科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

1 連載を始めるにあたって

谷山 一郎

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 私は学生時代、農芸化学と土壌学を専攻し、農業系の研究所で土壌保全、有害化学物質や地球温暖化などの調査・研究に33年間従事し、2014年3月に退職して4月から伊勢市に住むようになりました。

 伊勢との縁は、伊勢市に在住し、観光施設に勤めていた妻と交際を始めてからになります。結婚後、正月や夏休み、冠婚葬祭時には伊勢に帰省し、神宮に関する行事に参加してきました。また、義父は会社を退職後、伊勢神宮(以下神宮)の事務機関である神宮司庁に10数年勤め、その間神宮のさまざまな話を聞いてきました。

 FOOCOM.NETの松永編集長とは長いお付き合いがあり、食や農業環境についていろいろと情報交換を行ってきました。退職直後にインタビューを受けた際に「伊勢というところは日本の食を考える上で面白いところかも知れませんよ」とお話したところ、そのことを伝えてくださいと言われ、その後、メールに写真を添付して神宮の神事や伊勢の習慣について、送っていました。

 そうしたところ、「これまでの研究や活動も踏まえて、伊勢というまちから、日本の食を縦横無尽に、時間を飛び越えて語って行くようなコラムをFOOCOM.NETに書いていただきたい」というお誘いを受けました。

 神宮については神職、宗教学者、歴史学者や建築家などの著作が多数ありますが、農業や環境の専門家からの発信は少ないようです。そこで、食や農業に関する神宮とそれを取り巻く施設および行事などについて、歳時記風に化学系研究者の視点でご紹介していきたいと思います。

<ガイド>

 神宮関係の神事や行事を少しでも多くの人々が見ることによって神宮を理解していただきたいので、場所や日時についての情報を提供しようと思います。

 ただ、神事に参列している際には、私語を慎み、携帯電話はマナーモードとし、カメラもフラッシュは控えてください。また、祝詞を上げている際には写真撮影を遠慮するとともに、施設の門が開いている際には正面に立つことは多くの場合規制されます。

 この記事に添付した写真は、そのような条件のもとで参拝者の視点でコンパクトデジカメを使って撮影したものですので、参考として下さい。

(1)豊受大御神

 神宮には内宮(ないくう)と外宮(げくう)があり、内宮には天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祀(まつ)られていることは皆さんご存知でしょうが、外宮の祭神が豊受大御神(とようけのおおみかみ)という女神だと知っている人は多くはないと思います。

 伝承では、雄略天皇の時代に天皇の夢枕に天照大御神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、御饌(みけ:食事)をつかさどる豊受大御神を近くに呼び寄せなさい」と言われたので、丹波から伊勢にお迎えしたとされています。古事記では、豊受大御神は邇邇芸命(ににぎのみこと)の天孫降臨につき従った神と記されており、トヨウケのケは食を意味し、食べ物の神様となります。豊受大御神が丹波の地に鎮まるまでは、浦島太郎伝説に対比される波瀾万丈の経歴についての俗説がありますが、それには触れません。

写真1 外宮御饌殿と御饌の入った辛櫃(からひつ)を運ぶ神職 (2014年9月13日)

写真1 外宮御饌殿と御饌の入った辛櫃(からひつ)を運ぶ神職(2014年9月13日)

 俗説ついでに、外宮の近くのお宮に祀られている天照大御神の弟である月夜見尊(つきよみのみこと)は、白馬に乗り両宮を結ぶ神路通りを利用して、夜ごと豊受大御神のもとへ通っているという言い伝えが地元にはあります。

(2)神宮と食
 この豊受大御神は毎日二度、外宮内の食堂である御饌殿(みけでん)において天照大御神他の神々と食事をされているのですが、その食事は神宮の神職によって忌火屋殿(いんびやでん)と呼ばれる台所で調理され、献上されています(写真1)。

写真2 神宮神田の抜穂祭(2014年9月2日)

写真2 神宮神田の抜穂祭(2014年9月2日)

 メニューは、季節によって変わりますが、ご飯、塩、水、かつお節、鯛などの干魚や鮮魚、海藻、野菜、果物、清酒という栄養バランスがとれたものです。このように、神様に毎日食事を差し上げ、その主な材料を、コメであれば神田(写真2)、野菜や果樹は御園と呼ばれる施設などで生産・調製するシステムを有しているのは日本では神宮だけです。

写真3 伊雑宮の御田植式(2014年6月24日)

写真3 伊雑宮の御田植式(2014年6月24日)

 また、神宮ではこの朝夕二度の食事を始め、五穀豊穣を願い、収穫を感謝するとともに神様に食事を提供する神事が行われています。さらに、125社と呼ばれる神宮所管の神社の多くには、水田の潅漑水を司る神や農作物に被害を与える猪を退治する女神など農業に関する祭神が祀られるとともに、それぞれの神社で御田植式(写真3)などの神事が行われています。このように、神宮とは施設や関連行事を含めて、今の言葉でいえば、食や農の一大テーマパークと言えるでしょう。

 そのような食および農そして環境と神宮の関係について、一参拝者の視点からの観察を含めて語っていきます。

執筆者

谷山 一郎

農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

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環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食

食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る