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GMOワールド

Battle of Britain〜英国政府と業界のGMO消費者受容に向けた挑戦

宗谷 敏

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 昨2007年最後の本稿 でEUの年間ログを作成した際、キーカントリーは英国、フランスおよびドイツであると指摘した。これら3国の最近の対GMO模様を無理矢理一言で表せば、ポジ志向英国、ネガ政策フランス、クールに論理的ドイツになるだろうか。あれから3カ月、この3国のうち英国の動静を今回は観察してみよう。

 07年8月、欧州委員会農業・農村開発総局(DGAGRI)は、EUのGMO承認作業の遅れに起因する未承認GMO(トウモロコシとダイズ及びそれらの製品)がEU域内の飼料輸入と畜産に与える影響を分析した予測レポート を公表した。

 このレポートによれば、2010年に起きると予測される最悪のシナリオでは、EU域内の畜肉の生産と輸入が、豚肉で35%減と5460%増、鶏肉で44%減と158%増、牛肉で2%減と296%増という衝撃的内容であった。

 中国をはじめとする旺盛な需要やバイオ燃料に牽引された穀物価格高騰の波に07年秋からさらされつつあった英国の飼料・畜産部門は、これらのシナリオが描き出す悪夢に対しもっとも鋭敏に反応した。このため業界団体などを中心として、フラストレーションのはけ口として危機意識を喚起するための悲鳴にも似た広報活動が起きる。

 政府は何をしているのか? 07年6月、10年続いたBlair氏から労働党政権を引き継いだBrown首相は、前任者に比べGMO関連報道などへの露出は少なく、地味な印象を与える。しかし、前任者以上に科学技術信奉論者と伝えられるBrown首相のGMOに対する考え方を、もっぱら表だって代弁しているのが英国政府科学最高顧問だ。

 この要職も07年12月にDavid King卿からJohn Beddington教授に交代した。地球温暖化問題にも高い関心を抱いてきたKing卿は、GMOへの科学的根拠を欠く懸念を強く否定し、食糧危機回避への手段として支持を置きみやげに表明、Beddington教授もGMOの国内商業栽培を英国の将来にとって重要との力強いメッセージを発信した。

 これらを受けて、主要メディアの論調にも明らかな変化が起きている。環境・食糧問題や経済問題を軸に、飼料・畜産部門の危機意識や、GMO栽培を支持する農業グループからの発信などを積極的に掲載し始めた。GMOに対してもっぱら反対派の主張のみを取り上げ続けた「Independent」、どちらかと言えばネガティブだった「Guardian」、シニカルな見方を崩さなかった「Times」などの一流紙にもこの傾向が目立つ。

 それでは、一般消費者はどう感じているのか? 08年2月公表の政府食品安全庁(FSA)が例年実施している07年消費者意向調査によれば、GM食品に対する懸念は06年の25%から20%に減少 している。GMO受容に向けたプレッシャーが表面化したのは07年終盤からなので、上記の諸事情はこの調査に大きく影響しているとは思えない。ということは、これから何が起きるかは分からないが、08年の調査結果は今から大いに注目される。

 一方、やや押し込まれた形なのがGMO反対派だ。環境NGOで、GMOは絶対的悪で根絶やしにすべしという考えで、英国に本拠を置くThe Friend of the Earth(FOE)や、GMOのコンタミネーションに恐怖感を抱く英国オーガニック農業の牙城The Soil Association(土壌協会)も、これらの流れを堰き止めるのに必死だ。

 しかし、前々回の本稿 で触れたFOEのISAAA公表対抗レポートも内容やメディア受けはイマイチだったし、土壌協会に至っては、オーガニックブームの最中に勃興してきた高価なオーガニック食品が健康や環境に良いというのは「神話」に過ぎないのではないかという論調への防戦に懸命で、GMOとの真っ向対決に割く余力がない。

 以上筆者が書いてきたことの背景を、2月19日付のReuters が、要領よくまとめて分析しているので、必読されたい。なお、余談だが隣のアイルランドは、GMOに対して今まで非常に拒否感が強かったが、北アイルランド議会ではGM飼料の輸入が可能なようにEUに対し規制緩和を求める提案を支持する動きも出てきている。

 英国は、まさに「歩きながら考える」をGMOに対し地道に実践してきた。政府は、FSEs(農場規模評価)やThe Bright Link projectのようなGMOの野外栽培実験 を何年もかけて実施し、結果の一部が多少ネガティブで反対派からの批判や嘲笑を浴びても、内容を正直に公表してきた。

 そして現在、これらの仕上げともなるドイツBASF社の耐病性GMジャガイモの試験栽培が途上 にあり、2010年にはGMOの国内商業栽培が開始されるのではと目されている。

 今、経済・社会のパラダイムシフトに遭遇して、英国は周到に準備してきたGMOのリスクとベネフィットをキチンと開示し、何故GMOの輸入や栽培が必要なのかを国民に対し論理的に問いかけることができる。たとえ結果がどう転んでも、これならば政府はなすべきことをちゃんとなしてきたと評価できるだろう。税金分の仕事は果たされているのだ。

 GMOを商業栽培していない島国という地勢や、声の大きな反対派の激しい活動や有機業界の抵抗、一部地方政府の反乱、一般メディアの無理解という悪条件は、東洋のある国に似通う。しかしながら、その国では「耳目を被い座り込んで思考停止」してきたかに思える空白の10年ために、いまだにGMOの試験栽培さえままならない。その国が、翳りつつある金の力だけを武器にこのパラダイムシフトにはたして耐えうるのかは、筆者の心配のタネである。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)