科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新タイプの除草剤耐性作物 認可するが厳しい条件 米国環境保護庁案の意味するところ

白井 洋一

キーワード:

 グリホサート(除草剤)を散布しても枯れない雑草の対策として開発された2,4D耐性とジカンバ耐性の組換え作物。いずれも周辺の対象外作物への悪影響やさらなる抵抗性雑草の懸念から、米国での商業栽培承認が遅れている。2014年4月30日、米国環境保護庁(EPA)は、ダウ社の2,4D耐性トウモロコシとダイズの使用上の条件を発表した(ロイター通信)。条件付きで商業栽培を認めるという内容だが、今までの除草剤耐性作物のように条件なしの自由栽培ではない。背景には生産者の栽培の自由とともに、公共の利益への配慮という社会的問題がある。

これまでの経緯
 2005年頃からグリホサートの効かない雑草が増え、米国各地で農作業にとって深刻な問題となったため、グリホサートに代わる新たな殺草メカニズムをもった除草剤耐性品種の開発が急がれていた。ダウ社は2,4D耐性、モンサント社はジカンバ耐性のトウモロコシ、ワタ、ダイズ品種の開発を進め、商業化の申請をおこなった。

2012年4月 農民団体と食品製造業者 認可差し止め訴訟をおこす
 農民団体や食品製造業者が「我々の作物を救え連盟(Save Our Crops Collation)」を結成し、2,4D耐性とジカンバ耐性作物を承認しないよう、農務省とEPAを訴えた。この連盟は表示義務を要求している組換え食品なんでも反対の市民団体ではなく、組換えトウモロコシやダイズのメリットを認め、商業利用している生産者、事業者だ。

 彼らが反対したのは、2,4Dやジカンバはこれまで組換え作物に使われてきたグリホサートやグルホシネートと異なり、セスナやヘリコプターで空中から散布すると、液体や霧状になった除草剤が周辺の畑に飛散し、トマトや果物などに薬害(生理障害)を起こす危険が高いという理由からだ。これは科学的にみてもっともな理由で、多くの植物生理学者や雑草学者も支持している。

2013年5月 農務省 包括的環境影響評価実施を発表
 農務省は2,4Dとジカンバ耐性作物は、包括的な環境影響評価(EIS,Environmental Impact Statement)を実施した上で、最終決定すると発表した。農務省は組換え作物の環境影響を主に畑の外に広がり有害雑草化する恐れがないかの視点から評価しているが、それだけでは不十分と考えられる場合、ヒトの健康や野生動植物への影響、社会・経済的影響も考慮したEISをおこなうことになっている。このシステムの詳細は一年前の当コラム「米国農務省 組換え作物の栽培承認延期 包括的環境影響評価を実施」(2013年5月22日)を参照していただきたい。

2014年1月 農務省 ダウの2,4D耐性ダイズとトウモロコシの一次環境影響評価を発表
 EISは1回目(Draft-EIS)と2回目(Final-EIS)がおこなわれる。今年1月、農務省はダウの2,4D耐性のダイズとトウモロコシについて1回目のEISの結果を発表した。すべての作物の商業栽培を認めない、トウモロコシのみ認める、ダイズのみ認める、すべて認めるという4つの選択肢を示したが、包括的なリスク評価の結果、ダイズだけとかトウモロコシだけというのは科学的根拠がなく、農務省の管轄範囲の評価では、どちらの作物も承認できるという内容だ。

 肝心の除草剤のドリフト(漂流飛散)や霧状化による他作物への影響は、EPAの担当なので、農務省はまもなく出るであろうEPAの評価結果とあわせて最終判断するとしている。

 米国の組換え作物の承認システムのうち、農薬が係わるものはEPAが担当し、害虫抵抗性のBt作物は作物体内に殺虫成分を発現するので、EPAが評価する。除草剤耐性の場合、除草剤耐性作物自体は雑草を枯らすわけではないので、使われる除草剤の安全性をEPAが評価する。

 今までのグリホサート耐性やグルホシネート耐性作物では、周辺の他作物への影響は考慮されず、使い方に注文は付かなかったので、今回EPAがどんな判断をするのか注目されていた。

EPA案
 4月30日、EPAは2,4D耐性ダイズとトウモロコシの使用上の条件を発表した。

 要約版(ファクトシート)によると以下のとおりだ。

・対象となるのはグリホサートと2,4Dコリン塩を含む除草剤(Enlist Duo)で、グリホサートはすでに(空中散布を含め)農地での利用上の評価は終了し安全性が認められている。

・今回評価した2,4Dコリン塩は、周辺作物へのドリフトや霧状化飛散が比較的少ない製品で、他の2,4D除草剤には適用されない(今までに認可されている2,4Dアミン塩や2,4Dナトリウム塩除草剤は使えない)。

・周辺作物へのドリフトや霧状飛散防止のための規制
(1)散布する畑の端に30フィート(約9m)の緩衝帯を設ける
(2)風速15m/時以上では散布禁止
(3)空中散布は禁止
さらに添付文書では、特に影響を受けやすい作物として、トマトなどの果菜類、ウリ科野菜、ブドウをあげ、散布前に畑の場所を確認するよう求めている。

・除草剤抵抗性雑草の出現対策
(1)ダウ社はモニタリング、EPAへの報告、生産者教育などをおこなう
(2)もし抵抗性雑草が出現したら、EPAはダウ社に対し、使用制限など新たな規制を課す

EPA案の意味するところ
 今回のEPA案は2つの点で注目される。1つは除草剤耐性組換え作物では初の政府による規制管理になるということ、もう1つは周辺作物への飛散被害を防ぐため空中散布を全面禁止にしたことだ。後者では、除草剤散布の省力化、地上からの散布による温室効果ガス排出を減らすなどのメリットが失われることになる。

 しかし、広い範囲で周辺の他作物に悪影響が出るとすれば、生産者の利益が制限されるのは当然だ。害虫抵抗性Bt作物では、抵抗性害虫の出現を抑えるため、非Bt作物を周辺に一定面積植えることが義務付けられているが(緩衝区,Refuge制度)、これも抵抗性害虫の出現や蔓延によって、まじめに正しい栽培管理をしている生産者にも被害が出ることが予想されたことが背景にある。

 グリホサートの効かない雑草も、グリホサートだけに偏った使い方をしてきた農家の畑にだけ被害がでるなら自業自得ですむが、雑草の種子や花粉が周辺農家の畑にも飛散するため、公共の利益の観点から問題視されるようになった。除草剤耐性作物でもBt作物のように行政府によるなんらかの規制が必要ではないかと連邦議会でも取りあげられていた(Delta Farm Press, 2010年10月11日)。

 今回のEPA案はパブリックコメントを経て、農務省の2回目のEISと合わせて、今年の9月か10月頃に最終決定される予定だ。生産者にとっては使用条件が制限された厳しい内容だが、周辺作物への飛散被害を防ぐという点では妥当な判断だけに、空中散布が認められることはないだろう。次に控えるモンサント社のジカンバ耐性の評価にも影響するし、今後の新規除草剤開発でも大きな制限要因になると考えられ、今回の提案の持つ意味は大きい。

 経済や社会科学系の論文では、「Bt作物は非Bt作物の栽培義務などの制約があり、大きなリスク(コスト負担)になっている」とか「抵抗性発達は、新たな農薬が開発されるきっかけになりビジネスチャンスが生まれる」といった論調が散見されるが、これは害虫や雑草防除の現場を知らず、公共財という面を考慮しない学者の浅薄な論理だ。

 ところで、米国の組換え反対の市民団体は、2、4D除草剤はベトナム戦争の枯れ葉剤作戦(エージェントオレンジ)に使われたもので、ダイオキシンを含み、発がん性や内分泌かく乱をおこすと主張して反対しているが、これは的外れだ。ベトナム戦争の枯れ葉剤は2,4Dと2,4,5Tの混合物で、悪影響の原因は2,4,5Tの方で、現在は使用禁止になっている。2,4D単独の除草剤は米国だけでなく、日本など世界各地で安全性認可を受けて使用されている。日本の一部の生協や市民団体など都市生活者団体は勉強せず(あるいは理解できず)、枯れ葉剤説を流しているが、これもお粗末だ。今回の問題の本質はそんなことではないのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介