科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

生のコーヒー豆をポリポリ毎日0.3kg食べても、健康に及ぼす影響はありません。

斎藤 勲

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 5月1日付厚労省発の検査命令で、大手商社が輸入しようとしたコロンビア産生鮮コーヒー豆から有機リン剤クロルピリホスが基準値0.05ppmを超えて、0.2ppmが19.2トン、0.07ppmが52.5トン検出されたので、全ロット検査の検査命令(輸入届出ごとの全ロットに対する検査の義務づけ)が出された。

 その際のクロルピリホス0.2ppm(基準値の4倍!)残留するコーヒーを摂取したらどうなるかの安全性の部分の説明で、「3. 体重 60 kgの人が、クロルピリホスが 0.20 ppm残留したコーヒー豆(注:生鮮)を毎日0.3 kg摂取し続けたとしても、許容一日摂取量を超えることはなく、健康に及ぼす影響はありません。」と、説明してある。基準違反ですが大丈夫ですよ、という親切心からの文言である。しかし、生のコーヒー豆を0.3kg食べることもないし、実際飲んでいる時はどうなのという消費者サイドへの説明はない。

 食品衛生法第1条では、「この法律は、食品(注:飲食物)の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする。」と定められ、多くの基準・規制がなされている。

 残留農薬については、まだ畑で栽培されている農産物をもってきて検査して、基準値をこんなに超えている!といっても、それは違反ではない。なぜならそれはまだ食品としては扱われていないから。収穫されて売りますよという状態になってくると食品として扱われるようになり、その段階で基準を超えているとダメということになる。農産物と食品の違いを示す例が、輸入柑橘などに良くよく使用されている防かび剤ポストハーベスト農薬である。収穫後パッキングハウスで使用され輸送時の防腐効果を高める。海外ではポストハーベスト農薬として規制されるが、日本では収穫後に使用されるので食品衛生法の範疇に入り食品添加物の防かび剤扱いとなり、スーパーなど販売時には店頭での表示が必要となることはご存じだろう。

 コーヒーは通常、生豆で流通しており、その状態で検査される。生の豆はほとんどの人が見たことはないと思うが、日本に輸入されるコーヒー豆は、大部分が生豆として輸入され国内の焙煎所で焙煎され、豆そのまま又は粉砕して袋詰めされ出荷販売される。実際のところ、飲んでる時はどうなのか?
 最初に残っていようがいまいが、飲む時には問題ない量になっているのが実態だし、関係者の常識だろう。

 輸入検疫で基準超過で違反となり、積戻しされている生豆に残留している農薬は大半が微量であり、生豆に残留した農薬を実際消費者が飲むまでには二つの大きなハードルをクリアする必要がある。一つ目は焙煎、もう一つがお湯出しである。文献的には、0.2ppm程度残留した塩素系農薬等多くの農薬が、200度前後の高温で焙煎される際に多くが95%以上分解してしまう。焙煎のハードルは農薬にとっては鬼門である。さらに、残った農薬は多くが水に溶けにくい性質を持っているので、次の抽出段階で飲むコーヒーの方に抽出されてこない(検出限度以下)という結果となる。

 最近ではコーヒーで関心を持たれているのは、残留農薬よりも熱に強いカビ毒や、焙煎時に生成する多環芳香族を初めとするいろいろな化合物の安全性かもしれない。2015年からのEUの通関拒否通知(Border Rejections)を見ていると、お茶の通関拒否は多い(日本茶もEUで基準がないジノテフラン違反が発生)が、コーヒーはカビ毒のオクラトキシンAの残留での拒否が主であることにも注目したい。

 飲食物の安全性を確保するため、そのまま食べる農産物など原材料での確認は現実的であるが、コーヒーの様に加工段階で明らかに状況が変わるものについては、検査結果に対するそれなりの判断が必要だろう。「生のコーヒー豆をポリポリと毎日0.3kg食べ続けても大丈夫」のような健康影響評価の言葉しか出せない不毛の説明では誰も興味を示さず、ただ違反か、そんなものを売っているのか、やっぱり農薬は…という悪評だけが残る。

 コーヒー豆の場合は2008年エチオピアの違反事例の様に再利用されている麻袋が汚染原因という例もあるが、多くは生産現場での作業者暴露をきちんと管理・防止すれば、一生懸命働いて役に立っている農薬も多いとは思うが、多分、私の目の黒いうちには農薬が浮かばれることはないだろうなという一種荒涼とした気分の中、焙煎した豆を自動ミル(手動では一人分ならいいが、4人分は挽く元気がない)で挽いて、コーヒーメーカーで柔らかな味のコーヒーを飲みながらこの原稿を書いている。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。