GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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2009年5月14日、米国、カナダとオーストラリアのコムギ生産者団体が、3カ国はコムギに同時にバイオテクノロジーを導入するため協力するという共同声明 を発表した。現在、GMコムギの商業生産は一切行われてはいないが、3カ国は協調したGMコムギ導入が市場の混乱を最小にして、3カ国すべてにとって最大の利益になるであろうことで同意した。
共同声明は、他の作物(具体的には、ダイズ、トウモロコシ、ワタ、ナタネなどを指す)との比較において、コムギの生産性の遅い成長傾向や3カ国すべてにおいて減少しているコムギ栽培面積を指摘し、一方、世界の食料供給におけるコムギの重要性を強調している。バイオテクノロジーはコムギの生産が直面している多くの農学的問題に対する唯一の答えではないと断りつつ、3カ国は、コムギ産業が直面している主要問題に対応するためにバイオテクノロジーが「重要な要素」でありうることに合意した。
3カ国の中で、音頭を取ったのはおそらく米国である。米国Monsanto社の除草剤耐性GMコムギは、ヨーロッパや日本を含むアジアなど輸出先からの強い抵抗に遭い、04年5月10日にその開発中止を発表した。その結果、ダイズ、トウモロコシ、ワタでGMによる除草剤耐性や害虫抵抗性のメリットを享受した米国農家は、それらの作付け比率を高め、コムギは人気を落とす。コムギ生産者業界のフラストレーションは燻り続けてきた。
09年1月早々、共同声明の署名者でもあるThe National Association of Wheat Growers:NAWG(全米小麦生産業者連盟)は、コムギ生産農家21,000人に対し、GMコムギ商業化に対する意向調査を郵送により実施した。回答率は32%だったが、回答を寄せた農家の76%がGMコムギ商業化を支持しているという結果 が得られた。
カナダでもGMや突然変異技法による除草剤耐性ナタネは日の出の勢いで、業界は長期増産計画に着手し、これがコムギ栽培面積を圧迫する。他作物からの競合圧力がないオーストラリアも、干ばつによる影響がより切実だ。開発中の干ばつ耐性GMコムギ がなければ、生産国としての地位も将来的には危うい。
商業化は見送られているが、耐病性や栄養改善も含め様々のトレイトを持つGMコムギ開発は、トラウマを抱えるMonsanto社を除きスイスSyngenta社、ドイツBASF社、米国DuPont社などの私的な技術プロバイダやオーストラリアビクトリア州などの公的機関により着々と進められっている。
以上が共同声明発射にいたる生産側御三家の業界事情だが、USDA(米国農務省)による08/09年の世界のコムギ生産量は総計6億8237万トン、内訳はEU27カ国1億5027万トン、中国1億1300万トン、インド7840万トン、米国6803万トン、ロシア6370万トン、カナダ2861万トン、ウクライナ2590万トン、パキスタン2150万トン、オーストラリア2015万トン、トルコ1680万トンなどだ。生産量4位の米国、同6位のカナダおよび9位のオーストラリアの合計は1億1679万トンで17.1%にすぎない。
ところが、コムギの世界の輸出量1億2567万トンを眺めると、米国2700万トン、カナダ1850万トン、EU27カ国1900万トン、ロシア1500万トン、オーストラリア1300万トンとなり、3国の占める合計は5850万トンに達し、実に46.6%を占めている。
コムギのような国際商品にとって、輸出相手先国の受容問題は生産国農家の意向を超えて存在する。故に、生産者サイドの共同声明に対しても、輸出を司るCWB(カナダ小麦局)やAWB (オーストラリア小麦局)は慎重姿勢を堅持しており、CWBは「GMに対し否定的ではないが、今が正しい時とは思わない」と、公共の受容が先ずあるべきとの見解を示した。
先進国の買い渋りに遭ったらどうするのか?どうやら米国は、保険を掛けようとしているように筆者には思える。Richard LugarとRobert Casey両上院議員によって提案され、今春上院の農業委員会が可決したSB384(世界食品安全保障法令)こそその保険証券ではないかと筆者は勘ぐりたくなるのだ。
この法令では、10年の7億5000万ドルから出発し14年までに25億ドルの巨額予算が、途上国農業開発と栄養改善に向けられる。当然ながらGM種子の導入を含むバイテク農業推進はメインな目標になる。自国で生産しながら、輸入を拒否する訳にも行かないだろうから、アフリカなどがGMコムギの受け皿となる可能性は高まる。食糧援助を使えば、買い取り費用は国連や慈善団体が負担してくれる。官民一体のGM(農業バイテク)推進オペレーションは、着々と進んでいるように感じられてならない。
一方、現状を見れば、08年の食糧危機論や穀物価格高騰が、GM反対運動の矛先をやや鈍らせたとはいえ、コムギやコメなど純食料作物へのGM導入に対するハードルは依然として高い。例えば、最近でもインドにおけるBtナス商業化は激しい抵抗運動に遭遇している。
3国共同声明からは観測気球以上の強い決意も伺えるが、だからといって直ちにGMコムギ商業化が行われる訳ではない。試験栽培や承認獲得の時間も考慮すれば5年以上先という見方が支配的だ。これは、上記SB384が完結する頃だ。そして、いざ商業化された場合には、複合トレイトを含め展開はダイズやトウモロコシより早いかもしれない。
04年5月にはGMコムギを潰すのに熱心だった日本の現在の年間コムギ輸入量は約550万トン、国内生産量が90万トン程度(しかも、品種的に用途は限定されている)で自給率は14%程度だから、輸入依存は避けられない。
安全性承認済みのGMコムギ商業化に米国が踏み切ったら、購買先の日本政府はWTOのリスクを冒してまで輸入制限はしないだろう。一定量を輸入し、食用外にしたり再輸出したりして凌ぐのだろうか。残念ながら、日本は米国のように国益に叶った将来的グランドデザインが描けていない。
実は、GMコムギ導入は、輸出国側にNon-GMコムギビジネスという「うま味」を伴う。なんと普通のコムギを作れば、プレミアムがつくのだ。3国共同声明の帰結的意味は、Non-GMコムギビジネスで1国だけが抜け駆けはしませんよ、という意思表明とも取れる。
GM食品表示義務制度の影響で、リッチな我が国は食品ダイズなどでさんざん輸出国側にプレミアムを貢いで来た。ともかくニーズがあれば、業界としては不分別と非GMという2種類のマーケットを構築しなければならないからだ。流通業界も含め日本のコムギ関連業界は、国益に叶った対応をどのようにするのか、今から良く考えておく必要がある。
Not this August, nor this September; you have this year to do what you like. Not next August, nor next September; that is still too soon… But the year after that or the year after that they fight. - Ernest Hemingway, Notes on the Next War
(GMOウオッチャー 宗谷 敏)