科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

3 御塩焼き・・・御塩殿神社で塩を炊き上げる

谷山 一郎

キーワード:

(1)煎ごう塩

 前回、神宮の製塩作業における御塩浜と呼ばれる入浜式塩田での海水濃縮作業(採かん)について触れました。今回は次の過程である長時間かん水を煮沸することによって水分を除き、塩化ナトリウムを主成分とする塩の結晶を得る煎ごうと呼ばれる作業(御塩焼き)を紹介します。

 海水またはかん水を濃縮する操作において、熱エネルギーと釜を使うという基本的な原理は縄文時代から変わっていません。しかし、エネルギー源は薪から石炭、石油・電気へ、釜の構造は大きく変化し、真空で蒸発を促進させるなどエネルギー効率も大きく改善されました。また、塩化ナトリウム以外の成分を自動的に取り除く工夫がされ、塩化ナトリウムの純度の高い塩を得ることができます。

 海水には塩化ナトリウム以外のさまざまな成分が含まれているため、煎ごうの過程で溶解度の小さい成分から順に結晶として析出しますが、温度やイオン濃度などによって生成物やその順番が複雑に変化します。1772年にフランスの化学者ラボアジェが海水中の塩の結晶の析出順序を初めて発表しました。それによれば、塩化ナトリウムが析出した段階で濃縮を止めれば、カルシウム系の成分は結晶として残り、カリウムとマグネシウム系の成分は「にがり(苦汁)」と呼ばれる液体として分離することができます。

 現在では、塩化ナトリウム以外の塩は遠心分離などによって取り除けますが、昔はカルシウム系の塩は釜の表面に付着させるか、取り切れない分は塩化ナトリウムの結晶と混合していました。また、にがり成分も塩化ナトリウム結晶を釜から取り出し、「かます」や俵に詰めて「すのこ」の上に置き、にがり液として分離しました。さらに、長期間その状態で保存するとにがり成分が大気中の水分を吸収して潮解を起こし、液体として分離できますが、多少は塩化ナトリウム分に残ります。

写真1 御塩殿神社の御塩汲入所(右(と御塩焼所(左)(2014年8月1日)

写真1 御塩殿神社の御塩汲入所(右(と御塩焼所(左)(2014年8月1日)

(2)煎ごうのための施設

 神宮の御塩の煎ごうは、伊勢市二見町にある御塩殿神社(みしおどのじんじゃ)境内の御塩汲入所(みしおくみいれしょ)と御塩焼所(みしおやきしょ)で行われます(写真1))。両所とも「天地根元造り(てんちこんげんづくり)」と呼ばれる地面から茅葺きの切り妻屋根が立つ古代建築を模したと言われる構造をしています。

写真2 御塩汲入所におけるかん水のくみ出し(2014年8月1日)

写真2 御塩汲入所におけるかん水のくみ出し(2014年8月1日)

 御塩汲入所の中には、144L入りの壷が12個地中に埋められており、この中に御塩浜で採取されたかん水が入れられています。また、砂の入ったかん水濾過用の木桶が1個置いてあります(写真2)。

 御塩焼所の中央には粘土で作られているかまどがあり、そのかまどには口径約2m、深さ約15cm、厚さ5~8cm、容量126L の鉄製の平釜が置かれます。その周りには、薪置き場やにがりを除くための木製の台(塩ふね)が設置されている居出場(いだしば)と呼ばれる場所があります。

写真3 御火鑽具による忌火起こし(2014年8月1日)

写真3 御火鑽具による忌火起こし(2014年8月1日)

(3)煎ごう作業

 作業開始日の朝8時から、御塩焼所で神職が御火鑽具(みひきりぐ)により木と木をすり合わせておこした忌火(いんび)がかまどに焚きつけられました(写真3)。忌火とは、清浄な火という意味で、神饌の調理や重要な神事の際にきり出される火のことをいいます。

 
 

写真4 御塩の撹拌(2014年8月1日)

写真4 御塩の撹拌(2014年8月1日)

 鉄釜に御塩汲入所に貯蔵されていたかん水を入れ、沸騰させます。沸騰すると不純物を含んだ褐色の泡が出てくるので、これを大きな匙ですくい取ります。煮詰まるにつれ木製の櫂で焦げ付かないようかき回します(写真4)。釜の半分以上に塩の結晶がたまると木鍬で塩を取り出します。取り出された精製されていない荒塩は、すのこ状の棚(塩ふね)に載せ、液体のにがりを取り除きます(写真5)。

 

写真5 塩ふねによるにがり除去、手前は二斗俵(2014年8月2日)

写真5 塩ふねによるにがり除去、手前は二斗俵(2014年8月2日)

 その後荒塩は、稲藁と麦藁であみこまれた二斗(36L)俵につめられて御塩殿裏の御塩倉で貯蔵され、さらににがりを取り除きます。採取されたにがりは土間の締め固めに用いられるとのことです。

 荒塩を取りだした鉄釜に再度かん水が入れられ、この一連の作業で約4時間かかります。一昼夜かけ8月2日の夕方まで休まず荒塩の焚き上げ作業が行われました。

 エアコンはもちろん、扇風機もない御塩焼所の熱気や煙が籠もる室内で、作業は御塩浜で採かん作業をしていた地元の有志の方々によって徹夜で続けられました。

(4)おいしさの秘密

 塩に不純物として含まれている硫酸カルシウムはえぐ味を、にがりの主成分である塩化マグネシウムは苦味を呈するため、これらを取り除く必要があります。このため、塩ふねによるにがり除去だけでなく、潮解性を除くため焼塩を作る10月上旬または3月上旬の御塩焼固(みしおやきがため)まで荒塩として御塩御倉(みしおのみくら)に保存し、にがりを除きます。さらに、御塩焼固は、加熱によって塩化ナトリウム以外の成分が化学変化するため、不快な味を軽減していると思われます。

 塩の美味しさの感覚は人によって異なるので客観的な評価は難しく、まろやかな塩という表現には、塩化ナトリウム以外の塩の量、結晶形状、粒径などが関係して複雑です。神宮の御塩については化学組成や形状などについての情報はありません。また、かん水の成分は天候などに左右されますし、煎ごうにおいては人間の経験と勘によって調製しているため、成分変動があると推定されます。しかし、料理研究家の辻嘉一氏は、神宮の御塩について「その幅の広い、豊かな旨味に感動しました」と著書の中で述べていることから、塩化ナトリウム以外の成分が適度に含まれているのでしょう。天照大御神も豊受大御神も、美味しい塩を調味料または酒肴として召し上がっていることになります。

<ガイド>
自動車:国道42号線でJR二見浦駅手前の荘3の交差点を左折し、二見グラウンド東隣の二見浦海水浴場の駐車場から徒歩約400m。
バス:伊勢市または宇治山田駅から三重交通鳥羽、鳥羽水族館・ミキモト真珠島、河崎・二見行き二見浦表参道バス停下車約900m。運行間隔約1時間に1本。

作業の日程は毎年変わり、2014年は8月1~2日に行われました。見学は御塩焼所の入り口付近に張られた柵の手前で可能です。ただし、ヤブ蚊やアブなどの害虫対策をとる必要があります。

参考資料
神宮司廳(2012)神宮の御塩,神宮広報シリーズ3,p1-15, 神宮司廳
辻嘉一・高橋忠之(1987)塩,神々の饗,p118-148,小学館

執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る