2)で完全に曝露されている。にもかかわらず、まだ騙されるメディアや、この論文を支持する方たちがいるのは不思議である。

 まあ、TVの恥はかき捨てらしいから責めても仕方ないが、7月5日九州朝日放送と6日大阪朝日放送の関連報道は目を覆いたくなる酷さだった。一言だけ言わせて頂ければ、北朝鮮の拉致被害者死亡公表を疑い検証しようとする情熱の千分、万分の一でいいから、ロシアのネズミの死因にも注意を払って頂きたかった。

 しかし、これが関西地方版とはいえ天下の毎日新聞となると事態は深刻である。書いた記者はなんと科学部所属だそうだが、ロシア文学部の誤報ではないかと疑った人もいた。単に付属機関に所属するだけの一職員である博士の作文を、いかにもロシア科学アカデミーからの公式発表だと誤読させるリードの手法は、確信犯の臭いふんぷんである。記者自ら申告して、社の記事データベースからも落とすべきだろう。

(この記事は、毎日新聞社の有料記事検索データベースでしか現在読めません。)
TITLE: 遺伝子組み換え大豆 子ラット6割死ぬ 胎内、生後に摂取 ロシア科学アカデミー
SOURCE: 毎日新聞関西版 by 河内敏康
DATE: July 6, 2006

 さて、博士の論文に対し筆者が個人的に抱く疑問点は、用いた飼料の部分である。いろいろな研究者の方が既に指摘しており、屋上屋を積むが筆者なりの考察と推論を述べさせて頂く。但し、博士から全ての情報が開示されていないし、発言も右往左往するので、決して合わない虫食い算のようなもどかしさを感じる作業である。

 博士の使用した飼料は、(1)GMダイズ(オランダADM社供給)、(2)在来ダイズ品種(Arcon SJ 91-330、GMダイズと組成・栄養価が類似(オランダADM社供給)、(3)GMダイズから分離されたたんぱく質(米国産 ADM社)の3種類だという。

 (1)については、福岡での松永和紀氏の質問に対し、「自分はすべてロシアのミートファクトリーから粉の状態で購入した。加熱は自分ではしていないが、ミートファクトリーで加熱してあるかどうか知らない」と回答している。標準品ではない市販品を、一民間企業から購入して使用した時点で、普通の科学者なら先を読む意欲を失う。

 (2)に関しては、2005年10月にロシアで初出の“Influence of Genetically Modified-SOYA on the Birth-Weight and Survival of Rat Pups:Preliminary Study”の論文中MATERIALS AND METHODS(実験材料及び方法)の飼料およびその成分の項目に、Since we had no access to the exact parent line, we bought a traditional (Trad) soya variety (Arcon SJ 91-330, ADM), which had a similar composition and nutritional value to the RR-soya, was bought from the Netherlands. とある。

 「GMダイズの系統品種を入手できなかったので、在来種のダイズ品種 (Arcon SJ 91-330, ADM)をオランダから購入した。これはGMダイズと同等の成分及び栄養価を持つものである。」と言っている。だが、後述する通りこれはデタラメである。

 同じダイズ種子(丸ダイズ)を原料とする(1)ダイズ粉(Soy Flour)も、(2)ダイズたんぱく(Soy Protein)も、製造者の目的に応じて、豆乳、菓子や畜肉製品、健康食品などの加工食品へ原料または添加物として一般に利用されている。

 双方の違いは何か?一般に、(1)のダイズ粉というのは、ダイズ種子の表皮を除き、粉砕したものである。生ダイズ本来の毒性(レクチンやトリプシンインヒビター)は残るので、食す前に加熱により失活させる必要がある。ダイズたんぱくの変成覚悟で、加熱してから販売するダイズ粉もあるから、一概に非加熱とは言えない。また、生ダイズをあらかじめ炒ってから粉に処理すれば、お馴染みの黄粉になる。

 一方、(2)のダイズたんぱくとは、ダイズ種子から先に油分を抽出してしまった脱脂ダイズ(ダイズ粕)から、たんぱく分を濃縮あるいは分離した製品である。ダイズ本来のたんぱくを変成させないよう低温処理がされる(加熱されない)が、濃縮の場合はアルコール洗浄、分離の場合は酸沈殿などの化学処理により、可溶性である上述の生ダイズ本来の毒性はほとんど除去される。

 (3)のたんぱく質分離GMダイズが何を意味するか、筆者にもよく分からない。通常90%たんぱく分ということは、分離で得られた製品と考えられる。要するに原料ダイズをGMダイズに限定したダイズたんぱくであろうと思われるのだが、原料の100%のGMダイズをどうやって入手したのかが不明だ。

 では、次に、各々についてADM社の製品ラインアップを調べてみよう。

 (1)のダイズ粉は、ADM社から様々の種類が販売されており、用途・目的に応じて加熱されたものも、非加熱のものも併せて販売されている。また、博士が7月9日のつくば会場において主張した通り、(1)のダイズ粉が食品用だとすれば加熱されている可能性は高いが、(2)Arcon SJのように製品名を開示しないため、それ以上は推測のしようがない。

 しかし、確実に言えることは、ADM社は、100%GMダイズを原料としたものを、販売していない。この点には、大きな疑問が残る。ロシア初出の論文でも、RESULTS(結果)の書き出しに、Quantitative analysis of RR-soya by using the “CP4-LEC-RT-PCR” construct confirmed the presence of genetic modification in 100% of the flour. とあるからだ。

 「GMダイズの定量分析を行った結果、ダイズ粉が100%GMOであることを確認した。」と述べられている。しかし、ADM社に100%GMダイズを原料としたダイズ粉製品がない以上ここはおかしい。博士は、不分別ダイズでたまたま100%がGMダイズの原料から作られたダイズ粉を購入するという幸運に恵まれたのか?あるいは、予算がなかったといいつつ、高価な特注品を購入したのか?その記録は提示できるのか?

 一方、(2)は明確に身元が分かる。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の主任研究官畝山智香子氏のご指摘の通り、Arcon SJはADM社のヒトが摂食するためのダイズたんぱく製品のブランド名であり、ADM社によれば、この名を冠したダイズ種子は存在しない。従って、(2)は博士の書く(GMダイズと)同等の成分および栄養価を持つ在来種のダイズ品種ではないのだ。

 仮に、(1)と(2)の原料ダイズ種子同士の成分が同等だったというのなら分からない話でもないが、その証拠を示すべきだ。仮に、その証拠があったとしても、この実験では与えた飼料がダイズ種子から派生した異なる製品であり成分が大きく異なるため、決して同等とはならないのは自明の理だろう。

 通常、販売用種子の品種名はブランド名とナンバーの組み合わせで販売されていることが多い。博士は、ロット番号だか何だか知らないが、91-330という意味不明の数字をつけて、いかにもダイズ種子らしく体裁を整える小細工をしているのが、極めて悪質である。(続きは明日11日に掲載します)(GMOウオッチャー 宗谷 敏)