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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

バイテク業界再編成 最後のバイエル・モンサントもほぼ決着 3強体制か4強か?

白井 洋一

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 2018年3月21日、欧州委員会はバイエル社によるモンサント社の買収を条件付きで承認した。

 バイエルは2017年10月にモンサントと重複する非選択性除草剤(グルホシネート)と除草剤耐性組換え作物(ワタ、ナタネ、ダイズ)のビジネスを同じドイツのバスフ(BASF)社に売却すると発表した。今回、さらに野菜種子(非組換え品種)と精密農業部門も売却することで、もっともハードルが高いと見られていた欧州連合(EU)の審査をクリアした。2月にブラジル、3月に中国も両社の合併を承認しており、米国の承認はまだだが、EU以上の条件は付けていないので、米国の承認もまもなくというのが大方の見方だ。

 2015年12月にダウ社とデュポン社の合併発表から始まった組換え作物と農薬を扱うバイテク大手の業界再編成も一応決着となるが、これまでの経緯とこれから、特に今まで組換え作物ではマイナー企業だったバスフの戦略について考えてみた。

ビック6からビック4へ、種子と農薬企業の合併

 バイテク大手6社とは、モンサント(本社米国)、デュポン(米国)、シンジェンタ(スイス)、ダウ(米国)、バイエル(ドイツ)、バスフ(ドイツ)だ。第一弾のデュポンとダウは対等合併で、2017年9月に新体制になった。独占禁止法対策として、デュポンの農薬の一部をFMC社(米国)に売却した。第二弾として、2016年2月に中国の国営企業、中国化工集団(ChemChina)がシンジェンタの買収を発表し、2017年6月に承認された。中国化工傘下の農薬メーカーADAMA社とシンジェンタの農薬の一部がNufarm社(豪州)に売却された。第三弾のバイエルによるモンサントの買収は2016年9月に発表され、組換え作物最大手モンサントの身売りということで大きな話題になった。まだ確定ではないが、バイエルの種子部門の多くと農薬(グルホシネート)がバスフに移ることになる。モンサントが開発中の線虫(根に寄生する害虫)防除技術も他社に売却される予定だ。

 合併前の2015年の各社の種子と農薬の販売実績は以下のとおりだ。 種子は組換えだけでなく非組換え品種も含まれる。バイテク技術とは害虫抵抗性や除草剤耐性などの組換え技術の使用料で、トレイトビジネスと呼ばれる。
農薬表

 いずれの合併も決まっていなかった2017年4月3日、米国農務省経済調査局は「種子と農薬市場の合併と競争」というレポートを発表している。

 上の表はこのレポートにある数字だが、レポートでは合併審査のポイント、今回の合併による市場の変化、他企業の新規参入の可能性などを分析している。

  大企業同士の合併で懸念されるのは、独占で競争が減ることによって、(1)商品の価格が上がるおそれはないかと、(2)研究開発への投資が減って良い新製品が出なくなり、利用者に不利益が生じないかだ。しかし、過去の大型合併の審査をみると、審査当局がもっとも重視するのは市場における占有率で、合併後の価格上昇や研究開発の停滞はあまり考慮されないという。

 今回の3つの合併では、農薬ではダウとデュポン、種子では特にワタでモンサントとバイエルによって市場占有率が著しく上がると指摘している。デュポンの農薬部門、バイエルのグルホシネート関連の農薬と種子部門の売却で、この問題はクリアされたようで、各国の審査当局も、商品価格を上げるなとか、今後も新製品の開発に努力すべしという注文は付けていない。

 今回の業界再編で、6社以外の新規参入の可能性はほとんどないとレポートは予測している。農薬や組換え作物は国内や輸出国で安全性の審査・承認が必要なため、コストや人材の点で、新規参入にはハードルが高いからだ。バイエルがグルホシネート関連の組換え作物を売却する話は2017年春から出ていたが、安全性承認のハードルがあるので、今まで組換え作物を扱った経験のない企業は手を出さないだろうと見られていた。1990~2000年頃に、農薬会社の合併、種子会社の吸収が繰り返され、現在のビック6の体制になったが、背景には年々厳しくなる各国の安全性審査もあった。組換え作物に農薬のような安全性審査が求められなかったら、農薬会社による種子会社の買収はこれほど進まなかっただろう。

 ビック4になれるか? バスフの営業力に注目

 3月21日の欧州委員会の発表では、バイエルとモンサントの合併承認の条件のひとつとして、バイエルからバスフへの売却によって、公正な市場競争が可能かをさらに検証するとある。バイエルが種子、農薬、精密農業部門の多くを手放し、市場占有率は下がっても、買い取ったバスフが十分に競争力を発揮し、商品の買い手である農民に不利益にならない商売ができるかということだ。発表では現時点で、これを予測することはできないとある。

 バスフは上の表のように、種子ビジネスでは他の5社に比べてマイナー企業だ。現在商業栽培している組換え作物は除草剤耐性ダイズ1品種だけだ。低アミロース・高アミロペクチンの工業原料用組換えジャガイモを開発して、2010年にEUで栽培承認を取ったが、様々な理由から数年で商業栽培を中止し、一時バスフは組換え作物開発から撤退するのではと見られていた。EUのさらなる検証の必要性とは、バスフの組換え作物への本気度を懸念したものなのだろうか。

 バスフは3月29日、米国農務省にオメガ3脂肪酸増加ナタネ(プラス除草剤耐性)の商業栽培を申請した。

 バイエルから買い取るグルホシネート耐性ワタ、ナタネ、ダイズだけでなく、自社開発製品も投入し、組換えナタネ戦線に参入するようだ。米国での申請はまだ第一段階で、この後農務省と食品医薬品庁による審査がある。以前の組換えポテト(2013年3月、食品安全委員会)のように、申請したけど途中で取り下げるということはないのか。

 EUがバスフの今後について、いつどのような基準で判断するのかも注目だが、北米、南米での組換え作物種子の販売合戦はし烈だ。製品の良し悪しだけでなく、除草剤の使い方を指示通り守ったら、後で種子代金の一部を返す(キャッシュバック)とか、天候不良でもう一度まき直すときには、種子代を無料にするなど、各社さまざまな営業戦略で組換え種子を売り込んでいる。はたしてバスフは4強になれるのか、3強から大きく離された4位に留まるのか。バスフの販売戦略が注目される。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介