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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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延期された生物多様性条約国会議 来年 中国で開催できるのか?

白井 洋一

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新型コロナウイルスによる患者が中国で初めて確認されたのは昨年(2019年)12月上旬と言われている。それから1年、2020年は世界中がこの新興感染症に振り回された年だった。

2年に一回、この時期に開かれる生物多様性条約国会議も、2020年は中国雲南省・昆明市が開催地だったが、来年に延期された。しかし、本会議前の準備会合を含め日程は流動している。新型ウイルスの起源となった野生動物や人への感染ルートを調べる世界保健機関(WHO)による調査団の中国入りもまだ先が見えず混とんとしている。

●生物多様性条約国会議 準備会合も延期、予算案だけリモート会議で

事前の準備会合から混乱した。2月下旬に昆明で開催予定だった2020年以降の目標を決める枠組み会議は、急遽、ローマに開催地を変更した。今年の第15回生物多様性条約締約国会議(COP15)は10年前、名古屋市で開催されたCOP10で決めた20の目標(愛知ターゲット)の達成度点検と次なる目標を決める節目の会議だった。イタリアも新型コロナの感染が拡大していたのではと思う人もいるかもしれないが、イタリア北部で爆発的感染がおこり、医療崩壊、埋葬場所もない状態になったのは3月に入ってからだ。直前まで危機感もなく世界中から人の出入りは続いていたのだ。

COPは本番以上に事前の準備会議が重要だが、5月中下旬の補助機関会合は11月に延期され、さらに2021年1月頃に延期された。本番のCOP15も7月に2021年5月へ延期が決まったが、この時は5月17~30日と日付を明記していた。しかし、11月にオンラインで開催された臨時会議では、2021年第2四半期(4月~6月)となり日付は消えた。

11月のオンライン会議では、とりあえず2021年の活動予算を決めただけで、次の行動目標や議題の事前交渉はほとんど行われなかった。

前回2018年のエジプト会議で白熱した議題は、合成生物学、デジタルシーケンス情報(DSI)、遺伝子ドライブだ。合成生物学はコンピューター工学を使って、生物のゲノム(全遺伝子情報)を人工的にデザインする異分野融合領域。遺伝子組換え生物のような規制が必要か、あるいはそれ以上の新たな規制が必要かなどが議論されている。

DSIはATCACCGで示される塩基配列情報だが、これも「遺伝資源の利用と利益配分に関する名古屋議定書(2010年のCOP10で採択)」で定めた遺伝資源に入るから、生きている生物と同じように規制対象にすべきだと途上国連合が強硬に主張している。

遺伝子ドライブは、改変した遺伝子を組み込んだ生物が交配を繰り返すことで、目的の遺伝子を集団内に広げる遺伝子浸透、置き換え技術だ。マラリアを媒介する蚊や侵入生物の駆除、根絶への利用が計画されている。この技術は外来遺伝子を組み込んでいるので、組換え体扱いなのだが、野外での利用をより厳しく制限すべき(事実上の使用禁止)と主張する声が大きい。

これらホットな議題は2020年のCOP15でも焦点となる予定だったが、本番会議の原案を作る事前準備会合が開催されていないので、どういう展開になるのかまったくわからない。途上国・新興国と先進国の利害が対立し、非政府組織(NGO)を含め水面下の交渉が大きなウェートを占めるのが生物多様性条約国会議だ。事前に事務局が調整してテレビ会議ですんなり決まるシャンシャン会議にはならない。1月頃に予定されている事前準備会合(カナダ)が生身の人間が集まって開催できるのか注目される。また、本番の開催地、中国は感染再拡大防止のため、現在も厳しい入国制限をしているので、5月か6月頃にCOP15が開催できるのかまったく不透明だ。

参考 前回2018年12月 エジプトの生物多様性会議

●コウモリ? センザンコウ? ウイルスの起源、感染ルートの解明進まず

今となっては皮肉な話だが、中国政府はCOP15の主催国として、国内の生物多様性保全に積極的に貢献する姿勢を示し、漢方薬や食用で取引される野生動物の制限も打ち出していた(Nature News、 2020/2/14,2/21など)。この方針は新型コロナ騒動以降も変わらないようで、「野生動物の食用利用の全面禁止」(共同通信、2020/5/5)、「感染症対策強化、生物安全法施行」(共同通信、2020/10/18)と報道されている。

しかし、海外の注目は今回の新型コロナウイルスの起源動物と人への感染ルートだろう。現時点で、起源はコウモリの保有するウイルスが有力だが、直接人に感染したのか、中間宿主生物を介しているのかはわかっていない。一部メディアで中国のウイルス研究所(武漢)で人が合成した人工ウイルス説が流れたが、これは米国を含むほぼすべての公的な研究機関が否定している。新型コロナウイルスは遺伝子配列からコウモリ保有ウイルスとごく近似しているし、感染しても一部の人には無症状という巧みな機能を持つウイルスを人間は今のところ、合成できないようだ。

起源のコウモリや中間宿主に関する記事の見出しを追ってみる。

・宿主はコウモリかヘビの可能性(CNNニュース、1/23)

・ヘビではない、鳥か爬虫類(Nature News、1/23)

・コウモリ由来、ヘビ体内で再結合など諸説(日経バイオテク、1/31)

有鱗動物のセンザンコウか(Nature News 、2/7)

・センザンコウのシーケンスデータ 一致せず(Nature News、2/26)

・動物の起源 いまだ解明できず(Nature News、 5/18)

・発生源調査に中国同意 終息後を条件 WHO総会(毎日、5/19)

・WHO先遣隊 北京到着し協議 現地調査はまだ(毎日、7/14)

・バットウーマン石博士(武漢ウイルス研究所コウモリウイルス専門家) メールで回答(Science News、7/24)

・WHO 現地調査計画の具体案を示す(Nature News、11/11)

・WHO 10人の国際調査団公表 武漢現地調査はまだ実現せず(Nature News、12/2)

コウモリから人へ直接の可能性もあるが、人との接触頻度から、中間動物が存在すると多くの専門家は考えているようだ。同じコロナウイルスでも2003年の重症呼吸器症候群(SARS)ではコウモリ→ハクビシン→ヒト、2012年の中東呼吸器症候群(MERS)ではコウモリ→ラクダ→ヒトの感染ルートが解明されている。今回は中間宿主としてセンザンコウが注目されている。鱗で覆われたほ乳類で中国では漢方薬の原料として取引され、東南アジアからの輸入も多いようだ。英名はpangolinで、アリを食べるほ乳類とも言われるが、「アリクイ」とは別種だ。

もっとも中間宿主がわかったからと言って、有効なワクチン開発や対策がすぐに進むわけではない。MERSでは中東のラクダにワクチンを接種したり、海外で飼育されているラクダの感染を調べて、感染拡大防止に役立てた。

●中国 国際的に信用されるのか

これだけ世界を混乱させ続けている新興感染症だ。起源の動物や人への感染ルートはきちんと解明してほしい。しかし、「コロナウイルスはどこから来たのか? WHOの調査は初めから難航 中国は調査に非協力的」とNature News(2020/11/11)は報じている。

最初の感染源と考えられている武漢市での流行以前に、欧州など海外で新型コロナウイルスが見つかっている、輸入冷凍食品が原因だなど、中国政府筋は中国起源を否定する説をいくつか流している。しかし、WHOは「最初に感染が確認された場所から調査を始める必要がある」と中国での現地調査の必要性を強調している(毎日、2020/11/30)。中国・武漢での現地調査を渋り、海外起源説を主張しても、国際的な理解は得られない。

英国と米国で市民への接種が始まったワクチンが大きな副作用もなく、効果を示すのか注目されている。他国でもワクチン接種は始まるだろう。しかし効果があるとしても、5月か6月に開催予定のCOP15までに関係者全員のワクチン接種は無理だろう。中国が入国を許可する国、排除する国を指定するとしたら、国際会議は成り立たない。新型コロナ感染後、初の大規模な国際会議を控えて、中国がどんな入国制限を課すのかも注目だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介