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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

NBT 規制対象ならノーベネフィットテクニック? 

白井 洋一

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 NBT(New Breeding Techniques, 新育種技術)は遺伝子組換え技術を使うけど、今までの組換え体と違い、導入した遺伝子が残らないか、残ってもごくわずかで簡単に見分けがつかない。前回(3月18日)は味も素っ気もない技術の紹介だったが、今回はNBTを使って品種改良された農作物が遺伝子組換え体として判定されるのか、それとも規制の対象にはならないのかを考える。

ひとまとめにできない 個別事例ごとに判断される

 海外でも、この技術は組換え体ではない、これは組換え体とみなすとはっきり定義されたものはない。米国では開発者が規制当局に申請した案件ごとに個別に判断しているが、まだ件数自体少ない。国際的には、OECD(経済協力開発機構)の「バイオテクノロジーの規制の国際的調和に関するワーキンググループ」で2014年2月に初会合が開かれたが、それぞれの技術のおさらい程度で、どれを規制対象とすべきか否かといった踏み込んだ議論はなかったようだ。2015年4月に2回目の会合が予定されているが、おそらく大きな進展はないだろう。 NBTにはさまざまな技術があるが、商業栽培を申請するほど、データがそろっているケースは少ないからだ。ひとくくりに判断するのではなく、申請された案件ごとに、どんな形質を変化させたのか、最終産物にほんとに導入した遺伝子の痕跡が残っていないのかを個々に審査して判断することになるだろう。これではあまりに漠然としているのでいくつか具体例をあげて考えてみる。

・組換え台木の接ぎ木

 まだ海外でも実用化段階の作物はないようだが、これは分かりやすい。例えば土壌病害に強い組換え体の台木を使うが、接ぎ木した地上部の穂木は組換え体でなく、台木から穂木に導入遺伝子は転流しないというケースだ。台木は組換え体なので、野外で栽培する場合、遺伝子組換え体として規制対象となり、環境影響評価を受ける必要がある。問題は穂木につく収穫物だ。収穫物に外来遺伝子が残っていないことを証明するデータを提出して規制当局の判断を仰ぐことになる。台木の外来遺伝子が残っているなら組換え扱いだが、まったく残らない場合、どう判断されるか? 最初の判断は難しいだろうが、閉鎖系の温室栽培だけでなく、実際に野外の隔離試験ほ場で栽培したデータをとらなければ先には進まない。

・シスジェネシス

 交雑可能な同種か近縁種の遺伝子のみを導入するシスジェネシス。米国のシンプロット社がアクリルアミド低減と打撲黒斑低減のジャガイモを開発し、最近(2015年3月20日)、米国食品医薬品庁(FDA)から安全性が承認された。

 このポテトは栽培種のジャガイモ由来の3つの遺伝子によってアクリルアミドを減らし、野生種のジャガイモ由来の1つの遺伝子によってポリフェノール発現を抑制し打撲黒斑を減らす。マーカー遺伝子も最終的には除去され、定義上はシスジェネシスのようだが、米国でも組換え体として扱われ審査された。日本にも食品安全性の承認申請が出され、食品安全委員会で現在審査中だが、議事録を読む限り、シスジェネシスだからという特別な配慮はなく、審査がおこなわれている。

 栽培種だけでなく、別種の野生ジャガイモ種の遺伝子を使っているからなのか、ジーンサイレンス(遺伝子発現抑制)技術を使っているからなのか、理由ははっきりしないが、米国でも組換え体か否かという議論もなかったようだ。これから出てくるシスジェネシス品種については分からないが、交雑可能な遺伝子だけを使っているといっても、即、規制対象外とはならないようだ。同じく交雑可能な種の遺伝子だけを使うが、改変した遺伝子を導入するイントラジェネシスは、痕跡が確実に残り検出できるので組換え体扱いとなるだろう。

・人工制限酵素(ゲノム編集)

 NBTで最近もっとも話題なのがゲノム編集、とくにCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)を使った技術だ。利用範囲も広く、有望そうな技術なので、できあがった作物や食品が組換え体か否か、もっとも議論になるだろう。しかし、データはまだ少ないので、これも事例ごとに判断していくことになるだろう。

2015年2月26日、北海道大学の生命倫理学者が「社会は遺伝子改変の痕跡がない作物を受け入れるか、ゲノム編集作物の規制と表示に関する提言」と題するやや挑発的な発表をし、いくつかの新聞が記事にした。

 論文を検索したら、大麦、小麦、オレンジ、コメ、ダイズなどでゲノム編集技術を使った研究が13例あり、コメが5例でもっとも多かったというものだ。「イネ」ではなく、「コメ」と書くあたりが、社会科学系の学者らしいが、痕跡が残らないから不安、標的部位以外のオフターゲットリスクがある、痕跡が残らないので規制の対象外となると決めつけるなど、問題の多い発表だ。不安を煽り、社会を混乱させることが主目的ではないようだが、思い込みの勇み足は社会にとってかえって害になる。ゲノム編集技術は有望な技術ではあるが、リスクの有無や規制の必要性を含め、事例ごとに慎重に判断されるという実情を理解すべきだ。

日本のアカデミーは及び腰? 官と学だけで産が入っていない弱さ

 「私の使っている新技術は外来遺伝子を使っていないし、痕跡も残らないのだから、組換えではない」と独断で野外試験を強行したり、市場にだすような暴走は慎むべきだ。これをやったら生命倫理学者の格好の標的になる。

 しかし、先端技術の利用にみんなそろって横並びも似合わない。「この技術は組換え体として扱わない」と国や国際機関から認定してもらわないと、研究は進まないと言うなら、袋小路に陥ってしまう。「判断材料とするためのデータを野外試験でとりなさい」と言われても、「組換え体として扱うと判断されたら嫌。ノンGMにすると保証してくれなければ試験栽培はできない」ではいつまでたっても物事は先に進まない。

 NBTに関して、2,3年前から大学や農水省主催でシンポジウムやワークショップが開かれているが、そこで感じるのは、大学や独法の研究者と農水省の技術官僚のひ弱さだ。

 ひ弱に感じる理由は官と学だけで産(企業)が入っていないからだ。状況を冷静に分析する司令塔がいない。商業化、実用化を最終ゴールにするなら、ゴールに導くには何が必要か、何が欠けているか、何を補充しなければならないかを考える。しかし、産が入っていないので、官と学からはこのような発想は生まれない。大学や独法の研究者にもなんとか実用化したいという思いはあるのだが、それより先に自分たちの研究組織の存続、予算獲得が最優先課題になる。研究費を増やすには、研究が継続するにはどうすればよいかが先に来る。やむを得ないことだが。

 さらに海外のバイテク大手の立場で考えてみる。彼らはすでに遺伝子組換え体(GM)で規制や審査のハードルを経験済みだ。NBTに組換え体以上の規制が課せられたら痛手になるが、同等か軽いハードルなら乗り越えられる。彼らにとっては低いハードルでも、アカデミーやベンチャー企業が超えられない高いハードルと感じ、参入をあきらめてしまうとしたら・・。どこの大手バイテクメーカーも公には言っていないが、この十数年間の組換え体をめぐる規制とコストの世界情勢を見てきた人間なら容易に想像がつくことだ。

 大学や独法の研究者は彼らの研究しているNBTがGM扱いになるなら、ノーベネフィットテクニック(利益のない技術)として研究開発をあきらめるのだろうか? GMとするかどうかを判断するため、とりあえずはGM扱いの隔離ほ場試験をやるしかないが、今までのGMの野外試験とは異なる、別な試験区分を作るなど、官(規制当局)と学(研究者)の前向きな取り組みが必要だ。それもためらうようでは一歩も先に進まないだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介