知っておきたい食肉の話
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます
食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。
農林作物などに大きな被害を及ぼす有害鳥獣であるイノシシや鹿を「山の恵み」として捉え、「ジビエ」という貴重な地域資源として活用すべく取り組みが広がっている。
かつては高級フランス料理店でしかお目にかかれなかったジビエ料理だが、いまや誰もが知っている身近な店まで全国のいろいろなところで食べられるようになってきた。とくに、目立つのが鹿肉のメニュー開発だ。
広がりを牽引しているのは外食業界団体の一般社団法人日本フードサービス協会。同協会が全国の飲食店でジビエ料理を提供する「全国ジビエフェア」を2018年10月から2019年2月10日まで開催中だ。昨年夏に続く第2弾で、今回は全国の1000店以上が参加。ジビエを食べたことのない若者らに“初体験”をしてもらうことで新たな需要を生み出そうと、外食チェーンがハンバーガーやコロッケ、カレーなど手軽に食べられるメニューを開発し、提供している。
一例を挙げれば――
飲食チェーン“ココイチ”で知られる「CoCo壱番屋」が滋賀県の11店舗で販売している「近江日野産 天然鹿カレー」。県内で捕れた新鮮な鹿肉が、ココイチ自慢のカレーにたっぷり入っている。「ごろりとした鹿肉はあっさりしていて、カレーとの相性も抜群!地域の人に愛される一品」という。ハンハンバーガーチェーンのベッカーズでは、鹿肉バーガーも販売している。
北海道の旬の素材を味わえるイタリアンレストラン「ミア・アンジェラ 霞が関」では、「北海道産天然エゾシカのロースト」が食べられる。「初めての人は誰もが柔らかでジューシーなエゾジカの肉質に驚く」のだとか。北海道の野菜を添え、山わさびのソースが鹿肉の味を引き立てる。
明治28年創業の老舗すき焼き店「人形町今半」惣菜部の隠れた人気アイテムは「鹿肉コロッケ」。ほくほくのジャガイモの中に鹿肉がたっぷり入っており、野趣あふれる味わいが口の中に広がる。本店惣菜部では1日20個限定で販売しているが、「午後の早いうちに売り切れるほど人気メニューになっている」とのことだ。
●利用されているのは捕獲の1割
外食チェーン以外でもハンバーガーパテやレトルトカレーとして市販されているほか、地域によっては学校給食でも利用されるなど、ジビエの利用が活発化しつつあるが、その背景にあるのは、鹿やイノシシなどの野生鳥獣による全国の被害額が年間200億円前後で推移していること。
金額の大きさもさることながら、農家の生産意欲が削がれれば、耕作放棄や離農につながる。牧草地や飼料畑の被害も深刻化している。鹿の推定生息数はこの25年間で約20倍(北海道を除く)、イノシシは3倍に増加しているが、その一方で1970~80年代に50万人いたハンターが2000年代に入って20万人に減少している。さらに捕獲されたものの、その93%は未利用で廃棄されているという現状がある。
こうしたことから国では鳥獣被害防止特措法( 2007年制定)を2016年に改正した。改正の大きな柱としたのが「捕獲した鳥獣の食品(ジビエ)等としての利活用推進」だ。これを受けて農林水産省では、捕獲鳥獣の食肉への処理加工施設の整備や、商品開発に要する資材の購入、販路開拓のための研修会の開催等の取り組みに対して総合的に支援していく方向性を打ち出している。
●「国産ジビエ認証制度」がスタート
ジビエと牛肉や豚肉などの家畜肉との大きな違いは、どこにあるのか。家畜はきちんと衛生管理された施設で安全性が確認されたエサを給与されて育つ。つまり、家畜伝染病予防法、飼料安全法、と畜場法、食品衛生法といった法律で規制され、生産から流通段階まで食品として衛生管理されているのが一般に流通されている食肉だ。一方、ジビエは山中を駆け回って自ら餌を探してきた動物を捕獲、処理したもの。法的な規制はほとんどない。ここの大きな違いがある。
厚生労働省は2014年に「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」を策定した。狩猟、解体処理から飲食店、さらに消費の各段階において安全性を確保する体制が示されているが、これはあくまでもガイドラインにすぎない。
これに沿って捕獲した鹿、イノシシを衛生的な管理を行っている施設を認証する仕組みとして農林水産省は2018年5月に「国産ジビエ認証制度」をスタートさせた。認証機関として一般社団法人日本ジビエ振興協会が農林水産省の認定を受けて、今年1月9日までに申請のあった食肉処理施設「京丹波自然工房」(京都府京丹波町)と「祖谷の地美栄(いやのじびえ)」(徳島県三好市)の2ヵ所の食肉処理施設を認証した。
「京丹波自然工房」は独自の衛生管理マニュアルに基づき、全ての工程の作業記録を作成、捕獲時の体温や内臓の状態等もチェック、個体毎に識別番号を付与、工程ごとに処理する部屋を分けるなどして、品質・衛生管理を徹底。大手百貨店高島屋と連携し、食肉処理施設の運営・管理状況の確認作業を繰り返し、約1年かけて衛生面や安全性の確認を受け、高級ブランドとして高島屋洛西店で2017年7月より常設販売、2018年9月からは同京都店でも常設販売開始。年間処理頭数は402頭(平成28年度実績)。従事者数は7人で、うち4人はジビエハンターとして、現場に赴き止め刺し・放血を行う。主な販路:首都圏のレストラン・小売店や百貨店「高島屋」に精肉を供給。ペットフードのネットショップも展開する。
認定第2号施設の「祖谷の地美栄」は徳島県「阿波地美栄処理衛生管理ガイドライン」に基づき、個体毎に識別番号を付与し全ての工程の作業記録を作成、 止め刺し・放血、解体から冷凍保存まで迅速に行い、徹底した品質・衛生管理を実施。ジビエを地域資源として有効活用し、市内の宿泊施設などに精肉を供給し「阿波地美栄」としてブランド化を推進。東京フレンチシェフ監修の下「シカ肉ソーセージ」の商品開発や、市内の観光施設でソーセージ作り教室に取り組み、 シカ肉の普及や地域活性化に寄与している。年間167頭を処理(シカ161頭、イノシシ6頭)(平成29年度)。従事者数は5人でうち2人は狩猟免許を有し自らも捕獲する。主な販路は三好市内の宿泊施設、レストラン、カフェを中心に提供し、首都圏のフレンチレストランにも販路を開拓している。
岩手大学の品川邦汎名誉教授は「ジビエはE型肝炎ウイルスや腸管出血性大腸菌 O157、トリヒナ(旋毛虫)症の感染の可能性があるので、十分に加熱調理が必要だ」とし、牛肉、豚肉、鶏肉と同様に中心温度75℃で1分以上の加熱を順守するよう警告する。適切に処理・調理されたジビエは、多様な味わい深さがある。ジビエ料理を得意とするシェフは「同じシカやイノシシでも、性別、月齢、季節、捕獲場所によって味が違うから面白いし、腕の見せ所でもある」と語る。
●ジビエ普及に向けたイベント
ジビエ普及に向けたイベントも数多く行われている。ジビエシーズン入りの2018年11月20日~22日、東京ビッグサイトで開かれた「第1回鳥獣対策・ジビエ利活用展」では、全国から約8000人が来場。出展者は、ジビエ加工のレシピを考案する食品企業や、罠の企業など15の企業や団体。その中で、捕獲をEメールで知らせる罠や、狩猟者に猟犬の位置を知らせる携帯用端末など、ITを活用したシステムが目立っていた。
2018年2月16日には東京都江東区豊洲のCAFE;HAUS(カフェハウス)で「第3回日本猪祭り」が開催される。主催は郡上里山(株)(猪鹿庁)。2009年に結成された里山保全組織で、岐阜県郡上市に住む若手猟師で狩猟文化を若い世代に広め、狩猟の6次産業化に取り組む。山の恵みである猪肉を「農山村の地域資源に」という目的で、その本当の美味しさを日本全国の方に伝え、ファンになってもらいたいというイベント。全国20産地以上の猪肉を食べ比べ、一般の方からの投票で美味しい猪を決める「利き猪グランプリ」や猪肉の熟成肉の実食などバラエティに富んだイベントが催される。
日本ジビエ振興協会主催、徳島県共催による「第5回日本ジビエサミット」が1月24~26日、徳島県で開催された。このサミットの目的は、有害鳥獣の捕獲、解体処理、流通、消費の取組事例の報告・検討と、川上(食肉処理施設・地方自治体)と川下(飲食店・消費者)との意見交換を通じ、ジビエや鳥獣被害に係る情報の共有と相互理解を醸成することにあり、全国のジビエ関係者ら約500人が参集した。藤木徳彦理事長は「ジビエサミットを通じて適切な処理・流通を周知すると同時に、ジビエの特有の高い付加価値の情報を提供することで、食肉としての利活用を大きく前進させたい」と語る。
『国産ジビエ認証制度』が制定され、捕獲した野生鳥獣の食肉としての利活用の動きがますます活発化している。これまでの野生獣肉という概念から食肉というジャンルに足を踏み入れることになり、より一層食の安心安全に向けた衛生管理や品質管理が求められる。日本においてジビエを食文化として確立することは、農業被害を食い止めるだけでなく、地域に新たな産業を作り雇用の創出につながると関係者の期待は大きい。
食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます