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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

意図的な異物混入から食品を守るには 米国食品医薬品庁の提案

白井 洋一

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 昨年の暮れ(2013年12月24日)、米国食品医薬品庁(FDA)は「意図的な異物混入から食品を守るための対策に焦点を絞った規則」を提案し、現在、意見募集(パブリックコメント)をおこなっている。

 そそっかしい研究者が「Intentional Adulteration(意図的異物混入)」を「国際的異物混入」と訳してブログで紹介していたが、今回のFDA案は海外からの食品テロ対策に主眼をおいているので、国際的異物混入と訳しても間違いではないかもしれない。

背景は9.11同時多発テロ

 今回の提案は、昨年、FDAから出された食品安全近代化法(Food Safety Modernization Act)関連の規則の一つだ。食安近代化法は、当コラム「米国 食品安全近代化法ようやく動き出す 輸入食品の規制も強化」(2013年7月31日)でも取りあげた。

 食安近代化法は食中毒防止など、事故が起こってからの対策より、事故を未然に防ぐ予防対策に重点を置いたものだが、対象となる食品事業者は米国内だけでなく、輸入業者や海外の製造業者も含まれ、米国の安全基準を満たすことを求めている。

 2009年のピーナツバター(サルモネラ菌)や2011年のカンタロープ(メロン)(リステリア菌)による多数の死者を出した集団食中毒事件はいずれも米国内の業者、農場が原因で、輸入食品では重大な食品事故は起こっていない。「海外のことをあれこれ言うより、まずは米国内の安全対策が先ではないか」という声も聞かれるが、米国は耳を貸さない。

 食安近代化法は、2001年9月11日の同時多発テロ事件を機に成立した「バイオテロ対策法」(正式名は「公衆の健康安全保障、バイオテロへの準備と対策法」(2003年12月施行)と両輪の関係にあるからだ。

 9.11後遺症が今も根強く残っているのか、9.11便乗の海外企業への干渉かの問題はさておき、意図的な犯罪者による食品への異物混入を防ぐためにFDAはどんな提案をしたのか読んでみた。

米国食品医薬品庁からの提案

 提案の本文は170頁に及ぶが、概要版は5頁にまとめられている。

 最初に、意図的な食品への異物混入として、不満のある従業員、消費者、競争相手などによる特定企業の経済的損害を狙った行為と、大規模な公衆の生命を狙ったテロ行為をあげ、後者への対策であることを明らかにしている。

 その上で、テロ活動によって、異物混入がおこなわれやすい段階を4つあげている。
1.大量の液体原料の受け渡しと積み込み
2.液体の保管と処理(調整)
3.2次原材料の処理(食品の主原材料と調合する前の段階)
4.混合など

 点検、対策として7つをあげ、書面でFDAに提出するよう求めている。
1.とくに犯罪者に狙われやすい上記の4つの段階について、自社の施設は大丈夫か点検し特定する。実行可能な作業段階((Actionable process steps)を特定すること。
2.弱点が見つかったら、そこに焦点を絞った対策をたてる。
3.対策を定期的にモニターする。
4.対策が不十分なら修正する。
5.これらの対策が適切かどうか認定を受ける。また、定期的に再評価する。
 この他、6.事業者と職員の教育・訓練、7.記録を文書で残すことをあげている。

テロ対策 コストはかかるが防止効果は大きい

 この規則では農業生産者は対象としないが、食品製造、流通に関わる国内、海外事業者のほとんどが対象となるようだ。ただし、規則の完全遵守に、零細企業(年商1千万ドル以下)は3年間、中小企業(従業員500人以下)は2年間、それ以外の大企業は1年間の猶予期間を設けている。

 FDAはこの規則を実施した場合のコスト(事業者負担)を年間3億7千万ドルと試算している。平均で1事業者あたり、最初の年は7万ドル、以降は年3万7千ドルの負担となる。

 「食品テロは滅多に起こるものではなく確率的にはきわめて低いが、いったん起きれば人の健康や経済に破壊的な損害をもたらす。この損害を金額に換算するのは難しいが、未然に防ぐことによる利益は、コスト負担より確実に大きい」と強調している。

海外事業者の反応は

 意図的な異物混入は人間による仕業だ。どんなに対策を強化しても悪意をもった犯罪者、とくにテロリストはそれを超える戦略を立てるだろう。大量の液体原料の輸送や保管など、狙われやすい段階を特定し、弱点を強化するのは有効な対策だ。しかし、今回のFDA案が食品テロへの抜本的対策になるかは疑問だ。

 いままでに提案された食安近代化法関連の規則について、日本の事業者側の意見は、JETRO(日本貿易振興機構)から出されている。おもな内容は「零細企業などの定義が不明確、日本語による公式文書の作成、海外企業の負担軽減、すでに存在している国際基準との整合性」などだ。

 海外事業者への注文がどの程度なのか、今回のFDA公表文書では詳細は明らかではないが、9.11に端を発した食品テロ防止対策だ。米国側からの注文、監視が多くなることはあっても少なくなることはないだろう。JETROや日本の事業者団体はどんな意見、要望を出すのだろうか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介