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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ネーミングが大切 「侵略的」改め、○○外来種?

白井 洋一

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 いま環境省は「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト案」を公表し、意見募集(パブリックコメント)中だ(締めきりは1月11日)。動物、魚、昆虫、植物など合わせて424種をリストアップし、北海道や沖縄に本来分布していない本土産カブトムシを、「国内由来外来種」として指定するなど中味も興味深いが、パブコメでは、それまで使っていた「侵略的外来種」という言葉が消えた。

始まりは愛知目標達成のため
 生態系をかく乱するなど被害が大きそうな外来種をリストアップする作業は2012年11月から始まった。会議の名称は「愛知目標達成のための侵略的外来種リスト作成会議」だ。

 愛知目標という言葉はあまりなじみがないが、2010年10月、愛知県名古屋市で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で、2020年までの10年間に達成すべき目標として決まったのが愛知目標だ。会議では開催地の地名を付けた名古屋議定書(遺伝資源の利用と利益配分に関する取り決め)が採択されたが、「ナゴヤプロトコル」とともに、愛知目標も「アイチターゲット」として国際的に認知されている。

 国際会議を誘致した自治体には、地名を冠にした条約や議定書ができることで、知名度アップにつながるという目論みもあるらしい。トウキョウ、キョウトは知っているが、ナゴヤやアイチを知る外国人は少ない。「Where Nagoya?」と聞かれ、「near Toyota 」で納得したという話もある。

 それはともかく、アイチターゲットには20の目標があり、1.生物多様性の価値と行動を認識する、2.生物多様性の価値が国や地方の政策に反映されるなど総論的な目標とともに、目標9として「侵略的外来種が制御され、根絶される」が入っている。環境省はこの目標を達成するため、侵略的外来種の選定作業に着手した。

 参考:愛知目標(Aichi Target)(環境省のサイト)

「侵略的」は使わないで イメージが悪すぎる
 専門家が候補にあげた侵略的外来種には、害虫や雑草、野生動物など、なるほど納得という外来種の他に、長年にわたり日本の農林水産業に利用されてきた外来生物も多数含まれていた。牧草などはほとんどすべて外来種だ。冗談じゃない、今さら悪者扱いされてはたまらないと、関連産業界から反発の声があがった。環境省も「侵略的外来種リスト(仮称)」と(仮称)付きにしデリケートな対応をとるようになった。

 2013年10月にリスト作成会議の学者と関連団体の意見交換会が開かれた。牧草や造園、道路の法面管理では、トールフェスク、チモシー、オーチャードグラスなどが侵略的外来種候補にあげられている。「制度の目的、趣旨は理解できるが、侵略的という冠が付くと悪いイメージを与える」、「名称が刺激的、産業管理外来種という補足説明があっても、一般市民には侵略的イコール悪いものととられてしまう」、「我々は悪いことをしているのかと仕事上の精神的ダメージもうける」と名称の再考を求める意見が相次いだ。

 水産関係では、ニジマスやカワマスが候補種だ。「ニジマス、カワマスは放流されてから100年以上たつが、生態系をかく乱することなく管理され利用されている」、「オオクチバス(ブラックバス)と同列に扱われるのは心外、外来害魚と思われてしまう。リストから削除してほしい」と訴えた。

侵略的は使わない 略称を考える
 それから1年、環境省は外来種リストの選定作業を進め、候補種を424種に絞り、2014年11月7日に最終確認の会議を開いた。

 環境省(事務局)は名称を「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」とし、「侵略的」という用語は使わないと説明した。これに対して、一人の委員から「わかりにくい、これでは一般には理解されない」「反対です」という声があがった。

 別の委員は、「侵略的という言葉を使わないなら、愛知目標達成のための外来種リストとか愛知目標達成のために対策が必要な外来種リストなどにしたらどうか」と代替案を示したが、事務局は「この名称で進めたい、変更は考えていない」と譲らない。委員からもこれ以上の反論は出なかったが、最初に反対と言った委員は「それでもなんらかの略称は必要ですよね」と詰め寄ると、事務局は「略称は別途考えます」と回答。他の委員も「普及させるためには、略称、通称は重要、しっかり検討してほしい」と要望し、今後の検討課題となった。

広く認知されるには短い略称で
 12月12日に出されたパブコメでは、略称、通称は○○とするという説明は入っていない。環境省はどんな名称を考えているのだろうか? すでに決めているのかもしれないが、「愛知目標外来種リスト」が一番適していると思う。

 侵略的外来種という言葉は、Invasive Alien Speciesの訳だ。侵入(インベンダー)と外来(エイリアン)を兼ね備えた刺激的な言葉だが、生物多様性条約関連の会議、文書では、IASという略語で定着している。今回の外来種リスト選定作業のきっかけが、生物多様性条約会議で決まった愛知目標達成のためであり、侵略的という形容詞を付けなくても、愛知目標の外来種といえば侵略的な種を指すことになるので英文にしても混乱しないだろう。

 略称、通称は正式名の「我が国の生態系に・・・外来種リスト」を短縮した形にする必要はない。遺伝子組換え生物の規制と管理を定めたカルタヘナ法も正式名は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」だ。長いし分かりにくいので、役所では2004年に法律ができたとき、「カルタヘナ議定書国内担保法」と言っていた。これでも長いので、カルタヘナ法となり定着した。「カルタヘナって何?」、「条約の議定書が採択されたコロンビアの都市名です」という説明もはじめはあったが、今は抵抗なく誰もが「カルタヘナ法」を使っている。

 今回、外来種にリストアップされたからと言って、すぐに使用が禁止されたり、根絶作戦が始まるわけではない。この制度は法律による規制を伴うものではなく、広く国民に注意喚起を呼びかけるのが目的だ。罰則もないのに効果があるのかという疑問もあるが、本来分布しない地域に外来種を持ち込み、広がることがなぜ悪いのか、どこが問題なのかを市民や行政や産業界に理解してもらうのが最大の目的だ。そのためには短く、すっと入ってくる略称、通称が必要だ。

 環境省は考え出した略称、通称をメデイアや自治体に宣伝し、これからはこれを使ってもらうよう働きかけねばならない。2014年11月7日の専門家会議後の報道は、朝日、読売、毎日、共同ともそろって「環境省、侵略的外来種リスト発表」の見出しだったが、今後、どう変わっていくのか。どんなニックネームがつき、定着していくのだろうか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介