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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

地球温暖化 熱帯・亜熱帯起源の感染症が増えるとは限らない

白井 洋一

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 今年(2012年)11月26日から12月8日まで中東カタールのドーハで気候変動枠組み条約締約国会議(第18回)(COP18)が開催された。この時期恒例となった国際会議だが、今年も予想通り、中国など新興国・途上国グループと先進国グループの責任のなすりあいでもめにもめた。

 日程を一日延長し、「2015年5月までに2020年からの新たな枠組みのたたき台を作る」ことを決めて閉会したが、本番はこれから。2015年暮れのCOP21(開催地未定)は大荒れに荒れるだろう。

 COP18閉会直後の12月14日、IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)が来年秋に公表する予定の第5次報告書の草案がインターネット上に流出するという事件がおこった(ロイター通信,2012/12/14)。

 だれがネット上に流したのか現時点では定かではないが、IPCCが発表した前回(2007年)の第4次レポートは、「科学的根拠を超えた記述が多い、温暖化のリスクを過度に強調している」、「次の第5次レポートはもっと短く、科学に基づいたことだけを書くべきだ」と研究者からも批判の多いものだった。

地球温暖化はマラリアを減らす
 2007年のIPCC第4次レポートでは、温暖化により、マラリアやデング熱の感染リスクも増大する可能性があると指摘していた。熱帯、亜熱帯起源の感染症であり、病原体を媒介する昆虫が温暖化につれて分布をより高緯度地域に拡大する可能性は高いので、一見もっともらしい指摘だ。

 しかし、昨年(2011年)12月、Nature誌に「地球温暖化はマラリアを減らす」という記事が載った(Nature News,2011/12/21)。

 論文はBiology Letter誌の「高温になるとマラリア媒介蚊の感染能力は減少する」だ。

 マラリアはプラスモジウムという原虫が病原体でハマダラカによって人や動物に感染する。人に感染すると高熱、吐き気、貧血、黄疸などをおこし、意識障害や神経障害(脳性マラリヤ)など重い合併症を引き起こすこともある最悪感染症のひとつだ(東京化学同人社・生物学辞典)。

 研究では、ネズミのマラリア原虫を保毒しているハマダラカを20、22、24、26℃の温度で飼育した。ハマダラカの発育には26℃が最適だったが、原虫の生存率がもっとも高かったのは22℃で、高温になると低下した。

 研究者は原因のメカニズムはまだはっきりしないが、ハマダラカと原虫の生存率の組合せから、もっともマラリアの感染リスクが高くなるのは24℃だとしている。媒介昆虫と保毒する病原体の温度選好性は必ずしも一致しない。蚊が媒介する人への感染症、たとえばウエストナイル熱やデング熱でも同じような研究が必要だと述べている。

米国でのウエストナイル熱、大発生の原因は?
 2012年、米国ではウエストナイル熱が大発生した。ウエストナイル熱病の病原体はウイルスで野鳥を宿主とし、イエカやヤブカによって人に感染する。

 名前のとおりアフリカのナイル川西部などで発生していたが、1999年に初めて米国で発生が確認された。今年は2003、2006年に次いで多数の患者が出ており、100人近くが死亡した。

 今年の大発生は異常高温や地球温暖化の影響か、相次ぐハリケーンの襲来で水たまりが増えたためか、それとも変異したウイルスが原因かと諸説が出ている(Nature News、2012/9/13)。

 「今年の大発生は高温と少雨が重なったのが原因の一つ」とイリノイ大学の地理学者が述べている(UsAgNet,2012/12/07)。

 「今年の高温は蚊の幼虫(ボウフラ)の繁殖に適していた。さらにこの時期に一度も大雨が降らず、たまり水で繁殖したボウフラが、大雨で洗い流されなかったため大発生した。たまり水が干上がるほどの干ばつ地域では、蚊の発生も少なかった」とGIS(地理情報システム)を使った解析結果を紹介している。

 高温とボウフラの繁殖にとって好適なほどほどの降水量が重なったとき、蚊は大発生したらしい。温暖化で高温になるのは確実だが、雨の降り方の程度を予測するのは難しい。

日本 デング熱が流行する可能性
 環境省は2012年3月23日に「気候変動影響統計レポート2011」を発表した。

 レポートの23~33頁は「人の健康への影響」で、デング熱ウイルスを媒介するヒトスジシマカの分布拡大をとりあげている。

 デング熱ウイルスの宿主は人で、ヒトスジシマカやネッタイシマカによって人に感染する。ヒトスジシマカは1950年代までは関東地方が分布の北限だったが、2000年、2007~2009年の調査で東北地方に分布を拡げ、盛岡や八戸で定着していることが確認された。ヒトスジシマカは年平均気温が11℃以上の地域に分布するので、このまま温暖化が進めば、北海道にも分布を広げる可能性があるという。

 レポートは「ヒトスジシマカの分布は気温だけでなく、雨量や水質の影響も受けるため、たんに温暖化(年平均気温の上昇)だけでは判断できない。しかし、デング熱が猛威をふるう可能性は否定できない」と解説している。

基礎データの蓄積を
 温暖化、高温化といっても、熱帯・亜熱帯起源の感染症がすべて温帯で広がるとは限らない。分布が拡大し、感染リスクが高まる場合もあるし、マラリア原虫のようにむしろ逆の可能性もある。

 病原体や媒介昆虫の温度適応性(高温に強いか弱いか、どんな温度条件でもっとも良く繁殖するかなど)は、それぞれ単独にはかなり調べられている。しかし、媒介昆虫の体内で病原体の温度選好性を同時に調べた研究は意外に少ない。ウエストナイル熱やデング熱でも同様だ。その意味でマラリア原虫の温度適応性の研究は価値がある。

 人への感染症だけでなく、昆虫が農作物の病原菌を媒介する場合も同様だ。温暖化で亜熱帯起源のウンカやアブラムシ類が増える可能性があっても、媒介するウイルス病も増えるとは限らない。予測モデルではなく、実際に飼育して実験しないとわからないのだ。

 地球温暖化対策ということで、文部科学省、環境省、厚生労働省、農林水産省でも研究予算がつきやすいだろう。いたずらに危機感をあおって研究費を獲得するのは良くないが、基本データの蓄積という意味で、病原体と媒介動物(昆虫を含む)両者の温度適応性の研究を充実させてほしい。

 詳しい研究の結果、高温下では媒介昆虫は増えるが病原体は増えないケース、あるいはその逆の場合も出てくるだろう。こういったデータの積み重ねは学問的に貴重なだけでなく、地球温暖化、気候変動への対策を立てる実用面でも役立つはずだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介