科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

英国が牛肉の輸入を申請 食品安全委で審査始まる

白井 洋一

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 BSE(牛海綿状脳症)は前回書いたばかりだが、今回も輸入牛肉の話。

 7月18日にアメリカで非定型ながらBSE感染牛が見つかったが、過去には大きく報道したメディアはまったく関心を示さない。メディアの関心を引くのは、米国が月齢制限を完全撤廃しろと要求してきたときか、BSEの最多発生国であるイギリスが日本に輸入申請してきたときかと前回は書いた。

 そのイギリスが日本への輸出を申請してきた。1980年代から今までに、世界で約19万頭のBSE感染牛が見つかっているが、そのうち18万4千頭(およそ97%)はイギリス産だ。厚生労働省は手順にしたがい、食品安全委員会に輸入条件の安全性評価を依頼し、8月24日のプリオン専門調査会で審査が始まった。

●イギリスは連合王国 BSEリスクステータスもさまざま

 イギリスの農業紙(FarmingUK、2017年7月10日)によると、「日本の農林水産省の役人一行がイギリスの農場、と畜場、家畜試験場を視察し、現場の衛生管理や飼育状況を確認した。この視察ツアーは輸出再開をめざす、農業園芸開発委員会(AHDB)と環境食料農村地域省(Defra)が設定した」とある。日本向けには年間1500万ポンド(1ポンド140円)の売り上げが期待されるらしい。

 国際獣疫事務局(OIE)は11年間、定型BSEの発生のない国を「発生リスクを無視できる清浄国」、11年に達しないがエサ管理などが実行されている国を「管理されたリスク国」と定めている。この区分は国単位だが、イギリス(連合王国)(United Kingdom)は特別で、地域単位になっている。北アイルランドとスコットランドは今年7月に清浄国に認定されたが、イングランドとウェールズはまだ管理されたリスク国のままだ。中国と香港、台湾も別国扱いだが、これは政治的背景によるもので、イギリスの扱いは特例だ。

 私は記事を読み、イングランドを含めすべての地域が清浄国になった時点で、海外に輸出再開を申請するのかと思っていたが、米国やフランス、カナダなどが日本に輸入再開を申請したのも、管理されたリスクステータスのときだった。今回のイギリスの申請も手続き上は問題ない。

 ●プリオン専門委員会

 8月24日の専門委員会では、厚労省から「現在の輸入禁止を30月齢以下は認めると変更した場合」と「異常プリオンの蓄積しやすい特定危険部位の範囲」についてリスクを比較してほしいと要請された。その他、めん羊やヤギ肉の評価もあるがメインは牛肉だ。

 イギリスはBSE最多発生国であるが、2001年の厳格な飼料規制後、発生数は減少し、2011年以降は7、3、3、1、2、0と一ケタになっている。飼料規制後に生まれた定型BSE牛は28頭いるが、過去11年間に限ると2頭で、カナダやフランスでの発生数と同じ程度であるなど、近年の発生状況が説明された。

 専門委員からは「日本以外に輸出している国はあるのか?」、「最近の2件の発生地域は? 清浄国のスコットランドと北アイルランド以外なのか?」、「出生から肥育の段階で地域間の移動はあるのか?」、「リスクステータスの混在している国を審査する初めての例、その辺の扱いが悩ましい」などの質問、意見が出された。

厚労省の担当者は「香港に輸出していると聞いている」、「2頭の発生は2007年がイングランド、2009年がウェールズ(どちらも管理されたリスク国)」、「地域の違いは考慮せず、イギリス一国として一括に審査してほしい」と回答した。つまりイギリスは「管理されたリスク国」とみなしてということになる。

 委員からは、欧州連合(EU)離脱を念頭においてか、「今後もEUが決めた飼料規制をイギリスが続けるのか確認してほしい」との意見もあがった。委員の質問、要求について、事務局で調べるとともに、次の専門委員会から、過去の例を参考に評価書のたたき台を作ることになった。

 ●メディアだけでなく消費者団体も騒がない

 今までに、フランス、アイルランド、ポーランドなどのEU産牛肉も、同様の月齢制限、特定危険部位範囲の条件で承認されているので、今回のイギリス産も専門委員会では承認されることになるだろう。イギリスはリスクが高いから承認できないとする科学的理由が今のところ見当たらないからだ。

 メディアも消費者団体も今回のイギリス産にほとんど関心を示さないだろう。 2012年秋に、国産と輸入牛の検査対象月齢を20月から30月に引き上げるときも、外国産で注目され、不安視されたのは米国産だけだった。このときは米国のほかにカナダ、オランダ、フランス産も同時に審査され、BSEの発生数はカナダ20、オランダ88、フランス1021と米国4よりはるかに多いにもかかわらず、この3国はほとんど話題にならなかった(発生数は2012年時点)。

  参考 農と食の周辺情報(2012年10月11日)「BSE対策見直し(その2)安全な牛肉が食べたいのか、国内畜産業を守りたいのか、それとも米国バッシングが目的?

 今回のイギリス産も話題にならず、政治的な横槍も入らず、科学的審査を経て、承認されることになるだろう。科学的知見のみでリスク度を判断するのは望ましいことだが、BSEの場合、マスコミや消費者団体、政治家が冷静に判断しているとは思えない。

 日本政府は2001年10月から全月齢・全頭検査を実施し、2005年に検査対象を20月齢以上に変更したが、全国の自治体は従わず、全頭検査を続け、2013年7月にようやく廃止した。この間、「20月齢以下の若齢牛を検査しても、異常プリオンは蓄積しておらず、BSE感染は見つけられない、やっても無駄な検査だ」という科学的事実はほとんど受け入れられなかった。

 最多発国のイギリスでさえ、2001~2011年は30月齢以上が検査対象で、北アイルランドを除いて全頭検査はやらなかったが、このような事実は日本ではほとんど報道されなかった。

 その後、時を経て、異常プリオンのたまりやすい危険部位を取り除いていれば大丈夫、牛のエサに肉骨粉など使わなければ、他の牛への感染はほぼ抑えられる、若齢牛の全頭検査は無意味という知見が広く世間に知れ渡ったとは思えないのだ。メディアも消費者団体も、BSEは忘却のかなたということだろうか。

 

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介