農と食の周辺情報
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー
「機能性表示食品」という新しい制度ができたのは2015年4月。それまであった「特定保健用食品(トクホ)」は、臨床試験データを添えて消費者庁の審査を受けねばならないので、費用と時間がかかる。「栄養機能食品」もビタミン、ミネラルなど確実に効果のあるものに限られている。面倒な審査不要で、届出だけで、「高血圧改善」とか「ストレス緩和」といった健康機能性を表示できるのが「機能性表示食品」制度だ。
開発者は「最終製品を用いた臨床試験データ」か「最終製品または機能性関与成分に関するす研究(論文)のレビュー」のいずれかの書類を添えて消費者庁に届ける。消費者庁は書類をウェブサイトで公開するが、書類不備などの審査はしない。問題があってもあくまで開発者・事業者の責任という制度で、日本独特のものらしい。
消費者庁は必要な研究レビューについて「査読付き論文を肯定的・否定的を問わず総合的に検討したものであり、機能を支持する論文が1本もない場合は表示できない」としていた。
私はこれを読んで、機能性を肯定する論文が最低1本あればよいのなら、研究者が中身を少しアレンジして、論文を何本か生産するのではないか、論文捏造ではないが、論文の粗製乱造はありうると思ったのだ。これは2015年6月の当コラム「査読付き論文とは 純粋な科学論文も政治や商売が絡むと」に書いた。
この制度を利用するメーカーや研究者の姿勢に不安があったからだが、これを肯定するような解説書が10月に公表された。
●システマテックレビューは玉石混淆 総じてお粗末 前後比較で改善見られず
日本農芸化学会の「化学と生物」2019年10月号に載った「機能性表示食品制度におけるシステマテック・レビュー 消費者庁による検証事業の前後比較評価」という上岡洋晴氏(東京農大)の解説論文だ(会員外でもダウンロードできる)。
2015年4月から2019年6月までに2170件の届出があったが、臨床試験データを出したものは少なく、約90%はシステマテックレビューによって届出ている。消費者庁は「研究レビューを査読付き論文を肯定的・否定的を問わず総合的に検討したもの」と定義し、これをシステマテックレビューとみなしている。しかし、上岡氏によると真のシステマテックレビューとは、信頼できるデータベースを使う、主観が入りにくい分析法を使う、個々の論文の質も評価するなど、いくつかの前提条件がある。どこかの査読付き雑誌に掲載されただけで結果を鵜呑みにしてはいけないのだ。専門家から見たら、システマテックレビューと呼べないような、研究レビューが目立ったということだ。
消費者庁は2016年3月に、2015年4月から10月まで(Before)の届出51件の内容を調べ、提出された研究レビューには不備が多いと指摘している。
評価判定についての書き方がわかりにくい、書いてはあるが意味不明といった欠陥が多く、これでは公開されたデータをもとに消費者が選択するには不十分な情報提供だと指摘している。
今回の解説書は消費者庁の指摘後に届出た2017年7月から2018年1月まで(After)の104件のレビューの中身をBeforeの51件と比較検証したものだ。
最初は不慣れもあったし、消費者庁の指摘も出たので、「Afterのほうが改善されているだろう」という期待があった。しかし、Beforeで指摘された点は改善されておらず、むしろ質が低下する傾向がみられた。
上岡氏はこの理由を推測と断ったうえで、以下のようにみている。
1.Beforeは大企業の届けが多く、一定レベルの質が保たれていた。しかし、2016年以降の爆発的な届出増で、質の悪い他社のレビューの模倣が増えた。
2.消費者庁の指摘報告書や参考文献を読んでいないか、理解できていないのではないか。
後者は、科学文献の読解力のない人に、科学的に筋の通った文書を書けと要求しても無理ということで、事態は深刻だ。届出のみで審査なし、これでトクホ並みかそれ以上の売り上げがあるなら、まじめに勉強して、正確な研究レビューを提出する企業は増えないだろう。
●農研機構や大学の機能性生鮮食品は大丈夫か
現在、届出のある機能性表示食品の多くは加工食品やサプリメントだが、野菜や果物など生鮮食品の開発も盛んだ。内閣府は2019年6月にバイオ戦略2019を作り、「生活習慣病改善ヘルスケア」や「機能性食品」も重点分野にあげている。農林水産省や傘下の研究機関も「機能性食品」の研究開発に多額の予算を投じ、この食品の普及に躍起になっている。
医者や薬に頼らず、余計な医療費を減らし、健康で長寿社会を生き抜こうという方向性は正しいだろう。しかし、農水省傘下の研究者や大学人がさかんに唱える「機能性食品礼賛」、「これを食べれば健康で長生きできる」に押しつけ感を感じるのは私だけだろうか。今話題のゲノム編集応用食品でも、消費者へのメリットを強調する健康に良さそうな作物の開発が進められている。
届出だけで審査も罰則もなし。最後は企業や研究者側の責任、倫理感の問題になるのだろうが、今回の解説書を読み、研究(者)の質の維持に不安をもった。不必要な規制は改善すべきだが、なんでも緩和すべきというのは危険だ。ゲノム編集応用食品は、安易なシステマテックレビューの真似をしないでもらいたい。
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介